66〈はじめてのししゃも〉
土曜の午後、ちょっとひと息入れたいところです。
という訳で、本日二話目。
まだの方は前話からお願いします。
待つこと数分。
サクヤとムックがやって来た。
「あらー? 新しい装備ですかー? 」
「ゐー? 〈いや、そろそろ買いたいとは思っているが、新調したものはないぞ? 〉」
「でも、その左右の肩パットは新しいやつですよねー? 」
「こっちはフジンピロ」
ムックが俺の右肩を示して言う。
俺は自分の左肩をどうにか確認する。
黒いトンボの羽根が何重にも巻きついて肩パットみたいになったじぇと子が寝ていた。
「ゐーっ! 〈ああ、これは新しいペットのじぇと子だな〉」
「ジェトコ? 」
「ゐーっ! 〈ダークピクシーのスキル上げてったら出たぞ〉」
「ああ、ピクシー系のってことは闇精霊ですねー」
「ゐーっ! 〈さすがスキル字引サクヤだな。分かるのか? 〉」
「スキル字引と言う程ではないですよー。
ただ闇精霊は初めてですが、火精霊とか風精霊とかは知ってますねー」
「僕も初めて見たピロ」
「ゐーっ! 〈それで精霊ってのは何をするもんなんだ? 精霊樹の実は食うみたいだが〉」
「え、精霊樹の実を食べるんですかー? それは初耳ですねー……まあ、色々みたいですねー。
何かと助けてくれたり、くれなかったり……気まぐれなんだとか聞きましたかねー」
ムックは俺の肩パットを突っついたりしている。
「名前はあるピロ? 」
「ゐーっ! 〈じぇと子だ〉」
「雑ですねー」
「ゐーっ! 〈言うな。俺もちょっと思ってるんだが、ただ、本人が気に入ってるから、今さら変えられなかったんだよ〉」
「かわいいピロ」
お前がな。って違う、違う。ムックは男だと何度も自分に言い聞かせる。
どうもムックは性別を超えたナニカを俺に与えてくるから、たまに分からなくなる。
リージュはオカマ。
よし、冷静になった。
「ゐーっ! 〈それで実はだな。今日、手伝ってもらいたいのは、俺の畑のこのフジンなんかを植えてた場所なんだ〉」
「お、収穫ですかー」
「ゐーっ! 〈そう上手くいけばいいんだが、熟れすぎるとフジンみたいになっちまいそうでな…… 〉」
「霧胡瓜は美味しかったピロ」
「ゐーっ! 〈もしかすると戦闘の可能性があるからな〉」
「それはファンキーな収穫になりそうですねー。そういうことでしたら、『経済区』で武器になりそうな物を見繕ってから行きましょうかねー」
そうか、遺跡発掘調査専用武器もレイド戦用武器も、普通に『シティエリア』に入る時は持ち込めないからな。
ひとつ発見があった。
人間アバターに身を包むと、フジンもじぇと子も見えなくなる。これはありがたい。
俺たちはポータルから隠れ家へと飛んだ。
『経済区』の隠れ家、『りぞりぞツーリスト』のポータルから出ると、外が騒がしい。
「ゐー? 〈何かあったのか? 〉」
隠れ家から出て、大通りへ。
「こちらはヴィーナス・シップです。
現在、この区域に『ガイガイネン』の潜伏が確認されました。危険ですので速やかに退去を願います。繰り返します。こちらは…… 」
「ガイガイネンピロ? 」
「ゐーっ! 〈イベントって終わったよな? 〉」
「これは新要素として定着したっぽいですねー。明日くらいには、運営から発表がありそうですよー」
『リアじゅー』の運営は情報を出さない。
このゲームではよく問題になっていることだ。
アホな話だが、『リアじゅー』の歴史を紐解くと、実装が先で発表が後という事例や、そもそも発表すらなくバージョンアップなんてことがよくあることらしい。
