81 side︰シシャモ
誤字報告、大感謝です!
今回のお話は少々、暴力的、胸くそ展開が含まれます。
苦手な方は後書きまで飛んで下さい。
今日は土曜日だ。宿題を終わらせるのに時間が掛かって、家族での外食に付き合ったら、結局いつもと同じような時間だ。
家族サービスも楽じゃない。
外食と言ったって、違うのはアレンジメニューとか言う見た目の鮮やかさと少しだけ変化させた味とレストランという雰囲気だけのもので、食べているのは人工合成食料なのに、なんでわざわざ外に食べに行く必要があるんだろうか?
父さん辺りに言うと、また家族のコミュニケーションがとか、いつもと違うシチュエーションがとかうるさいから、黙って付き合うことにしている。
今日は僕にとって特別な日なのに。
そう、これから僕は大事な決断をする。
たぶん、酷いことを言われたり、されたりするだろう。
でも、負ける訳にはいかない。
明日は日曜日。
晴れやかな顔で、グレンさんたちに遊んで下さい! って頼むんだ。
畑のことを聞いたり、冒険に出たり、やっと本来の遊び方ができるんだ。
そのためには、今日、踏ん張らなきゃ!
やる気に満ちて、僕は、
REEARTH_JUDGEMENT_VRMMORPGにログインした。
結構広めのリビングくらいのログイン部屋。
『シャーク団』だと大抵の場合、ここにいつでも誰かしら一人は居て、入って来た新人なんかを纏めて、アイテムチェックや能力値チェックをする。
今日はスミツキさんか。
スミツキさんは青緑の全身タイツにサバイバルベスト姿の戦闘員で背中の背ビレ用にベストを改造しているくらいにどっぷり『シャーク団』な人だ。
ちょっとねちっこいから苦手な人でもある。
「おう、シシャモ。昨日は外でレベル上げだっけか? どれぐらい稼いだ? 」
ぐ、どうしよう。スミツキさん、めっちゃ怒りそうだよな……。
「おい、先輩が聞いてんだぞ。早く教えろよ」
「あ……あの……話があって…… 」
「シシャモ。まずは可視化してモニター見せろって。話ならその後だ」
スミツキさんがイライラしている。
ヤバい。見せるか? いや、強くならなきゃ!
「あ、あの! ぼ、僕、シャーク団、辞めます!
今日はそのことを言いに来ました!」
言った! ついに言ったぞ!
でも、途端にスミツキさんの顔が険しくなるのが分かった。
「あ? お前、仲間を裏切るっていうのか?」
「いえ、裏切るんじゃなくて辞めるんです」
別に『シャーク団』をどうこうしようとは思ってない。
それに辞めるだけなら、このログイン部屋の画面を操作をするだけでも辞められる。
わざわざ宣言したのは、僕なりのケジメだと思ったからだ。
『りばりば』のレオナさんは、『りばりば』で幹部をしているから、何かあればいつでも連絡してくれと昨日、個人チャットで連絡をもらっている。
凄く勇気を貰った。
だから、僕は僕なりのケジメをつけようと思ったのだ。
「それは裏切りって言うんだよっ! 覚悟できてんだろうな?」
「覚悟? 覚悟ってなんですか? ぴ、PKするって脅しですか? 」
くっ……ダメだ。声が上擦る。怖くない。ちゃんと辞めるんだ。脅されたり馬鹿にされたかもしれないけど、お世話にもなったんだから。
それに基地内はフレンドリーファイア無効だ。怖くないぞ。
「ちっ……ちょっとこっち来いよ。ちゃんと幹部に話通せ」
「……わかりました」
うう……緊張する。でも、言いたいことは言えた。
連れて行かれたのは初めての場所だ。
重そうな藍色の布張りに金のクロスが書かれた扉。
これってボス部屋?
