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日間VR部門2位だって……いぃぃいいやったー!
今、俺は何故か『大部屋』で煮込みと合流して、チャットしながら改めて俺の畑に向かっている。
レア種から生まれたお化け野菜たちが戦闘に発展せず、何故かテイムされようと寄ってくるのは、まあいい。
ただ、こちらの言うことを聞かず、無理にテイムされようとして、俺のMPを吸い尽くすのは、どうなんだ?
今、向かっているが、この調子だともう一回殺される可能性があるため、俺は少しビクビクしている。
サクヤ︰グレンさーん。いきなり落ちましたー?
グレン︰すまん。野菜たちが勝手にテイムされようとして、死んだ。
サクヤ︰ああ、趣味の時間でしたかー。
グレン︰そんな訳ねーだろ! 今、煮込みと合流して、向かっている。
サクヤ︰こちらではシシャモ君、先程の野菜泥棒君にムックさんがお話を聞いてるところですー。
グレン︰そうか。すまん……。
「野菜泥棒が出たミザ? 」
「ゐーっ! 〈ああ、俺の畑で…… 〉」
俺は移動しながら煮込みに先程の野菜泥棒の話を説明する。
まあ、説明と言っても、野菜泥棒だと理解した次の瞬間くらいには、MP枯渇で死んだから、何も分からないんだがな。
ムック︰分かったこと説明しますピロ
ムック︰名前はシシャモ。レベルは22。所属は小規模怪人レギオンの『シャーク団』。どうも、一昨日の各大規模レギオンの【農民】優遇政策を外部サイトで見た先輩たちに唆された結果、泥棒に至ったということピロ。
グレン︰唆された? なんて?
ムック︰農民スキルで作った野菜を食べたらレベルが上がるはずだから、いち早く手に入れて他のレギオンに差をつけるとか言われたらしいピロ。
グレン︰は?
煮込み︰ああ、急に大規模レギオンが農民スキル持ちを優遇したのには理由があるはずだって話になって、それが野菜を食べたらバフが掛かるとか、レベルが上がるとか、色々と外部サイトで噂が出てたミザ。
サクヤ︰幹部さんたちが、皆を驚かせようと情報を遮断したのが、裏目に出たんですねー。
ムック︰どうするピロ? 『シャーク団』はかなり有名なPK集団ピロ。僕がやってもいいピロ。
煮込み︰後はレオナに言って、正式に抗議する手もあるミザ。
グレン︰なあ、そのシシャモと話してみたいんだが、パーティーチャットに入れてもいいか?
全員から了承をもらって、俺はシシャモと話すことにした。
グレン︰シシャモだったか。お前、俺と同じ第三陣だよな?
シシャモ︰あ、は、はい。すみませんでした。
グレン︰なんで『シャーク団』に?
シシャモ︰あ、えっと、最初は『マンジ・クロイツェル』だったんですけど……ノルマが達成できなくて、野良になったんです。
まあ、野良でもそれなりに楽しくやってたんですけど、ちょっと物足りなくて……。
ある時、フィールドでPKに会って、それが『シャーク団』の人たちで、やられっぱなしは嫌なんで戦ったんです。
それで、仲間の野良はやられちゃったんですけど、俺が使ってるガチャ魂が『トラザメ』だって分かった瞬間に勘弁してもらえて……それで仲間にならないかって……。
グレン︰ガチャ魂が『トラザメ』だと仲間になれるのか?
シシャモ︰あ、え、ええ。『シャーク団』はその名の通り、サメ系の『ガチャ魂』を持ってないと入れないエリート集団だって。
それで、『シャーク団』に入ったんです。
グレン︰『シャーク団』ってのはPK集団なんだろ。
シシャモ︰ええ、最初はちょっとヤバいかな〜とか思いましたけど、入ってみたら気のいい人たちばっかりで、普通に狩りとか連れてってくれますし……。
グレン︰PKに誘われたことは?
シシャモ︰あ、いえ。そろそろだな〜とは言われてますけど、ちょっと勇気が出なくて……。
シシャモ︰その今回の泥棒も、PKの代わりっていうか……。
グレン︰PKをやりたくないなら、泥棒をしろって?
