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復活した俺は慎重に『オメガドラゴン』へと近づいた。
二回とも『ホワイトセレネー』による死亡を食らっている身としては、復讐に走りたい気持ちはあるが、そちらは我らが『ダチョウランニングシューズ』に任せたい。
俺は『オメガドラゴン』を潰す。
『ダチョウランニングシューズ』の【偽りの英雄】からの【超刺突】を食らって、右腕部位破損となった『オメガドラゴン』だが、ダメージ的にはそれほどでもない。
なぜなら部位破損が起きた段階でダメージのカウントは止まるのが、このゲームだからだ。
まあ、『オメガドラゴン』は四人のヒーローの中で一番弱っているヒーローなのは確かだ。
「ぬああっ! 【電磁光剣】」
『オメガドラゴン』のスキルは武装系が多いらしい。
左腕に光の盾と左手に光の剣という偏った武装をしている。
まあ、右腕が使えないから仕方なくなのだろう。
だが、光の剣はダメージ量がかなりヤバい。
対峙していた再生怪人バグライガーは【十字斬り】という技を食らって爆発四散した。
「くっ……一撃かムチ」「ヤバいホース……」
残るムチピエロとホースホースは気圧されて下がる。
「イーッ!」「マンジー」「シメシメー!」
ようやく俺たちの出番だという風に戦闘員たちは突っ込んだ。
「ちっ……数が……」
『オメガドラゴン』から弱音が出た瞬間。
「発砲許可!」「行くわよ、ラブリーチャクラム!」「撃て! 戦闘員どもを減らせ!」「援護開始します!」
いつの間にか車両決戦は終わっていたらしい。
ヒーローレギオン戦闘員たちが自分たちの車両を盾に援護を開始した。
色とりどりのビームが横から上から降り注ぐ。
これに怪人側戦闘員たちは右往左往する。
ヒーロー側戦闘員たちは思いのほか数が残っている。
そう思っていたら海底トンネルから一台、また一台と増援が来ていた。
しかも、普段なら高台を押さえて遠くから撃ってくるヒーロー側戦闘員たちだが、今回は普段にない車両戦闘を経験したことで興奮したのか距離が近い。
「ゐーっ!〈くそっ、こちらの戦闘員が多いから撃てば当たる状態じゃねえか!〉」
何人かの『りばりば』戦闘員が果敢にもヒーロー側戦闘員を倒しに向かうが、単発遠距離スキルを数発放った瞬間に蜂の巣にされている。
なんとかならないかと考える。
いかん、とりあえず動きながら考えないと狙われる。
いや、そうか!
「ゐーっ!〈【地面擬態】〉」
俺は寝っ転がって地面と同化した。
このままヒーロー側戦闘員の近くまで行けるか?
今のままじゃ『オメガドラゴン』と戦うどころじゃない。
匍匐前進を始める。近くにビームチャクラムが突き立った時はバレたかと思って、冷や汗が出た。
動かずに待っていたが、二発目が来なかったので、また匍匐前進を再開する。
目の前に『ムーンチャイルド』のジープがある。
「ビーム連弩の残弾は?」「問題ありません」「これなら楽勝かもしれませんね」「気は抜くな」
ギリギリまで近づいて、【緊急回避】で2mの瞬間移動。
『ムーンチャイルド』戦闘員の背後に出現。
手にした『ショックバトン』で一人。【回し蹴り】で二人、【正拳頭突き】でさらに一人。最後の一人は【一刺し】してやったら動きが鈍って毒で死んだ。
すぐに【逃げ足】で場所を変える。
同時に【擬態】を使って石ころになって隠れる。
先程まで俺が居たジープにビームライフル弾が穴を開ける。
撃って来たやつらは俺のすぐ真横にいる。
「やっぱり!」「こんな大事な場面でもPKで経験値が稼ぎたいの!?」「マギスター、許せない!」
音に反応したのか、『ヴィーナスシップ』戦闘員が、粒子化していく『ムーンチャイルド』戦闘員とジープの穴を見て、勘違いをした。
狙ってやった訳じゃないが、全員が基本的にヒーローを援護するために視線を向こうにやっていたからな。
俺の動きに気付いたのが『マギスター』の一グループだけだったのが幸いした。
「は?」「何言ってんだアイツら?」「今、りばりばのやつ、居たろ!」
『マギスター』戦闘員はジープ付近を指差して弁明する。だが、弁明とも挑発ともとれるふてぶてしい態度が良くなかったのかもしれない。
「ヒーローがPKとか何考えてんのよ!」「最低!」「あの動画で自分がPKされたって私の友達、ショックでログインしてないんだよ!」
「誰がPKだ、ふざけんな!」「お前らケンカ売ってんのか? 」「PKなんかする訳ないだろ!」
「証拠の動画、見たんだから!」「そうよ! PKレギオン!」「ヒーローレギオンにそういうのいらないのよ!」
どうも『マギスター』にはサクヤの動画が出回ってないのか?