スミツキさんがそれを開ける。
「ほら、入れよ」
室内は暗い中にスポットライトが点々と灯っている。
ニシレモンさん、ドチさん、トガリさん、『シャーク団』幹部の面々が赤いスツールに座っている。
それから、鮫島さん。最高幹部。
全員、顔出しで今は上着なんかを着てる。
ホストみたいな肩が張り出した紫や緑、赤なんかの派手なジャケットに金の鎖を首から掛けてたり、鮫島さんは『シティエリア』の高級時計にシルバーの指輪なんかをしている。
僕は、それこそホストクラブにでも迷い込んだんだろうか?
違うのは鮫島さん以外の幹部が僕を睨みつけていること。
鮫島さんだけ、ちょっと上の空で虚空を見つめていた。
そんな鮫島さんの視線が僕へと向けられる。
鮫島さんは、ひとつ頷いて、少し困ったような顔をした。
「おう、シシャモ、辞めたいって? 」
たぶん、移動中にスミツキさんが思念チャットで報告したんだろう。
仲間だと言いながら、僕には解放されていないチャットルームがあることに、僕の心がじくじくとした。
「シャーク団への裏切りですよ! 俺はもう許せないんすよ! どうしてやりますか鮫島さん!」
スミツキさんが鮫島さんに訴えかける。
それを鮫島さんは手を軽く上げただけで止めた。
じっと探るように僕を見て来る。
ちゃんと僕の意志を伝えなきゃ。
「辞めます! 」
僕の意志は、辞めたいじゃない。辞める、なのだと伝える。
鮫島さんは、ゆっくり鷹揚に頷いて言う。
「まあ、シシャモには合わなかったか……残念だけど仕方ないよな……俺としては認めてやりたい」
やった。ちゃんと僕の意志を認めて貰えたんだ。
だが、僕の高揚感はその一瞬で消え失せる。
「だけどな。辞めます、はい、どうぞ、じゃ組織ってのは成り立たない。このゲームん中じゃ、子供だから仕方ないって訳にはいかないんだよ。分かるか?
しかも、俺たちは選ばれたエリート集団、シャーク団だ。
それに、俺だけが認めたって他のヤツらは納得してないみたいだしな。
そこで、だ。
シシャモ。お前は「トラザメ」のガチャ魂を俺たちに渡せ。
そうしたら、自動的にお前はシャーク団に置いておいてやれなくなる。
それでどうだ? 」
「え……?」
今、なんて言った? 『トラザメ』のガチャ魂を渡せって? なんで?
これは僕が自分で当てたガチャ魂で、僕の物だ。
確かにケジメをつけたいと思って話をしたが、それとこれは別の話だ。
「なあ、それで皆も納得してくれるよな?」
鮫島さんが他の幹部へと声を掛ける。
「まあ……」「鮫島さんがそう言うなら……」「仕方ねえか」
仕方ない? これは搾取だ。仕方なくなんかない。もし、これを僕が呑み込んでしまったら、また僕は自分に嘘をつき続けることになってしまう。
そんな僕が、晴れやかな顔でグレンさんたちに会って、なんて言う? きっと呆れられる。
そんなの……僕は嫌だ。
「いやです。ガチャ魂は僕の物です。ここに来たのは僕の中のケジメをつけるためで、搾取されるためじゃありません!」
キッパリと僕は告げた。
「うわ……意外と面倒臭いなお前。
じゃあ、お前のことPKしまくってこのゲームの中に居られなくすんぞ。
逃げても分かるからな。そういう技があるんだ。
それでいいんだな?」
技? バカにしている。そうやって勘違いさせて、もう逃げられないんだって思わせるつもりだろうけど、ネタは割れてる。
「腹の中の発信機ですか? 脅したって、分かってますから無駄ですよ!」
もう去ろう。この部屋を出て、ログイン部屋まで行けたら、そこでこのレギオンを抜ける。
自分の意志は伝えたから満足だ。
だが、僕の前にスミツキさんが立ちはだかる。
「基地の中じゃ、フレンドリーファイア無効です。PKはできませんよ」
僕は冷たく言い放つ。
「ああ、裏技はしらねえのか」
鮫島さんが言った。
「は?」
「おい、ボス。侵入者だ。ラグナロク戦仕様にしろ」
ボス? 言われて見れば、ここはボス部屋なのに、ボスって見てない。
それに鮫島さんはボス相手に命令している。
どうなってるんだ?