シシャモ︰まあ、その……はい。
なんだろうな。この手の集団はだいたい同じ道を辿るよな。
俺も似たような筋道を辿ったから分かるが、出会いはどうでもいい気まぐれみたいなものなのに、本人にとっては運命の出会いだったんじゃないかと思わされる。
ムック言うところの
「人は儚く、自身が望んだ夢も未来も、それが自身の望み故に異常ではないピロ」
ということなのだろう。
それから、最初に仲間意識を強調して、少しずつ悪事に手を染めさせ、抜けられなくするというのも、そういう集団にとっては常套手段だ。
ただ幸いにも、このシシャモはまだPKという一線を踏み越えていない。
今ならまだ踏みとどまれる可能性がある。
俺はもう一度、チャット画面に視線を移す。
シシャモ︰あの、本当にすみませんでした。弁償するんで、許してもらえませんか?
グレン︰なんで野菜泥棒だったんだ?
シシャモ︰あ、一応、自分が【農民】スキル持ちなので、そのせいだと思います。食べ頃の見極めくらいはできるだろうって……。
煮込み︰それって自分で作るんじゃダメだったミザ?
シシャモ︰スキレ〈スキルレベル〉が1で、その内入れ替えるつもりで、何も調べてなくて……。
サクヤ︰手軽な方向を示されて、流された訳ですねー。
シシャモ︰う、は……はい。すみません……。
グレン︰なあ、野菜泥棒なんてやりたくないなら、断ることはできなかったのか?
シシャモ︰いや、そんなことしたら、また野良に逆戻りですよ。それに、勝手に抜けた人で不幸な目に会った人もいるって……。
ムック︰それは脅されているピロ!
シシャモ︰いや、でも、脅しじゃなくて俺のためを思っての忠告だからって言ってましたし……。
グレン︰なあ、シシャモ。お前が嫌じゃなければ『りばりば』に来るか?
シシャモ︰え? 俺がですか? でも……。
グレン︰『シャーク団』を抜けたら怖い、か?
シシャモ︰あ……えと……。
グレン︰人のプレイスタイルに口出しする気はないが、野菜泥棒やって、ゆくゆくはPKに手を染めて、他人を嘲笑うようなゲーム、楽しいか?
シシャモ︰それは……楽しくはないですけど……でも、俺と仲良くしてくれる人たちだし……抜けたら終わりってことじゃないからって……俺たちは運命の輪で繋がってるから、どこに行っても分かるぞって……。
グレン︰なあ、『シャーク団』の主な出没地域とか、ムックなら何か知っているんじゃないのか?
ムック︰『シャーク団』は低レベル狩りが中心で、それも人が多いところではあまりPKはしないピロ。
それと規模の大きいレギオンとの衝突は避けるから、『りばりば』ならまず狙われなくなると思うピロ。
グレン︰シシャモ。良ければ俺とフレンド登録してくれないか?
シシャモ︰え? あ、あの、なんで?
グレン︰ちょっと昔の俺を見ているみたいでほっとけなくてな……。
シシャモ︰なんすか、同情ですか?
グレン︰同情なのかは分からんが、スカウトだと思ってくれていいぞ。
ウチの幹部の受け売りだけどな、これから【農民】スキル持ちは引く手数多になる。
でも、それはバフだとかレベルだとか、そういうゲーム的な意味じゃない。
このゲーム内で天然食材の味を味わえるからだ。
これは、一度知ってしまえば抜け出せなくなる味だぞ。
なんなら、感覚設定をリアルにして、一度、食ってみるといい。
それに【農民】スキルはゲームに直接関係ないように思えるが、これで人が動くくらいに魅力的なコンテンツだ。
『りはりば』じゃ昨日はそれで緊急イベントを乗り切ったくらいだしな。
グレン︰ムック、サクヤ。俺の畑のもの、何でもいいからシシャモに食わせてやってくれ。
ムック︰食べていいピロ?
グレン︰ああ、お前らも好きに食ってていいぞ。一度、収穫した後だから数は少ないかも知れんが。
サクヤ︰わー、グレンさん、太っ腹ですねー! では、お言葉に甘えましてー。
煮込み︰私の分も残しておいて欲しいミザ!
