82 side︰グレン
待ちに待った休日だ。
俺は朝から出掛けて、車を借りて郊外へ。
片道三時間ほど掛けて、行って帰る。
炎天下の中、病院へ。
「静乃、いるか?」
まあ、見舞いに来た訳だ。
「へ? グレちゃん? ちょ、ちょっと待って……」
静乃の家はそれなりに金持ちなので、個室に入院させている。
暫く待つ。
「あ、いったぁ! 」
バサバサと雑誌が散らばる音、それからお盆みたいなものがひっくり返る音がして、重いものが、どすんと落ちる音がした。
あのバカ……。
「おい、入るぞ!」
「わぁあっ! 待って、待って!」
あの重い音はさすがに聞き逃せない。
絶対、ベッドから転がり落ちただろ。
そう思ってドアを開ける。
ペーパーブックはかなり廃れてしまったが、今も昔もペーパーマガジンは根強く生き残っている。
簡単に読めて、簡単に捨てられて、再利用可能だからなのだろう。
『ゲームファン』『ゲーム道』『ゲームファッション』……おかしいな、せめてファッション誌は現実のやつじゃないのか17歳。
ボトル式のドリンク、それから空になった菓子皿がお盆と一緒に落ちている。
それから、案の定、静乃が落ちていた。
尻が上、顔面下、折れた腕を庇って、さらに携帯用リンクボードを無事な腕で庇っていた。
ぺろん、とパジャマが捲れて、背中が露わになる。
「グレちゃんのバカぁ!」
「いや、お前だよ、バカ……」
ゲームの次はリンクボード守って怪我するつもりかよ。
俺はリンクボードを取り上げてテーブルに置くと、静乃を転がして持ち上げる。
「わあ、わあ、ちょっと、私、お風呂入ってないから! ダメ! 」
「んなもん、気にすんな。ちっちゃい頃はおしめ替えたことだって……」
「言うな! それ言うな!」
無事な方の腕で、ポカポカ叩かれる。
俺としては赤ん坊のおしめを替えたことがあるのは、決してマイナスじゃないと思っているんだが、これを言おうとすると、毎回、静乃に怒られる。
思春期というのは難しい。
いわゆる、お姫様抱っこでしっかり抱え上げると途端に静乃は静かになった。
顔の包帯は取れて眼帯、腕と足はギプス。
復調はまだ先になりそうだ。
まあ、細かい傷は無くなりつつあるかね。
「あ、あんま、見ないで……」
「ん。すまん」
「いや、いいけど……」
「まあ、少しは良くなって来てるか?」
静乃をベッドに戻して聞く。
「あ……」
「ん? ああ、ほれ、リンクボード」
「あ、うん……」
布団を直して、雑誌その他も直していく。
「め、珍しいじゃん。リアじゅーハマってるから、今頃、ログイン中かと思ってた」
「おう、それも良かったんだけどな。散々、静乃に自慢しておいてお預けも可哀想だと思って、ほれ、正真正銘、土から生えてる天然野菜を買って来た」
俺は入り口脇に置いておいた籠に入った野菜を見せてやる。
「え? た、高くて買えないって……」
「おう、安月給だからな。だから、天然野菜を作ってる人のところまで直接行って、安く譲ってもらってきた」
「は?」
「もっと掛かるかと思ったけどな。行き帰り三時間ずつくらいで済んだから助かったぜ。
それに作ってる人が気の良い人でな。
売り物にならないやつだからって、かなり安くして貰えたぞ。
顔は悪いが、味見させてもらったから本物だ。
ナス、キュウリ、トマト、トウモロコシ。
全部採れたてで、生で食えるやつだ。
特にこのトマトとトウモロコシが感動でな、俺は今晩にでも……」
「ちょ、ちょっと待って! 行きと帰りって六時間?」
「ああ、まあ今回は自動運転だし、寝てたら着いた。たまにはいいもんだな。小旅行気分で、目を開けたら全然違う街並みなんだ。この感動はなかなか言葉に言い表せないぞ」
「バ、バカじゃないの。なんで私なんかのために……」
「いや、羨ましがってたろ?