暗がりから甲高い子供みたいな声がする。
「あの、ラグナロクじゃないから……」
「おい、ボス。いいのか俺にそんなこと言って? このレギオン解体して、新しいボスにしたっていいんだぞ? そしたらまた、前の地獄に逆戻りなんじゃないのか?」
「ひっ……そ、それは……」
「なら、いうこと聞けよ。なあに、運営には、また間違えたって言っときゃいいんだよ」
「でも、あんまり何度もやると、運営に疑われ……」
「ボおスっ! ボス、おい、ボス。早くしろ……」
「ひっ……は、はいぃ……」
───レギオン『シャーク団』がラグナロクに入りました───
───プレイヤー間ダメージ適応。感覚設定100%になります───
僕の脳内にアナウンスが響く。
感覚設定100%……。
ラグナロク?
訳が分からない。
ひゅっ!
背中から空気を切り裂く音がした。
慌てて振り向くと、スミツキさんの手には鎌が握られている。
その鎌はスポットライトの光を反射して赤く光っていた。
「どうだ? 痛いだろ」
じわりと背中が濡れた。汗よりももっと粘つく何か。
まさか?
僕は慌ててインベントリから武器を出そうとして、手を動かした。
「ぐっ……あっ……つ……」
手が震える。何かが上手く繋がっていないような感覚。熱くて、冷たくて、それが想像と繋がる。
「意外と皆、不思議そうな顔するんだよ。
感覚設定100%ってもっと痛いもんじゃねえの?」
鮫島さんの声が聞こえる。
「首、切ってみようか」
スミツキさんが言って、手にした鎌を振り抜いた。
「おお、キレイに裂けた! 見て、見て、ほら、パックリってかんじ!」
口の中に血の味が拡がる。
僕は何もできずに地面に倒れた。
───死亡───
───防衛位置に自動的に復活します。残り30───
自動的にカウントダウンが始まる。
死んだ? 殺された?
辺りには昨日、グレンさんたちと得たドロップ品の一部が散らばっている。
なんだ、これ?
意味が分からない。あんなに呆気なく僕は死ぬのか。
痛いと分かる頃には死んでいた。
カウントダウンが終わる。
気がつけば、ボス部屋の中でリスポーンした。
「せいっ!」
ドチさんに殴られた。僕は並べられたスツールにぶち当たって倒れた。凄く痛い。涙が出る。
「こっちの方が馴染みがある分、最初は分かりやすいんだよ」
そう言ってドチさんは僕を蹴った。
いい所に足先が入って息が詰まる。ジンと痺れが襲って来る。苦しくなって息を吸おうとして、咳き込んだ。
「よーいしょ!」
ニシレモンさんが拾ったスツールを僕に振り降ろした。丸まった僕の背中で変な音がして、丸まった体勢でいられなくなった。
「あ、が、が……」
「ぷっ……なんだそれ。ワロケルわ、やめて……」
ニシレモンさんが笑った。
「骨折ろうぜ! とりあえず……腕?」
「あ、俺やる! この前のレベルアップでまた力上げたからさ」
「マジか、お前力魔人じゃん。素手でいけんの?」
「こいつLv20ちょいだろ。いけるね!」
今は30超えた、とは言えなかった。それどころじゃない。
痛みが僕の中を駆け巡る。
誰かが僕の腕を取った。痛みで誰かも確認できない。
チャット……レオナさんにチャットを……。
「いぎゃああああああ……ぐっ……いぎ……」
「ぶはははははっ! ドチ、やめろや! 変な声出さすな!」
「ニシレモンさん、笑いすぎっすよ! おい〜、変な声出すなよ。ニシレモンさんゲラなんだから止まらなくなっちゃうだろ〜」
パンっ! と音が出る勢いで頭を平手で叩かれた。
でも、腕と背中の痛みが酷すぎて、それどころじゃない。
「おい、うるせえから、一回殺っとけ」
「う〜い」
背中から何かを突っ込まれて僕は死んだ。
───死亡───
───防衛位置に自動的に復活します。残り30───
自分の身体が半透明な幽霊状態でさっきと同じ位置に立っている。
このままじゃまたなぶり殺しだ。
痛みはリセットされたけど、記憶は残っている。
僕は逃げ出そうとした。
でも、部屋から出られない。半透明な身体ではドアひとつ動かせなかった。
そうだ。チャット。
シシャモ︰助けて! 殺される!