とにかく、『ヴィーナスシップ』が騒いだことで『ムーンチャイルド』たちも騒ぎ出す。
「おい、まさかどさくさに紛れて……」「あの穴はお前らのライフルだよな?」「マジでPKなのか……」
「違う! あそこに『りばりば』の戦闘員がいたんだよ!」「PK、PKって、フィールドに出たらお前らだってやるだろ!」「そんなに俺たちの邪魔がしたいのか? 戦争中だぞ!」
「説明になってねえんだよ!」「ふざけんな! ムーンチャイルドにケンカ売ってただですむと思ってんのか!」「ここで買ったっていいんだぞ!」
「何がムーンチャイルドだ! 戦争イベントの経験値狙いのハイエナじゃねえか!」「マギスターなめんじゃねえぞ!」「背中に気をつけるんだな!」
「何、威張ってんだ!」「お前らこそ背中に気をつけろや!」「正面からやってやろうか?」
『ムーンチャイルド』の戦闘員の一人が、ビーム弩を『マギスター』に向ける。
脅しのつもりだろう。
だが、『マギスター』も負けていない。
一人がビーム弩を向ける戦闘員の横の岩場にビームライフルを撃ち込んだ。
「撃った……!」「PKレギオンが撃った!」「撃ち返せ!」
『ヴィーナスシップ』のビームチャクラムが降った。
『マギスター』の戦闘員が倒れる。
「くそ! 当てやがった!」「許さねえのはこっちだ!」
途端にあちこちからビームが飛び交う。
ヤバい。擬態が解けねえ。
解いたら殺される。
石ころの俺は傍観者に徹するしかない。
完全にヒーローレギオン同士の殺し合いに発展した。
しかも各グループがぐちゃぐちゃな陣取りをしているため、酷い乱戦になって、どこのレギオンが誰を殺したのか分からない状態になった。
あまりに酷い、醜い仲間割れだ。
動けず、暇になった俺はチャットを開いて思念で打ち込みを始める。
グレン︰サクヤの動画が元でヒーローレギオンが殺し合いまで発展したが、これもサクヤの狙いなのか?
サクヤ︰少し楽になったと思ったら、今ですかー?
グレン︰ヒーローレギオン同士の撃ち合いの真っ只中にいて、動けなくて暇だ。
サクヤ︰あ、ホントに撃ち合ってますねー
グレン︰サクヤの狙いってコレだろ?
サクヤ︰グレンさんに私ってどう見えてるんでしょうかー?
グレン︰え、違うのか?
サクヤ︰MP切れで死亡とかでいいですから、そんなところで油売ってちゃダメですよー。
グレン︰アレ、頭痛くなるんだよな……。
サクヤ︰あの、私は暇じゃないんで戦闘戻りますねー。
チャットを終わりにされてしまった。
そうか。サクヤの策略もそこまでではないのか。
そう考えると人間って怖えな。
それにしても、自決か。
まあ、ダメージで死ぬよりはマシかもな。
俺は手当り次第に【夜の帳】を撃ちまくった。
眠気を堪えて撃つとMPが減っていく。
寝不足で頭がガンガン痛むが、眠れないみたいな状態になる。
それがどんどん酷くなって……。
───死亡───
はたと気づくと、残り時間が進んでいる。
俺は何も考えずに復活した。
復活すれば元の場所。『オメガドラゴン』の声が聞こえる。
「ちぃっ! 援護薄いぞ! どうなってるんだ!」
片腕の『オメガドラゴン』が光の剣を振り回す。
剣技ではなく、力技という感じだ。当たれば死ぬ。
しかし、やはり『オメガドラゴン』の右側は半ば死角になっている。
ヒーロー側戦闘員が同士討ちを始めたので、多少はゆっくりと観察ができる。
リズムが単調になってきたか?