問い合わせに『現在、その質問には答えられません。時期をお待ち下さい』とか分からん答えがくる時もあるとか。
そんな運営だが、ゲームは人気だ。
確かに面白いと思うしな。
明日、発表があればいいな、くらいで考えておくのが『リアじゅー』運営とのお付き合いのコツと従妹は言っていた。
まあ、それはそれとして、今の状況だ。
退去と言われても、『シティエリア』に詳しくない身からすれば、どこへ? となる。
お、急ぎ足で移動する人がいるな。
「ゐーっ! 〈あれについて行ってみるか〉」
「そうですねー」
俺たちは四人組の急ぎ足の人の後をついて行った。
「なんかおかしいピロ? 」
「ゐーっ! 〈ああ、大通りから離れていくし、何か隠れている印象だな〉」
何か怪しい感じがして、俺たちは途中から後をつけるように動いていた。
四人組が止まる。
喧騒がすぐ近くで聞こえる。
「これはもろに戦闘地域の裏手なのでわー? 」
四人組が一般人アバターを一斉に外した。
「マギスターピロ」
『マギスター』の戦闘員たちだった。
彼らは何事か手を動かすと、目の前にライフルが現れる。消音器付きの普通のライフルだ。
ビームライフルじゃない。
「これは録画案件ですねー」
サクヤはインベントリからカメラを取り出し、それで録画を始めた。
四人組が発砲を始めた。
プシュッ、プシュッ、プシュッ……。
小さな音が裏路地に響く。
「スクープの匂いがしますよー」
そう言ってサクヤは四人組の裏手に回っていく。
四人組は随分と楽しそうだ。
時折、声を殺して笑っている。
俺とムックは隠れているしかない。
暫くして、四人組がライフルを仕舞って、慌てたように移動を始めた。
サクヤが見つかりそうになって、ヒヤヒヤするが、どうにかやり過ごした。
サクヤが戻って来る。
「ゐーっ! 〈なんだったんだ? 〉」
「んー、簡単に言えば、PKによる経験値稼ぎですかねー」
「PKピロ…… 」
ムックが嫌そうな顔をする。
「今回のガイガイネンって結構、経験値が稼げるじゃないですかー。
それで、プレイヤーってダメージを与える度、戦闘中でもレベルだけは上がってるんですよねー」
確かに、このゲームは戦闘経験値と言うべきか、ダメージを稼げばその瞬間に経験値が入る。それ以外は敵を倒した瞬間に、貢献度と固定の経験値が入るような仕組みになっている。
ただ、レベルアップポイントの割り振りは時間がかかるため、後回しというパターンが多い。
だから、一度に10も20もレベルが上がるのだ。
「つまり、レベルが上がってもパワーアップするのは戦闘後、というのが多いんですねー。
強敵と戦って、レベルが上がり、パワーアップ前にPK、プレイヤーキルをすると、弱くてレベルの高いプレイヤーを狩れるということですねー。まあ、たかが知れてますけどー」
隙間産業みたいなPKだな。
「あとはヴィーナスシップって最近、大規模レギオンに昇格したんですよ。マギスターと同じですねー」
そうだったのか。
穿った見方をすれば、『マギスター』による『ヴィーナスシップ』弱体化を狙った犯行という線もあるのか。
「まあ、実際のところはどうでも良くてですねえ……今、ウチとマギスターは戦争中で、この前なんて、それを聞きつけた瞬間にヴィーナスシップが援軍寄越したりしてたじゃないですかー。
そんな中にこういうゴシップが流れたら、面白いかなーと思うわけですねー」
今後の連携が取りづらくなる、と。
「ゐーっ! (せっかくなら顔をしっかり撮りたかったな)」
「いえいえー。どうせ、ネットマナーで顔はモザイクですから、どこの所属かが分かれば充分ですよー」
「ゐーっ! 〈それもそうか。だが、なんでわざわざアイツら戦闘員姿に? 〉」