レオナ︰どこですか?
シシャモ︰レギオン基地。
レオナ︰『シティエリア』での出口を教えて下さい。行きます。
シシャモ︰どこの?
レオナ︰どこでもいいです。そのレギオン基地と繋がっているなら、行けます。
シシャモ︰痛い! 刺された。熱い、なんだこれ。気持ち悪い、痛い、痛い、痛い……。
レオナ︰冷静に。まず感覚設定を下げてください。
シシャモ︰あたまっ! やめて! 痛い! なんで、さ、下がらない。
レオナ︰状況は伝えられますか?
シシャモ︰……。
レオナ︰シシャモさん! シシャモさん!
シシャモ︰死にました。すいません。今、基地内のボス部屋で、鮫島さんがボスにラグナロク仕様にしろって言って。そしたら、プレイヤー間ダメージ適応と感覚設定100%って
アナウンスが流れて……ヤバい、もう復活時間きちゃう!
レオナ︰ラグナロク。そんな効果が……。
シシャモ︰なんで? ログアウト。痛い! 痛い! 悔しい! なんで? やめろ! 僕のドロップ!
レオナ︰今は『シティエリア』の出口のことだけでいいです。それだけ教えて下さい。
シシャモ︰……。
レオナ︰いいですか。『シティエリア』出口です。どの区画でも、必ず探し当てます。冷静に。『シティエリア』。出口。それだけ思い浮かべて下さい。
シシャモ︰また殺された……。すいません、お見苦しいところを。
レオナ︰大丈夫です。それより、『シティエリア』。出口を。
シシャモ︰ええと、『繁華街』外れの方のK-5ビル、三階のゲームセンター。名前は……。
レオナ︰分かりました。何人かで迎えに行きます。チャットは繋いだままで。
それから、何回殺されたんだろう?
途中で段々、意識をチャットの方に集中させることで痛みから逃げられることを知った。
痛いのは痛い。でも、少しだけ傍観者でいられるというか、泣き叫ぶ僕とチャットする僕とを分離して考えられるようになってきた。
たぶん、身体の痛み以上に心の痛みが僕を混乱させていた。
なんで、とか、何故、とかそういう答えの出ない問い掛けが何よりも苦しかった。
理不尽な暴力。僕が歩んだことのない変な笑いのツボ。どうにもならない悔しさ、惨めさ、そういう心の傷をどうにかしたくて、僕は泣き叫んでいた。もちろん、死への恐怖もある。でも、身体の痛みは死んだらリセットされるので、そういうものかと割り切れた。割り切れてしまった。
次の復活が確定している。絶対に助かる。それだけで身体の痛みは耐えられた。
本当の死じゃないって分かったからかな?
