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 橋が無くなった。

 いや、『ロータスフラワー』、やってくれたわ。

 敵味方関係なく、数を絞りやがった。

 それは先程、煮込みが行った大惨事の焼き直しのようなものだ。

 俺たちも脱落……。


「負けるかよーーーっ! もう二度と使うまいと思っていたが、仕方ねぇ……エメロード、やるぞ!」


《アハハっ! やっと呼んだね!》


 ムサシは諦めていなかった。

 アクセルを緩めるどころか、更に加速させる。


「限界までくれてやらあっ! 

 【神風の術(パンツみせぃ)】フルパワーッ!!」


《いいよ……気持ち良く吸ってあ・げ・る……》


 ごうんっ! 軽トラが浮くほどの強い、強い風が吹いた。


 軽トラは無くなった橋を渡って『繁華街』へと入る。


「ひ、ひうぅぅぅ……」


 ムサシの渇いた叫びがか細く響く。

 荷台から運転席を見れば、ムサシは疲労が限界を迎えたように、カサカサに渇いていた。


「ゐーっ!〈くそっ! やりすぎだろ!〉」


 手を伸ばしてドアを開けたいが、揺れが激しくて、下手をすると簡単に落ちてしまいそうだ。

 ど、どうにかドアを……。


 よし! 手が掛かった! そう思ってから驚いた。尻尾だった。

 あ、蠍尻尾なら、ドアとか楽々届く。

 ドアを開けて固定。インベントリから『エナドリα』を出して、ムサシへ。


「ゐーっ!〈飲め! MP切れになる前に、気合いを入れろ!〉」


 ムサシは、ふらふらしながらも俺が差し出す『エナドリα』に口をつける。


「んぐ、ングッ……ぷはぁっ……」


「ちょ、ちょ、ムサシ、前! 前〜っ!」


 煮込みが叫ぶ。


「くっ……ぬおぉぉぉっ!」


 間一髪、半ば鋭角的なカーブ。


 うおっ! 身体が持って行かれる! 


「ぐ、ぐええぇぇぇえっ!」


 煮込みの首輪を頼りに、どうにか荷台に戻る。


「ゐ、ゐー……〈あ、危ねぇ……〉」


「ち、ちょっとグレンのこと許せなくなりそう……」


「ゐーっ!〈すまん。悪気はないんだが、こう連続して色々あると、どうしてもな……〉」


「ぐぬぬ……終わったらレオナっちが自慢してた『肉じゃが』寄越しなよ!」


「ゐーっ!〈分かった。約束する〉」


「もう、乙女に、ぐええっとか本当に変態なんだから!」


 いや、どういう性癖だよ、それ。

 サクヤからのいじりだけで、俺はもうお腹いっぱいだぞ。


 煮込みをなんとか宥めてから、俺は前へと向き直る。

 劣勢だ。俺じゃなくて、『りばりば』が劣勢だ。


 『繁華街』の担当はどうやらヒーローレギオン『ムーンチャイルド』の担当のようだ。

 三日月を思わせるフォルムを車体のあちこちに採用したジープが走っている。

 先頭のジープには『ホワイトセレネー』が乗っている。

 更にその先、怪人『ダチョウランニングシューズ』と銀河ポリスの『オメガドラゴン』

、少し遅れて『ロータスフラワー』と並んでいて、怪人は回避系スキルの連発で凌いではいるが、そろそろ苦しそうだ。

 ゲーム的な『体力』や『疲労』は何とかできても、常に後ろに気を配りながら、その都度、回避スキルを選択する作業は、脳を疲れさせる。


 軽トラの車載モニターには『ダチョウランニングシューズ』のアップが映っている。


「まだまだランニン! わたしは『りばりば』を潰させないランニン! 【翼なき飛行オルドリッジ・アヴォイド】【砂塵回避サンド・ブラー】ランニン!」


 ジャンプ回避、ぼやけ分身回避と連続回避で『ダチョウランニングシューズ』は走る。


 そうか。今、展開中の戦争イベントは負けるとレギオン消滅の可能性もある危機だ。

 戦闘員『ばよえ〜ん』にとって、新フィールドの確保はそれほど重要だと考えているらしい。


 くそっ! なかなか熱いじゃないか、『ばよえ〜ん』! 