「NPCに見つかった時、人間アバターのままだと警察を呼ばれるピロ。
警察に捕まったらヒーローレギオンの場合、キャラクターロストピロ」
「あれはビックリでしたー」
昔、そういう事例があったということか。
「大きなレギオンになると、必ずはみ出し者が出るピロ。
僕たちも他人事じゃないピロ…… 」
「ゐーっ! 〈もしかして、そういうのにお灸を据えるのも、ムックの仕事なのか? 〉」
「別に仕事じゃないピロ。ただ見つけたら僕らの遊び方に付き合ってもらうだけピロ」
お、おう……遊び、な。
それから、騒ぎから逃れるように俺たちは動いて、無事に買い物を済ませて電車に乗った。
『郊外区』の俺の畑だ。
途中、『ガイガイネン』の暴れた跡が残っていたりして、生々しい。
『経済区』はほとんど痕跡が残っていなかったが、あれなんかはやはりレイド戦と同じでヒーローレギオンが金を出したりしているのだろうか。
……イメージを守るのも大変だな。
ヒーローレギオンだと怪人レギオンにはない経営戦略シミュレーション的な遊び方とかありそうだ。
「シ、シャーク! 〈ひぃ、助けてー! 〉」
何やら悲痛そうな声が聞こえた。
俺の畑からか?
とりあえず、声のした方へ向かう。
うーむ……畑の端っこ。例のレア種スペースだな。
トレーナーにジーンズの十六、七歳くらいの男の子が俺の畑でマンダラ大根に尻を噛まれている。
「ゐーっ! 〈こら! 人様に迷惑かけるんじゃない! 〉」
俺のLv81、金属バット攻撃がマンダラ大根にヒットする。
「まんだら〜っ! 」
マンダラ大根は吹っ飛ばされて、大根の真ん中に開いた牙のある口をガチガチと鳴らした。
「ゐーっ! 〈大丈夫か? 〉」
「シャーク! 〈ひー! すいません、すいません…… 〉」
この少年が俺の畑から出ようとするのを、ムックが止める。
「だめピロ」
「ゐーっ! 〈ああ、ちゃんと謝罪はしておかないとな。迷惑かけちまったし〉」
「違うピロ」
「ゐー? 〈違う? 何が違うんだ? 〉」
「懐かしいですねー。初期の頃とかみんな言葉が通じなくて、こんな感じでしたー」
「シャ、シャーク! 〈すいません、許して下さい! 悪気はなかったんです! 〉」
「じゃあ、これは何ピロ? 」
少年のトレーナーの中からは、俺の畑から盗ったであろう野菜がぽろぽろとこぼれた。
「まんだら〜っ! 」「な〜すびっ! 」「ギャロー! 」
それを見た、ウチの畑の野菜たちが怒りの声を上げる。
「ゐーっ! 〈お前らもしかして、俺の畑を守ろうとしてたのか? 〉」
マンダラ大根と三眼茄子とマンドラ人参がゆっくりと俺の近くに寄ってくる。
なんだよ、俺の考えすぎか……お化け野菜たちめ、良い奴だったのか!
俺の目の前で、ぴょいん、ぴょいんとマンダラ大根が跳ねる。
それを俺は腕を拡げて受け止めてやる。
人参も茄子も同じように受け止めて……うっ……この感覚は……。
───マンダラ大根のテイムに成功しました───
───三眼茄子のテイムに成功しました───
───マンドラ人参のテイムに成功しました───
一匹? 一菜? テイムするのにMPを30点ほど持って行かれる。
じぇと子に上限を10点減らされているので、俺のMPはあと40点だ。
リアルだとMPが急激に減ると頭がクラクラする。
「タマタマ〜」「こまっつな! 」
お化け玉葱に、お化け小松菜!?
まさか……お前らもかっ!?
「ゐっ! 〈何? ま、待て! MPポーション飲むから待ってくれ! 〉」
俺はインベントリからMPポーションを取り出そうとしたところで、MP切れで死んだ。




