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準備を整えた俺たちは、戦闘員姿でその時を待っていた。
運転はムサシに頼む。
俺と煮込みは荷台だ。落下防止のために腰にロープを結んでいる。
シュールな絵面だな。
運転席のモニターでは『ダチョウランニングシューズ』、『オメガドラゴン』、上空からの引きの絵、さらには地図上の光点として位置関係などが見られるようになっている。
「くそっ……何故だ! やつの体力は無限だとでも言うのか!?」
『オメガドラゴン』の焦りの声が聞こえる。
さすがに別地区の学生やスポーツ選手が体力の減少や疲労を肩代わりしているとは思わないだろう。
『ダチョウランニングシューズ』が『行政区』に入った。
「おし、じゃあそろそろ行くぜ!」
軽トラが動き始める。ムサシが運転できるというので、自動運転は切ってある。
自動運転だと本部の幹部なんかが動きをコントロールしてくれるらしいが、その分、自由度が狭まる。
やはり、攻撃要員が一人減っても、手動がいいだろうと言う決断だ。
軽トラが動き始める。
『行政区』はその名の通り、役所がまとまった区だ。あと何故か高級料亭なんかもここにある。
立体駐車場を出て、ゆっくり大通りに向かう。
辺りを見回す。俺は慌ててムサシに停車しろと叫んだ。
既にNPCは消えているようだ。
ムサシは高級料亭前に停車する。急いで腰紐を解いて、俺は高級料亭に入る。
「おい、何してんだ! そろそろ来るぞ!」
ムサシが叫ぶので、俺は慌てて荷台に飛び乗った。
「何してたの?」
「ゐーっ! 〈ちょっといいもの貰って来た〉」
俺が大急ぎでインベントリに詰め込んだもの、それは後に使うことになった。
大通りに出ようとした時、『ダチョウランニングシューズ』と『オメガドラゴン』が横切った。
「くそ、飛ばすぞ!」
ムサシが軽トラを乱暴に動かす。
軽トラが大通りに出た時、すぐ後ろには銀河ポリスカーが迫っている。
ムサシは軽トラのスピードを上げて、銀河ポリスカーを追い越そうとするが、銀河ポリスカーもそれを許すまじとスピードを上げる。
並走する形になって、銀河ポリスカーの窓が開いて、こちらに拳銃を向けてくる。
チャンスだ。
俺は発煙筒を開いている窓に投げ入れてやった。
「うおっ、前が見えない!」「それ捨てろ!」「どれだよ!」
それを見た煮込みが同じように爆竹を投げ入れた。
「ぬおっ、撃つな!」「やめろ! こっちに来るな!」「バカ! 何してんだ!」
銀河ポリスカーは大きくハンドルを切って、水道局の建物に突っ込んでいった。
愚かな。
そう思っていたら、大型トラックが現れる。
トラックの荷台がまるでステージのように開いていき、中にはアイドル研修生のような格好をした戦闘員たちが立っている。
「ゐーっ! 〈げえっ! ヴィーナスシップ!〉」
軽トラに掴まって俺はムサシに叫ぶ。
「ゐーっ! 〈前だ! もっと前!〉」
あいつらのビームチャクラムは身をもって恐ろしさを知っている。
流星みたいに降ってきて、地面に暫く残るんだ。
あの大型トラックの後ろは危ない。
「行くわよ!」「華麗に決めるわ!」「ターンは危ないからやめて!」
キュンキュンキュン……ズドドドドドド……。
「くそっ! 今日の行政区担当はアイツらかよ! やりにくいぜ!」
ヒーローレギオンは担当を決めてパトロールをしているらしい。
ムサシが恨み言を吐きながら、右に左にとハンドルを切る。
「ゐーっ! 〈おわ! 腰紐外したままだった!〉」
俺は軽トラの荷台から、フワリと浮く。
まずい、まずい、まずい!