 新たなサイレンが響く。横合いから飛び出して来たのは鋭角的なスポーツバイクに乗る銀色スーツのヒーローだ。

 スーツは薄手の機械の鎧のようなもので、俺たちの全身タイツにポイントアーマーを着けたようなものだ。

 特徴的なのは顔を覆うフルフェイスのヘルメットだろう。ポイントアーマーの意匠の違いがヒーローを見分けるコツらしいが、ヘルメットはそれぞれにカッコよく見えるだろうポイントがあったりする。


「ここにいたか、『リヴァース・リバース』の怪人め! 

 罪なき子供たちに怪しげなランニングシューズを履かせて、苦しめているのは貴様だろう! 

 このマギシルバーが天に代わって貴様を罰する!」


「ゐー……〈『マギシルバー』……『マギミスリル』にそっくりじゃねえか!〉」


「そりゃそうだよ。『マギシルバー』は『マギミスリル』リスペクトのヒーローで有名だから!」


 煮込みが説明してくれる。

 あんな歯痛でふがふがしているやつをリスペクトしてんのか。


───『リバース・リヴァース』VS『マギスター』のレイド戦を検知しました───


───これより、このレイド戦を戦争イベントと認定致します───


 なるほど、当事者同士が揃えば戦争という認識になるのか。

 こりゃ簡単に負けられなくなったな。


「はりゃー! 【両断刃ペルセウス】!」


 煮込みが手刀でスキル攻撃を始める。

 現状、俺たちの位置は最後尾付近。

 発煙筒も爆竹も意味をなさない。


 ヒーローレギオン、四グループと『りばりば』の車両が混在していて、抜かすに抜かせない状況に陥って来ている。


「ちきしょー! こりゃ前に出るのはそうとう厳しいぞ!」


 ムサシが悔しそうに呻く。


「ゐーっ?〈さっきの大ジャンプとかもう一度できないのか?〉」


「無茶言うなよ! 疲労が溜まってて、エナドリα程度じゃ回復になってねーんだよ! 他に何かねーのか?」


「ゐーっ!〈他に? あるのはHPとMPポーションが一本ずつと、おにぎり三個、あとは精霊樹の実が二個あるだけだな〉」


 精霊樹の実は俺の両肩が騒ぎ出した時用の静かにさせるツールとして持って来てある。


「精霊樹の実? 効果は?」


「ゐーっ!〈分からん。精霊が好むのは分かっているが、検証を後回しにしていて、まだ何も分かっていないのと一緒だ〉」


《精霊樹の実! ちょーだい! ちょーだい!》


「ゐーっ!〈なあ、もしかしてこの騒いでいるのは、ムサシの精霊か?〉」


「はぁっ!? なんで分かる? 精霊ってのは持ち主としか話せないんだぞ?」


「ゐー?〈そうなのか? 声が違うからムサシの精霊だと思うんだが……〉」


「つーことは、グレンも精霊持ちか。うるせえだろ」


「ゐーっ!〈起きたらな。今は寝てるから静かなもんだぞ〉」


「なんだそれ? それが精霊樹の実の効果ってやつか?」


「ゐーっ!〈今のところ、分かっている効果はそうだな〉」


「羨ましい……」


「ゐーっ!〈一個、ムサシの精霊に与えてみてもいいか?〉」


「静かになるなら、ぜひ、頼む。騒ぎ始めると止まらねえんだよ!」


《ああ、ひっどー! ムサシ、ひっどー! せっかくムサシのために頑張ろうと思ってるのに、ムサシ、ひっどー!》


「ゐーっ!〈お前、好かれてんのな〉」


 俺は少し笑う。それから、精霊樹の実をひとつ取り出してムサシの近くに持っていく。


「ゐーっ!〈おい、ムサシの精霊、こいつをやるよ。だから、ムサシのためになることをしてやれ〉」


《やったー! ジェットの主って話せるー! 任せてよ! ばびゅーんってしてあげるから!》


 俺の持つ精霊樹の実が何者かに引っ張られ、俺はそれに任せて手を離す。

 少しずつ、精霊樹の実が消えていく。


「お、お……なんだこれ……勝手に疲労とMPが回復していくぞ!」


《あちしとの繋がりで逆流してんの!》