レオナさんとたくさん話をした。
レオナさんは何でも答えてくれる。
まあ、僕の気を紛らわせてくれようと必死だったんだろう。
僕も必死だった。
グレンさんはなんでいつも感覚設定︰リアルでやっているのか聞いたことありますか? と聞いた。
グレンさんに聞いた話だと、自分の生を実感できて、食べ物が美味しいからだって言ってたらしい。
それから、ちょっと変な人ですよねって同意を求められた。
僕はグレンさんらしくていいと思います、と答えた。
そうしたら、そうですね、と同意を貰えた。
それから、サクヤさんならきっと、「変態だからですねー」って言うと教えてくれた。
いつものネタなんだそうだ。
最初は否定していたグレンさんは、最近ではちょっと複雑な表情で否定してくるようになって、それがまた面白いらしい。
グレンさんの葛藤とか困惑を想像すると、失礼ながら僕も笑っちゃうと思う。
他にもレオナさんってグレンさんのこと好きなんですか? とか今までの僕では考えられないようなことも聞いた。
レオナさんは、内緒ですよ、と前置きしてから、結構、気になってますと教えてくれた。
なんだか、友達の恋愛話を聞いてムズムズする感じというのが分かった気がした。
それから、今、『りばりば』は『作戦行動』の真っ最中だと言う話も聞いた。
『作戦行動』。僕は動画やスレッドで見たことしかなくて、まだ、やったことがない。
でも、楽しそうだなと思った。
グレンさん、ムックさん、煮込みさん、サクヤさん、ナナミさん、僕とフレンドになってくれた人たちが皆で力を合わせてヒーローと戦っているらしい。
見てみたいと言ったら、今度、『りばりば』で撮っている秘蔵映像を見せてくれると約束してくれた。
「フリーズ! 動くな!」
僕のいるボス部屋に黒の全身タイツに目出し帽という『りばりば』戦闘員が三人、銃を構えて入って来た。
「なんだ、てめぇ、あぎゃっ!」
スミツキさんが撃たれた。
「痛え! なんだこれ! おい、血が出てる! やべぇよ! 痛え!」
スミツキさんが動揺している。僕は薄く笑った。
「動くなと言いました。さて、ゆっくりと彼を離して下さい」
「はぁ? お前……」
ばんっ! ドチさんが肩を撃たれて、スツールの並びに突っ込んだ。
「次はもっと痛いですよ」
レオナさんの声だ。
ドチさんはスツールに埋もれて、呻いていた。
「ぬああああああああぁぁぁ! 」
いきなりトガリさんが突っ込んだ。
「変身……」
『りばりば』の男の人がそう言って白サイの怪人に変身した。
頭がサイ、身体は人の身体にサイのような分厚い装甲をまとっていて、身体が倍くらいに膨れ上がる。
頭の角と肩と膝から棒が飛び出していて、それから指先がサイリウムになっている。
「サイサイリウム、サイ」
サイサイリウムを名乗った怪人がサイリウムの指でトガリさんの頭を掴んだ。
みきみきっ、と音がして、トガリさんを持ち上げる。
トガリさんは足をバタバタさせながら、意味不明なことを叫んでいて、地面に叩きつけられて死んだ。
サイサイリウムが前に出て、レオナさんがHPポーションを俺に掛けた。
身体の痛みが、すぅーっと引いていく。
サイサイリウムが鮫島さんを睨むと、鮫島さんはゆっくりと後ずさった。
「ふん、仲間が死んでいるのに、戦おうともしないクソヤロウサイ」
サイサイリウムの角が赤く光った。
「彼は貰っていきます。それからシャーク団は潰します。フィールドでウチの戦闘員を見かけたら気をつけた方がいいですよ。
全戦闘員に通達しますので。
ああ、それとボスの方。ウチの大首領様から伝言です。次はない。お伝えしましたよ」
僕は『りばりば』の戦闘員に連れられてログイン部屋でレギオン『シャーク団』を抜けた。
それから、レオナさんたちにお礼を言った。
「ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえいえ、お友達を助けるのは当たり前ですから」
「ああ、このゲームの健全化にもなるしな」
「そういうことサイ」
部屋の隅では、死んで復活したトガリさんが、恨めしそうに僕を見ていた。
───ラグナロク仕様を終了します。痛みの記憶はリセットされます。ご了承ください───
え? 僕は何故、泣き叫んでいたのか分からなくなった。記憶を思い返してみると、ところどころで良く分からなくなる。
ラグナロク仕様とかいうのが始まって、基地内でのフレンドリーファイアが有効になったのは覚えてるけど、どうにも歯抜けみたいな記憶だ。
痛かった、のか?