「ゐーっ! 〈すまん、煮込み! 【誘う首紐】〉」
「げえっふ! ……きゅう」
俺の左腕から伸びた鎖が、煮込みの首に巻き付いて、びんっ、と突っ張った。
煮込みは軽トラに必死にしがみついていたが、いきなり首を締められて、変な声を上げる。
鎖を頼りに、なんとか荷台の端に落ちる。
一瞬、白目を剥いた煮込みだが、軽トラが軽く跳ねた衝撃で我に帰る。
「なんてことするかー! この、このバカグレン!」
「ゐーっ! 〈すまん、悪かった! 急なことでこうするしかなかったんだよ!〉」
俺は煮込みからの、ゆっくりストンピングを食らいながら謝る。
同時発動の【叫びの岩】から『行動不能』と『鈍重』が両方入ったようだ。
『行動不能』はすぐ解けたようだが、『鈍重』は掛かったままだ。
レベルが高いから、しばらくすれば解けるとは思う。
煮込みにHPポーションを奢る。
「なんで持って来てるの?」
「ゐー…… 〈いや、使う可能性もあるかと思ってな。まさか荷台でむき身を晒すとは思わなかった……〉」
「はぁ……相変わらずグレンって変なの……」
「おい! そろそろ攻撃再開してくれ! この直線はキツい!」
先を見れば直線の一本道だ。確かに『ダチョウランニングシューズ』が狙われ放題だな。
「ゐーっ! 〈煮込み、これ持っててくれ〉」
俺は煮込みに発煙筒を持たせる。煙が拡がっていく。
後方の銀河ポリスカーと大型トラックの運転手に向けて【夜の帳】を連発する。
煙を隠れ蓑にしたスキル攻撃だ。
「むう……爆竹があんまり役に立たない……」
確かに、先程のような窓が開いている時でもないと厳しいかもな。
俺はインベントリから高級料亭でくすねてきたものを実体化させる。
玉砂利だ。丸くて手頃な大きさ。さすが高級料亭といったところか。
ぱぱっと取って来られるものが、これしかなかったからな。
「ゐーっ! 〈これ使え!〉」
走る自動車に石はかなり危険だ。しかも、高速走行時だと顕著だが、自動運転でスピード制限されている車にだって充分に危険な行為である。
「おお! これを取ってきたのか〜! んでわ……良い子はマネしないでねアタッーク!」
銀河ポリスカーの窓に蜘蛛の巣状の酷いひび割れが走る。
タイヤの摩擦音を響かせて、大型トラックにぶつかる。
大型トラックの戦闘員たちは、何故か立っている。
それは大惨事だった。
アイドル研修生みたいな戦闘員が宙を舞い、二重、三重の巻き込み事故が起こる。
俺と煮込みは思わず目を覆ってしまうほどの悲惨な状況だ。
『りばりば』の三輪バギーはジェットコースター以上に、ギュルギュル回転をして、ジープは建物に突っ込んだ。
す、すまんかった……後悔してる……。
「あわわわわわわわわわわわわ……」
「うひょー! 敵も味方も一掃だぜ! わはは、わはははは、わははははははははははは……」
煮込みは壊れたレコードみたいに「あわわ」の呪いから帰って来れなくなるし、ムサシはあまりの惨状に笑いが止まらなくなりつつ泣いていた。
まあ、やってしまったものは仕方ない。
敵は大半を屠った。味方諸共だけどな。
い、いちおう、出発前に幹部に「何をやってもいい」と言質は取ってあるから、大丈夫だ。きっと、たぶん、おそらく……。
ヒーロー側の車両のほとんどが自動運転を外していたのが、この事故に繋がったんだろうと、心の冷静な部分が判断する。
最近だと、自動運転の普及のおかげで、事故率がかなり低くなっているから、いざと言う時の対処ができない人ばかりだ。
滑った時のカウンターステアとか、そもそもそれ何? とか言われるしな。
最後方から『ヴィーナスシップ』の戦闘員が乗るサイドカー付きのバイクが走ってくる。
「もっと急いで!」「は、はい!」「許さないわよ! すーちゃんと、みーちゃんと、マナとヒナの仇は、私が取るからね!
可憐なる蜜の香りに誘われて……。
今、咲かん、ロータスフラワー!
シャイニングライト、フラワリーング!」
あれは……。
「な、なにー! 『ロータスフラワー』……コア残ってたの〜っ!」
煮込みが悔しそうに歯軋りする。
「ゐーっ! 〈遠目で良く分かるな〉」
「あのヒラヒラピンクなドレスは間違いない!」
なるほど、『ヴィーナスシップ』のヒーローは色被り厳禁か。
「ゐーっ! 〈ムサシ、もっと前に出られるか!〉」
「お、おう! やぁーってやるぜー!」
軽トラが、ギュンッと加速する。
玉砂利は怖くなったので、スキルと発煙筒と爆竹で対処していく。
『ヴィーナスシップ』の大型トラックは何かある度に戦闘員を、ボロボロ零して行くんだが、なんとかならないのか?
そもそもカーチェイス仕様じゃないだろ。
コレ見て、健気に頑張ってるなぁとはならんと思うぞ……絶対。
動くステージに立っている戦闘員を載せたままカーチェイスとか、見てるこっちが精神をやられそうだ。
前に出ると、またもや混戦気味だ。
『りばりば』からも続々と追加投入されているし、ヒーロー側も同様だ。
ムサシはセンスがあるのか、少しずつ順位を上げていく。
後ろから的確にウチの車両を潰しながら迫る『ロータスフラワー』が恐ろしい。
感情エネルギーを貯めて、新フィールドを開けられれば俺たちの勝ちとは言うが、そこまで『ダチョウランニングシューズ』を保たせるのはかなり困難だ。
これって新しい『地区』に行く度に新しいヒーローと出会すんじゃないのか?
そうなると不意に怪人が死んでしまうパターンとか大いに有り得るだろ。
前を確認する。
あの10mに満たない橋を渡れば、次の地区『繁華街』に入る。
と、『ロータスフラワー』の乗るサイドカー付きバイクが一気にスピードを上げた。
ジェットだ! ジェットエンジンがついてやがる!
ただ、ジェットエンジンは加速力が段違いらしく、俺たちに何もすることなくあっさりと抜き去っていった。
助かった……そう思ったのが間違いの元だった。
「ここで決めるっ! すーちゃん、みーちゃん、マナ、ヒナ、貴方たちの犠牲は無駄にしない! いっけえええっ! 【破壊の女神】あああぁぁぁっ!」
『ロータスフラワー』の額に第三の目が現れる。そして、その目玉は何かに弾かれたように飛んで、『ロータスフラワー』が渡った直後の橋を爆破した。