 そんな効果があるのか。


《いい実だね! 愛情が詰まってる》


 言うほど手間暇掛けてないけどな。


「よし! これならもう一発、一気に跳んでやれるぜ!」


《ひゅーひゅー! 行こう! 行こう!》


「行くぜ! 【神風の術(パンツみせぃ)】!」


 俺と煮込みは慌てて軽トラにしっかり掴まる。


 突発的な斜め方向の上昇気流。俺たちの軽トラは飛んだ。


 橋を渡った時の比じゃない。

 まさに空を飛ぶ勢いで軽トラは前へ、前へと飛ぶ。


 ちょっと飛びすぎて心配になるくらい飛ぶ。


「うひょー楽しいー!」


 煮込みは楽しそうだ。先に心配が来てしまうのは、俺がおっさんだからだろうか? 


 軽トラはツーバウンドくらいして、先頭を追い越した。

 一番前まで来てしまった。


 見れば『ダチョウランニングシューズ』がびっくりしている。

 俺もびっくりしている。


 『ダチョウランニングシューズ』は先頭に立って見ると、あちこちに怪我をしていた。

 そりゃそうか。

 どれだけ回避スキルを持っているかは知らないが、四人ものヒーローから狙われているんだ、無傷で済むはずがない。


 能力値が数倍化している今だと焼け石に水の可能性もあるが、残っているポーションは奢っておこう。

 『ダチョウランニングシューズ』を狙って、ポーションをばら撒く。


「おお! 気持ち良いランニン! 

 まさかの給水ポイントランニン!」


 嬉しそうに翼を広げてポーションを浴びる。

 頑張って欲しい。


「戦闘員が出しゃばるな! 逮捕、更迭、処刑するぞ! 【暗雲の龍(サンダーフォース)】!」


 危ねぇ! ムサシのハンドル捌きでどうにか避けたが、雷撃のような銃弾が『繁華街』の建物を砂に変えてしまった。


 先頭は目立つし、狙われる。こりゃ、俺たちの先はもう長くないな。

 せめて、一人くらい脱落させたい。

 狙うなら自分で運転している『オメガドラゴン』か『マギシルバー』か。


「ゐーっ!〈近いからお前だ! 【闇芸えんかいげい】からの【闇妖精の踊り】!〉」


 俺は蠍尻尾を軽トラに巻き付けて身体を支えると両手を上げる。

 俺の影から伸びた影が『オメガドラゴン』の影と接続する。


「うっ……なんだ……身体が勝手に……」


 状態異常『マリオネット』が『オメガドラゴン』の頭上に浮かぶ。

 いくらも保たないぞ。踊れ! 


 俺は踊る。手を左右に、リズムミカルに、それ、ワンツー、ワンツー! 


「おっ……はっ……なんだっ!?」


 『オメガドラゴン』、まさかの手放し運転だ。

 頭上の『マリオネット』が点滅を始める。


 急げ! 


 腰を振る。大胆に大きく。

 『オメガドラゴン』の大型バイクが右に左に揺れる。

 上体を倒して、腰を振り、上体起こして、腕は左に、腰は右に! 


「や、やめろ……なんだこれは……やめろおおおおおおっ!」


 大型バイクが傾く。『マリオネット』が外れた。

 だが、体勢を立て直すには、時すでに遅し。

 『オメガドラゴン』は転倒こけた。


「のぉぉおおおおおおっ……!」


「避けて!」「はい!」「制御に集中! 踏んでも気にしない!」「はっ!」


 『ロータスフラワー』はどうにか避けて、『ホワイトセレネー』のジープは『オメガドラゴン』を踏んだ。

 そこからの『オメガドラゴン』は悲惨だ。

 踏まれ、弾かれ、巻き込まれ、それが延々と続く。後続車は大量にいるからな。


 それでも、おそらく『オメガドラゴン』は死なないんだろうな……。


「グレン、もう一人くらい落としてやりたいんだけど……」


 煮込みからの提案。

 煮込みは俺と繋がる鎖を持っていた。

 俺たちは動いている。俺たちは鎖で繋がっている。

 俺たちが重りになったら、この鎖に絡まれたやつはどうなるんだろうな? 


