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『ホワイトセレネー』がスクラムを組む戦闘員たちの中央にポイントする。
俺は一度、見た。二度目は食らった。
アレはそろそろウエイトタイムが明けててもおかしくない頃だろう。
「た、頼むランニン!」
『ダチョウランニングシューズ』がスクラムに身を隠すようにして前進する。
「ゐーっ!〈くそ! せめて怪人だけでも!〉」
走った俺は『ダチョウランニングシューズ』に身体ごと飛びついて転がる。
「いきますよ。【月の女神】」
『ホワイトセレネー』の必殺技、ごんぶとビームだ。
戦闘員たちが声もなく蒸発していく。
当たりどころが悪いと多段ヒットして魔石を削る効果がある凶悪な技なんだよな。
戦闘員たちの怨嗟の声が聞こえる。
『ダチョウランニングシューズ』が小さく震えていた。
「み、みんな……ランニン……」
俺は多少、乱暴に『ダチョウランニングシューズ』を立ち上がらせる。
「ゐーっ!〈震えてる場合か! 気弱になってんじゃねえ!〉」
俺は『ホワイトセレネー』を指差す。
『ダチョウランニングシューズ』はその指の先を見て、気持ちを入れ替えようとするが、今の状態では勝ち目が見えていない。
なら、俺がやるのは、勝ち目を見せてやることだろう。
『ダチョウランニングシューズ』を放置して、俺は『ホワイトセレネー』に向かう。
「ゐーっ!〈【緊急回避】【正拳頭突き】〉」
ヒーロー相手に見てから回避なんてものは通じない。
感覚を研ぎ澄まし、見られたと思った瞬間には回避スキル、さらに移動攻撃スキルと連続発動を決める。
距離的には届かないが、近づければ問題ない。
「お、戦闘員が避けますか……」
『ホワイトセレネー』が単発攻撃の次弾を放とうとする前に、俺は左手を突きつけて宣言する。
「ゐーっ!〈【封印する縛鎖】〉」
「あ、きゃっ……」
ジャラジャラと鎖が巻き付く。
同時に俺の左腕は噛みちぎられたように爆散する。
くあああああああっ……。
痛みを集中力に変換する。
一歩、前に出て『ホワイトセレネー』を睨む。
くっ……早い。
『ホワイトセレネー』から『猿轡』『麻痺』が外れる。
「ゐーっ!〈【希望】〉」
口の中にナイフが生まれて顎まで貫いた。
痛みに身体中の水分が出口を求める。
それを口中から吐き出す。
幾つもの状態異常が『ホワイトセレネー』を襲う。
『ホワイトセレネー』は震えながらも弓形武器を天へと向ける。
何かのスキルでも発動するつもりだろう。
「ゐひぃ!〈させるか! 【一刺し】〉」
俺の蠍尻尾が伸びて、『ホワイトセレネー』の手の甲にその鋭い針を刺した。
びくり、と震えて弓形武器が落ちる。
「ゐひぃーっ……〈今だ……〉」
「くっ……あああああああああっ! みんなの努力、無駄にはしないランニン!」
『ダチョウランニングシューズ』の瞳に炎が灯り、『ホワイトセレネー』へと近づいて行く。
「肩パッド……覚え、ましたよ……」
『ホワイトセレネー』が呟いた。
お前が覚えておかなきゃいけないのは、これからお前を葬る『ダチョウランニングシューズ』だよ。
「まさか切り札をここで切るとは思わなかったランニン……【残虐な英雄】」
『ダチョウランニングシューズ』の目が光る。
翼を纏めた手でのチョップ、キック、頭突き、掴んでから肘鉄、膝蹴り、さらにチョップ、頭突き、また膝蹴り、さらにキックと一撃入れる毎に、『ホワイトセレネー』の白いスーツから火花が上がる。
部位破損乱舞とでも言うような技だ。
『ホワイトセレネー』は全身から火花を上げて倒れ込む。
ダメージは大きくないが、もう動けないだろう。
状態異常の『行動不能』が入っては消え、また『行動不能』を繰り返している。
異常耐性の能力値は『行動不能』を打ち消しているが、部位破損が多すぎてまた『行動不能』に陥っているということだろう。
実質、死亡だ。
なるほど、『ダチョウランニングシューズ』は部位破損技を中心にしているらしい。
「すまないランニン……この礼は必ずするランニン」
『ダチョウランニングシューズ』は俺に言って、血みどろの身体を引きずって『ロータスフラワー』へと向かうのだった。
「おい、やめだ!」「不毛すぎる!」「ヒーローが倒れてるんだぞ!」
「何を今さら!」「そうよ、最初に撃ったのはそっちよ」
「なっ……ホワイトセレネーが……」「待て、まだ生きてる!」「よせ! ヒーローレギオン同士で争ってる場合じゃない!」「くそ! 再生怪人どもめ!」