脳が疲れて来ているのだろう。
死角を気にして、動きがぎこちない。
俺は『ショックバトン』を握りしめる。
『オメガドラゴン』右側、死角に突っ込んだ。
「ゐーっ!〈ここだ!〉」
『オメガドラゴン』の光の剣を『ショックバトン』で受ける。
バヂヂッ!
光の剣と『ショックバトン』のエネルギー同士がぶつかって火花を上げる。
無理に逆らったら『ショックバトン』が斬られそうだ。
力を逃がす。
それは『いなし』という技術だと後から知った。
だが、その瞬間はただ必死に斬られまいとした結果だった。
「戦闘員風情がっ!」
光の剣が『ショックバトン』ごと俺を斬ろうとするが、力が上滑りを起こしてズレた。
「ゐーっ!〈狙いは最初からこっちだ! 【一刺し】【血涙弾】〉」
『オメガドラゴン』の左足に俺の蠍尻尾が刺さる。その違和感に首を動かそうと意識が途切れた瞬間、俺の目から放たれた【血涙弾】が『オメガドラゴン』のヘルメットを血で汚した。
「くぉのっ……」
見えないまでも、俺を斬ろうと、いなされた光の剣が戻ってくる。
斬られる、そう思った刹那、『オメガドラゴン』が、カクっと崩れた。左足の力が抜けたのだ。
一秒かそれに満たない時間、普段なら特に問題にならないだろう状態異常が『オメガドラゴン』にとって、この最悪の時に最悪の効果を発揮した。
力の抜けた攻撃に俺は立てていた『ショックバトン』でもう一度受けを試みる。
しかし、『オメガドラゴン』はやはりヒーローだ。
腕の力だけで俺は押され、地面に転がった。
いや、転がされただけで済んだと言っていいだろう。
「ガイアーッ!」
『ガイア帝国』の戦闘員の『エネルギーメイス』が『オメガドラゴン』にヒットする。
「イーッ!」「シメーッ!」「マンジー!」
『ショックスレイヤー』が『バチバチばち』が『氷結スティック』が当たり、『オメガドラゴン』は無限状態異常地獄に落ちた。
一撃「1」点。『感電』『ショック状態』『氷結』……と常に新しい状態異常が襲う。
普段ならばすぐに、集る戦闘員などヒーロー側戦闘員の援護射撃で蹴散らされて、三秒もあれば立ち直ってしまうヒーローだが、今、その援護射撃を行う戦闘員たちは泥沼の中だ。
「イーッ! イーッ!」「シメーッ! シネーッ!」「ガイアーッ!」「カエーンッ!」「マンジー!」
入れ替わり立ち替わり、戦闘員たちの攻撃が延々と繰り返される。
「くぁっ……やめ……正義……味方……何故……だ……」
俺は尻を地面につけたまま、見ているだけだった。
次第に動きが弱っていく『オメガドラゴン』。
俺の手には半ばまで斬られた『ショックバトン』。
「きうー、きうー」
俺の肩のフジンが「お前も参加しないと経験値を食いっぱぐれるぞ」とでも言いたげに首を伸ばしていた。
「ゐー……〈無茶いうなよ……今さらあの中に入っていけねぇよ……〉」
乗り遅れた感がある。最後、『オメガドラゴン』の気の抜けた攻撃。
それでも当たれば俺程度、一撃死だ。
それを、結果的には地面に這いつくばっての生存だが、俺は生き残った。
その充足感をもう少し感じていたかった。
「きうー、きうー」
あー、まだ一個、精霊樹の実が残ってたな。
インベントリから取り出す。
おお、手が震えている。……そうか、怖かったのか。
ひと口、精霊樹の実を齧って、そのひと欠片をフジンにくれてやる。
「きうー!」
美味そうにそれを食うフジンを眺めて、俺もしっかり味わうように精霊樹の実を齧った。
ああ、美味いな……。
《この匂いは……》
「ゐーっ!〈はいはい。仲良く分け合おうな〉」
じぇと子にもひと口分。
戦場の片隅で仲良く一個の精霊樹の実を分け合う。
「なに休んでるシザー! こっち手伝うシザー!」
『マギシルバー』と戦闘中の煮込みに見つかって怒られた。
「ゐーっ!〈ちっ! おちおち休憩もできねえ〉」
なにやら身体に力が満ちていくような気がして、俺は最後のひと欠片を飲み込んで立ち上がった。
さて、もうひと暴れするかね。
俺は駆け出した。