「ゐーっ!〈俺、感覚設定リアルだぞ〉」


「好きでやってるって言うのはグレンでしょ」


「ゐーっ!〈はぁ……どっち、狙う?〉」


「おいい! 不穏な会話してんなよ!」


「もちろん、私たちの後はムサシの番だから」


「マジか! くそっ! 派手に散ってやらぁ!」


 俺たちは覚悟を決めた。


「ムサシ、どこまで下がれる?」


 煮込みが聞く。


「無理言うな! 『ダチョウランニングシューズ』とヒーローの間に入った瞬間に、狙われるぞ!」


「ゐーっ!〈じゃあ、前にいる奴一択だな〉」


 俺と煮込みは『ロータスフラワー』が乗るサイドカー付きバイクの運転手。

 それに狙いを定める。


 ムサシがスピードを落とす。

 『ダチョウランニングシューズ』が一瞬だけこちらを見た。

 俺たちは親指を立ててサムズアップした。

 『ロータスフラワー』の乗るサイドカー付きバイクが正面に来るようにムサシが軽トラを動かす。

 『ロータスフラワー』が曲刀を構えた。

 攻撃が来る前に、俺と煮込みはお互いに、ギリギリまで離れるように軽トラから飛び出した。


 運転手の口が驚きに開いていた。

 さすがに予想外だったのだろう。

 運転手を中心に、俺と煮込みを繋げる鎖が折り曲がっていく。

 『ロータスフラワー』が曲刀を立てた。

 切れない。

 そこを支点に、重りになっている俺たちが揺れる。


「ぐっ……」


 運転手が呻いた。鎖が首に引っかかっていた。

 『ロータスフラワー』が事の重大さに気づいて、力尽くで鎖を押し返そうとする。

 このままじゃ失敗になる。


「ゐーっ!〈お前も一緒に逝くんだよっ! 【一刺し】〉」


 俺の蠍尻尾が動いて、運転手に刺さる。

 『熱毒』が入る。

 『ロータスフラワー』に押し返された。

 俺と煮込みは運転手と『ロータスフラワー』に巻き付くようにして、ぐちゃぐちゃになった。


「グレンっ! 煮込みちゃんっ!」


 ムサシの声が聞こえた気がした。


 痛い。 痛いというか、よく分からない。

 なんか巻き込まれて、ぐちゃぐちゃというのが俺の感覚だ。

 サイドカーの下に入り込んで、視界がぐるんぐるん回って、気がついたら『大部屋』にいた。


「ゐーっ!〈はっ! 死んだのか〉」


 背中に冷たい汗が流れる。

 周囲を見回す。みんな『大部屋』の大画面に見入っている。


 大画面では分割された映像が流れていた。


 ひとつの画面には、他の車両に巻き込まれまくってボロ雑巾みたいになった『オメガドラゴン』がゆっくり立ち上がる姿が映されている。


 別の画面では、サイドカー付きバイクは横転。そこに他の車両がぶつかって『繁華街』のゲームセンターに突っ込んでいた。


 さらに別の画面では、軽トラは『ホワイトセレネー』のジープに当たる寸前、ビーム連弩を食らって蜂の巣みたいになって宙を舞っていた。

 そういった諸々をすり抜けるように、銀色の閃光が前に出ていく。


「捉えたぞ! 【退魔の矢(シルバーバレット)】!」


 『マギシルバー』の腕から銀の光が飛ぶ。


「ラストスパートするランニン! 【引きずり回す物(ヘクトール)】」


 銀の光が届くより早く、『ダチョウランニングシューズ』は走った。

 銀の光は追い付けず、射程範囲を超えたのか、小さくなって消えた。


 『ダチョウランニングシューズ』は『鉱山』へと続く海底トンネルに入った。


「逃がすか!」


 『マギシルバー』が続く。

 ほとんどの車両はお互いをぶつけ合い、生き残った僅かだけが海底トンネルを進んだ。

 『ダチョウランニングシューズ』が海底トンネルを抜けるまで、あと少しだ。


 知らず、俺は祈るようにそれを見守っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 恋の呪文は……すきときめきときす?
[一言] ヒーロー器物損壊しすぎぃ。収支大丈夫?
[良い点] かーみーかーぜーのー じゅつーー!! [一言] 神風の術(パンツみせぃ) おいこらルビw しかし術の要、その場で足をシャカシャカはしないのね。
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