身体中が悲鳴を上げていて、動くことすらままならない状態の俺に、不穏な会話が聞こえてきた。
「アンタらと協力なんかできないわ!」「くっ! もう無視してヒーローを助けるんだ!」
「何だってこんなことに……」
くっ……動画効果もここまでか。
動かないと……。
そう思った瞬間、俺は額を撃ち抜かれて死んだ。
───死亡───
ヒーローレギオンの援護射撃が再開した。
再生怪人は全部で六体残っていたが、その内の三体が援護射撃の再開に散った。
残っているのは、ホースホース、シザマンティス、サボンスパイダーだけだ。
「いい加減、俺にも経験値寄越すサボン! 【子蜘蛛奔流】」
「待つシザ! 今は……」
サボンスパイダーが必殺技を放つ。
「イーッ!〈避けるんだ!〉」
ムックの戦闘員語は何人に通じたんだろうか。
サボンスパイダーが口から吐いたたくさんの子蜘蛛爆弾が『マギシルバー』にまとわりついて爆発した。
一発、一発はそこまで強力ではないため、巻き込まれた戦闘員は死にはしなかったが、リズムが崩れた。
その一瞬の隙をついて、『マギシルバー』は状態異常から回復した。
「【天なる瞑想】! おのれ、悪人どもめ!」
『マギシルバー』が『マギミスリル』の縮小版だとしたら、あの技はおそらく回復スキルだろう。
俺は従妹の『マギミスリル』情報を思い出していた。
怪人側戦闘員たちが一斉にサボンスパイダーに恨みの目を向けた。
「だ、だって俺らこそ経験値が必要なのに、おかしいだろ、戦闘員だけで回してるなんてサボン……」
「黙るシザ! 今はアイツを倒すことが優先シザ! 【蟷螂の抱擁】」
幻の蟷螂の鎌、戦闘員たちは一斉に引く。
両手に備えた大きなソレをシザマンティスが『マギシルバー』を挟み込むように動かした。
「ぐうう……」
「今の内に何か食らわせてやるシザ!」
「MPがもうないサボン……」
サボンスパイダーが縮こまって答える。
「ぐおおおお! 【退魔の矢】」
「イーッ!〈煮込みさん!〉」
「シザッ!」
光の弾がシザマンティスに当たって爆発する。
「くっ……助かったシザ……」
シザマンティスは片腕がもげていた。
どうやら部位破損が起きて、ダメージが止まったらしい。
なるほどな。確かにどこにでも馬鹿はいるらしい。
俺はもう一度『マギシルバー』へと向かった。
「ゐーっ!〈お前もこれで沈めてやる!〉」
俺は左腕を前に出す。
「だ、大首領様、万歳ランニーン!」
ちゅどーん!
瞬間、『ロータスフラワー』に向かった『ダチョウランニングシューズ』が爆散した。
「あはははははっ! そんな身体で私に挑んで来るなんて、愚かね!」
「なあっ! リバリバの怪人がやられちまったホース!」
「シメシメー!〈アンタたち! まだ終わってない! 終わってないわ! あのバカ女だっていっぱい、いっぱいのはずよ!〉」
「マンジー!」「イーッ!」「ガイアー!」「シメシメー!」「カエーン!」
一部、戦闘員語を理解する者同士で、士気は高まっているようだが、どうしたって分は悪い。
そうして、意識をそちらに向けたせいで、俺は援護射撃に巻き込まれて死んだ。
───死亡───
残り魔石があと一個になった。
『マギシルバー』は回復スキルを使わなければならないところまで追い込まれているはずだ。
だが、俺がまともに戦っても『マギシルバー』には勝てない。
まともにダメージが出ない上に能力値は相手の方が段違いで高い。
謎が多い【神喰らい】のスキルは賭けになる。
今まで【神喰らい】のスキルを使ったのはほんの数回。
もちろん、部位破損攻撃としては優秀だが、それに付随する能力値アップが明確ではない。
おそらくはユニークスキル持ちを喰らうと、相手の能力値が一分間、加算されると思うが、全能力値+3という時もあったので、注意が必要だ。
『マギシルバー』のあの技はユニークだろうか?
考えても答えが出ないので、スキル字引き様に聞くとしよう。
「ゐーっ!〈サクヤ、サクヤはいるか!〉」
返事がない。
「ゐーっ!〈誰か、『マギシルバー』がユニークスキル持ちか分かるやついないか!〉」
「マンジー!〈アイツはユニークなんか持ってないぞ! それ重要か?〉」
たまたま近くでリスポーンした『マンジ・クロイツェル』の戦闘員が教えてくれる。
「ゐーっ!〈すまん、助かる!〉」
俺は自動迎撃武器【戦の地母神】で四本の曲刀無双をしているアイドル戦士『ロータスフラワー』へと視線を向けた。