グレン︰もうすぐ着くから大丈夫だろ。
煮込み︰ムックは集中的に食い荒らすから危険ミザ!
ムック︰早めに来るのをお勧めするピロ。
「グレン、急ぐミザ! 」
「ゐーっ! 〈いや、そんな急がなくても大丈夫だよ〉」
『郊外区』の駅に着いた瞬間、煮込みが俺の腕を引いて走り出す。
走るのはいいんだが、俺は畑で『無理テイム死』を経験しているからな。
慌ててMPポーションを取り出して、無理テイムに備えるのだった。
俺の畑では、シシャモがお化け野菜に囲まれた状態で、ムックとサクヤは食べるのに夢中のようだった。
「ゐーっ! 〈おう、待たせたな〉」
「あー! やっぱりムック、胡瓜ばっかり狙ってるミザ! 」
煮込みは俺をそっちのけで、ムックのところに走る。
魅惑小松菜、毒噴き馬鈴薯、混乱報連相、粘着蕪に鬼大豆と俺は対峙する。
「ゐーっ! 〈来いやー! 〉」
両手にMPポーションを構えて、準備は万端。
「こまっつなー! 」「ぶしゅー! 」「アレ、コレ、ソレ、ドレ? 」
ヤバい、MPポーション!
「かぶー! 」
MPポーション!
「えだま〜」
触れられる度、俺のMPが、ぎゅんぎゅん減る。
頭痛が激しい。精神が削られる感じがする。
しかし、耐えた。俺は死ぬことなく、耐え切った。
「ゐーっ! 〈くふー……ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……耐え切ったぞ……ちきしょーめ…… 〉」
一人笑う俺をシシャモがびっくりしたような目で見ていた。
俺はシシャモに笑いかける。
「ゐーっ! 〈すまんな。ちょっと馬鹿っぽく見えたかもしれんが、俺の勝負だったんでな〉」
キョトン、とするシシャモ。
ああ、シシャモも【言語】がないんだったか。
サクヤがモンスター化していない三眼茄子をアルミホイルと焚き火で焼きながら、フォローしてくれる。
「俺は馬鹿だが、勝負だったんだーと言ってますねー」
「ゐーっ! 〈おい、誤解を招く通訳やめろ…… 〉」
「へへへ…… 」
つっこまれて嬉しそうにサクヤが笑う。
こいつ、わざとか。
仕方ない。またチャット会話にするか。
画面を出して、同じことを伝える。
グレン︰シシャモも言語ないんだな。
シシャモ︰あ、はい、ガチャ運が偏ってるみたいで……。
グレン︰おお!そうなんだよ。俺もガチャ運が偏っててな。
煮込み︰グレンのはただ単にガチャ運がないって言うミザ。
グレン︰ちゃちゃ、入れんな!
畑の奥から「うへへへへ……ミザ」という笑いが聞こえる。
グレン︰シシャモ、野菜食ってみたか?
シシャモ︰あ、いえ、その感覚設定弄るんですよね?
シシャモは少し困ったような顔をしている。
グレン︰信用できない、か?
シシャモ︰えっと……リアルで殴られたりすると痛いんですよね?