俺は『リアじゅー』にログインしたら食えるが、静乃はそもそもログインすらできてない。
それにむちゃくちゃ感動するからな。
『リアじゅー』に導いてくれた静乃に、感謝を表してもバチは当たらんと思ってな」
「う……ま、まあ、そうよね! 『リアじゅー』教えたの私だしね!」
「声、変に甲高いな。ドリンクで少し喉を潤しとけよ。
俺はちょっと野菜洗ってくるから」
俺は野菜を軽く洗って、皿に乗せて静乃の前に置く。
「ねえ、これどうやって食べるの?」
「かぶりつく。片手で持って、ぐわっと行け。
それが一番美味い。ああ、ヘタっていうこの部分は残すんだ」
俺はエアーで食べる振りをする。
それを見て静乃はトマトを手にした。
俺が見守る中、静乃はトマトにかぶりつく。
俺もつい、かぶりつきでそれを見守る。
「はむ……ん、ん〜っ!」
ジュルジュルと中の汁を慌てて啜る静乃を見ながら、俺は反応を待った。
静乃は目を見開いて俺を見る。
「な、に、これ! 甘いけど、甘いだけじゃなくて……」
「「旨い!」」
俺と静乃の声が被った。
「そう! なんか細かいことは良く分かんないけど、旨い! それ!」
俺はニンマリと笑う。
「ふふ……静乃がここまで喜んでくれるとはな。
頑張った甲斐があったというもんだ」
「ねえ、これが『リアじゅー』で味わえるの?」
「おう、トマトとトウモロコシはまだ無いけどな。今日にでもありそうなところに行ってみたいんだが、心当たりとかあるか?」
静乃は、じーっとトマトとトウモロコシを眺める。
「第4フィールドの乾燥地帯? その奥の黄金遺跡でこのトウモロコシみたいなのがモンスターでいたような? あと、第2フィールドの小島で赤い植物の群生地帯があって……総合スレだと赤実のぐちゃぐちゃ広場とかって名前で、見た目は綺麗だけど、中に入ると汁でぐちゃぐちゃになる、写真スポットとして有名なところがあったはず……」
静乃は占い師みたいに目を閉じて、軽く指先を振っている。
リンクボードを操ってる動きに見えるな。
「あ、あとフルーツ系の植物が第2フィールドだと豊富かな。すっごい不味くて食べられないらしいけど」
「不味い? 」
「なんかね、苦い上に『魔力酔い』っていう、キッついお酒を飲んだみたいになる状態異常が出るから、人気ないみたい」
「ほ、ほほう……」
俺は興味がないような顔をしておいたが、とても興味が沸いた。
それから、幾つか『リアじゅー』の話題で盛り上がったが、その中で静乃がとても嬉しそうにこんなことを言った。
「……あ、そうそう、聞いて、聞いて!」
「ああ、聞いてるぞ」
俺は見舞いに持ってきたトウモロコシを一緒に食べながら言う。
ジューシーで甘い。これでポタージュでも作ったら最高だろう。
「あのね……もうちょっと良くなったらね。
私もできるかも、『リアじゅー』!」
「ふーん……それは良かっ……ん? マジか?」
ヤバい聞き流すところだった。
「マジよ! 大マジ! もう何度も何度もお願いして、ようやくって感じ!
たぶん、時間制限とかログイン時間の問題とかあるから、グレちゃんと一緒にやるのは少し先になりそうだけど、順調に行けば来週の土曜日からやれるかも」
「お前、あんまり医者とか困らせんなよ」
「わ、分かってるよ! 看護師さんに『リアじゅー』やってる人がいて、その人と意気投合してさ。その人の口添えでって感じ」
『リアじゅー』が結んだ縁か。
「まあ、そういうことならいいけどな。
じゃあ、暫くは身体の回復に専念だな」
「もっちろん!」
俺は自分用に買っておいた天然野菜を静乃に渡す。
「じゃあ、これその看護師さんに分けてやってくれ。お礼代わりにな」
「いいの?」
「ああ。『リアじゅー』でも天然野菜は話題になっているしな、興味あるんじゃないか?」
「白ちゃん絶対喜ぶと思う!」
「そりゃ何よりだ。
さて、そろそろ俺は帰るとするか」
「うん。今日の報告も楽しみにしてるから!」
「ああ、なるべく頑張るよ」
「絶対!」
「世の中に絶対なんてものはねぇ!」
「ぶー」
そう言い残して俺は帰った。
さあ、ログインするか。