「なるほど……β版の時のラグナロクイベントで感じた齟齬はこれですか……」
レオナさんが納得したように頷いている。
「何がですか?」
僕は聞く。
「おそらくですけど、肉体的な痛みの記憶とか飛んでませんか? 」
痛みの記憶? そんなものあったっけ?
悔しいとか、理不尽さに泣いた記憶はあるけれど……でも、微妙に歯抜けの部分に痛い! という感情を入れるとしっくり来る感じがする。
「チャットのログには残ってますよ。ゲーム的には訴えられるレベルの仕様ですけど、黙っておくのが正解でしょうね。
ここまでの技術となると、ログを外部に持ち出そうとした時点で、下手をすると現実の記憶も……なんてことになりかねませんから。
まあ、サクヤさん風に言うと、「ゲームを続けたければ、忘れるが吉ですねー」というところでしょうかね」
「え、い、いいんでしょうか?」
「運営に訴えても無駄でしょうね。もちろん、外部でも相手にされません。せいぜいゴシップ記事で都市伝説って感じですかね?
まあ、このゲームで生活に支障をきたすどころか、私にとってはこのゲームこそ救いで癒しですから、BANも記憶の改竄もノーセンキュー。ログが残るってことはゲーム内では公然の秘密ってところでしょうから、言いふらさずに利用はOK。いやいや、奥が深い。
思わぬ形でラグナロクイベントがスリル満点だと知ってしまいました。
少し感覚設定を上げる訓練でもしておきますか」
レオナさんはあっけらかんと言う。
いや、これ、大問題なのでは?
でも、レオナさんの言う通りだとしたら、確かに見なかったことにするのが吉なのかも。
ようやく、このゲームでちゃんと遊べるようになったのに、問題があるとか訴えても楽しくない。
問題は利用する。それこそがゲーマーっぽい思考のように感じた。
追記︰後で少しだけ調べたところ、このゲームの安全性の保証という利用規約の一部に、「ゲーム内での体験を現実と混同しないための措置が取られることがあります」とあった。
大人の世界って難しいなと思った。
超あらすじ。
シャーク団を辞める決意をしたシシャモくん。
シシャモ「辞めます」
鮫島「いいけど、『トラザメ』のガチャ魂よこせ」
シシャモ「いやです」
鮫島、レギオンボスのNPCを脅して、基地内をラグナロク仕様にする。
ラグナロク仕様は基地内でのプレイヤー間ダメージ適用・感覚設定︰100%になることが分かる。
シャーク団にシシャモくんボコボコにされる。
シシャモ︰レオナさん、助けてー!
レオナ︰すぐ行きます!
段々、身体のダメージを無視できるようになるシシャモくん。
レオナと他二名が助けに来る。
助け出されたシシャモくん。
感覚設定︰100%の部分だけ記憶が消去される。
しかし、シシャモくんとレオナのチャットログから何があったか理解する二人。
本来なら大問題だが、ゲームを続けることを選ぶ人たち。
どんとはらい。
ここまでのお話の中で説明が足りなかった部分の注釈。
技術流出〈流入〉に関しては、遺跡発掘調査専用品が対象です。
おにぎりは『シティエリア』の物と同じなので問題ありません。
ポーション類はベータ版時代に技術流出していて、時間が経っているためヒーロー側では既に周知の技術になっています。
もし、技術が流出しても問題にはなりません。
カロリーバーはヒーローレギオンの独自技術が盛り込まれた遺跡発掘調査専用の高性能品だったので技術流出〈流入〉が起きたとしています。