グレン︰ああ、リアルだからな。それでも安全装置があるから本当にヤバい痛みなんかは遮断されるけどな。
グレン︰そうだな……じゃあ、感覚設定を弄らないままで、一回食べてみてくれ。
そうしたら、野菜にバフ効果やレベルアップ効果がないのは分かるだろ。
俺はそこらを見回して、胡瓜が一本残っているのを見つけた。
そいつを取ろうとすると、凄い勢いでムックが走って来る。
「ゐーっ! 〈ムック、お前には俺のインベントリにある胡瓜をやるから、それは待て! シシャモには採れたてじゃないと無駄な誤解を生むだろ〉」
直角に曲がるようにムックが俺に向けて駆けて来る。
犬みたいだな。
俺はインベントリから胡瓜を六本出して、ムックに渡す。
「ゐーっ! 〈ちゃんと煮込みと半分にしろよ〉」
「煮込みはじゃがいもを焼くって言ってたから大丈夫ピロ! 」
俺から胡瓜を受け取って、走り去る。
やろう、独り占めするつもりだ。
「ゐーっ! 〈お前ら、ムックを捕まえろ! 〉」
俺はテイムモンスターたちに指示を出す。
お化け野菜たちは一斉にムックを追いかけ始めた。
「違うピロ〜! これはグレンから貰ったんだピロ〜! 」
むう……動きが素早い。
まあ、暫く追わせて、独り占めの罪を噛み締めさせよう。
俺は胡瓜をもいで、そのままシシャモに渡す。
グレン︰食ってみろ。
シシャモは、おずおずと受け取って、それを齧る。
パリッとした良い音が響く。
グレン︰手ぶらで帰る訳にいかないだろ。ドローンで自動収穫したのを渡すから持って行っていいぞ。
あと、一人になって安全を確保してからでいいから、感覚設定をリアルにして食ってみろ。
本気で美味いやつだからな。
シシャモ︰レベルアップしない。
グレン︰ああ、そういうものじゃない。
俺はインベントリから出した野菜を見繕って渡してやる。
それから、シシャモにフレンド申請を送る。
グレン︰もし、話相手が欲しくなったり、俺たちと一緒に遊ぶ気になったら、連絡してくれ。
ああ、スカウトに乗る気になった時でもいいぞ。
別に『りばりば』じゃないと一緒に遊ばないなんてセコいことは言わない。
このまま『シャーク団』でやってても、一緒に遊ぶくらいはできるからな。
ただ、PKになるなら、その前に少しだけ俺たちのことも考えてみてくれ。
俺も始めて二日目にPKにやられて悔しい思いをしているからな。
シシャモ︰え? スカウトじゃなかったの?
グレン︰スカウトだぞ。ただ強制じゃなくて、ウチに来るかどうかは、シシャモが決めるんだ。
他人に流されて決めたことなんて、意味がないからな。
「グレンー! じゃがいも焼けたミザ! そこのシシャモも来るといいミザ」
「お茄子もいい感じですよー。お醤油をちょっと垂らしてあるんで、味わってみて下さいなー」
グレン︰シシャモ、行こうぜ。
俺はシシャモを促して、煮込みとサクヤの囲む焚き火まで行く。
シシャモも遠慮がちに続く。
「ゐーっ! 〈ムック、そろそろ戻ってこいよ。色々と焼けてるぞ〉」
「分かったピロ! 」
あれだけ追いかけ回されて、ノーダメージか。ムックは元から強いイメージだったが、更にって感じだな。
俺はインベントリからバーベキューの時の余りのバターを取り出して、今から、かぶりつこうとしている煮込みのじゃがいもに少し乗せてやる。
「ほお〜、溶けてきてるミザ……はぐっ……ふおー! たまらんミザ! 」
「はい、どうぞー」
サクヤがシシャモに茄子を勧めている。
シシャモが熱々のそれを、ゆっくりと口に運ぶ。
「シャ、シャークッ! 」
何を言っているかは表情で分かる。
美味いんだな。
「シャーク! シャーク! 」
「ゐー? 〈なんだって? 〉」
「リアルで食べたら、こんなに違うなんて凄い、だそうですよー」
そうか、リアルに設定したのか。
そりゃ良かった。
「こっちのじゃがいもも食べてみるミザ! 」
俺が出しておいたバターをたっぷり乗せて、煮込みがじゃがいもをシシャモに勧める。
「シャ、シャークッ! 」
そうだろう。そうだろう。
グレン︰野菜と一緒に種も少し分けてやろうか? 【農民】スキルを生かす気があるなら、だが……
シシャモ︰いいんですか?
グレン︰ああ、作れるやつが増えれば、それだけ沢山の人に行き渡るだろうからな。
シシャモは「シャ、シャークッ! 」を何度も繰り返して、俺から野菜と種を貰って帰って行った。
「グレンさんは許したみたいだけど、PKをしたなら、僕はシシャモを許せなくなるピロ」
「ゐーっ! 〈いいんじゃないか。だって、そういう遊び方だろ、ムックのプレイスタイル〉」
「ピロ」
ムックは静かに、強く頷いた。
それぞれのプレイスタイル。気が合うやつと、合わないやつがいて、その時に遊びたいやつと遊べばいいと思う。
なにしろこれはそういうゲームだからな。




