65〈はじめてのじぇと子〉
昨日、俺は初めてレポートを書かずに寝た。
おぼろげな記憶を振り返れば、レオナが10万マジカで『精霊樹の実』を買い取ったり、豚汁に釣られた奴らの中で、殊勲を挙げたやつが『精霊樹の実』を嬉しそうに掲げていたり、俺のレベルが20も上がっていたり、色々とあったはずだが、俺の頭は混乱の只中にあり、ログアウト後も混乱が収まらなくて、医者を呼ぼうか迷ったりしたが、全てを忘れるために寝た。
朝、少し頭がスッキリして、ふと見るとリンクボードに一件のメールが来ているのを見つける。
静乃からだ。
ああ、レポートも書かずに寝たからな。
文句でも言ってきたか、とメールを読む。
───今日は疲れちゃったかな? 外部サイトは凄いお祭り騒ぎ。今度、負け犬ダンスの話、当人から聞かせてね! おやすみ───
俺は身体から噴き出る汗が止まらなかった。
終業。飯を食って、少し悩んだが、最近じゃすっかりナイトルーティンになってしまっているので、やはり『リアじゅー』にログインすることにした。
よくよく考えて見れば、俺が『りばりば』の戦闘員だとは分かっても、目出し帽に黒の全身タイツだ。
リージュもネットマナーを守って、「この戦闘員」としか紹介していない。
昨日のことは夢だ。何もなかった。
そう言い聞かせたら、随分と心が軽くなった。
いつもの『大部屋』。
『緊急イベント』もない。『作戦行動』もない。平和なもんだ。
『戦争イベント』はあるが、動くとしたら土日だろう。
昨日、俺は畑を守りきった。
過程はどうあれ、過程はどうあれそれは素晴らしいことだ。
ドローンで収穫して、次の種蒔をしておく。
「きうー」
フジン、いきなり喚かないでくれ。
何事かと思うだろ。
はっ! そういえば、昨日のお化け野菜たち。霧胡瓜は収穫したが、他の野菜は……。
今日の予定、ひとつめが決まった。
ん?
「きうー」
またフジンが鳴いた。
辺りに視線をやれば、ちょいちょい目が合うやつらがいるな。
どこかで一緒だったか?
「ほら、あの霧胡瓜…… 」「じゃあ、負け犬ダンスの…… 」「ちょっと聞いてみる? 」「グレンって言うのか…… 」「有名人じゃん…… 」
たらり、何故か嫌な汗が流れた。
ツカツカと素知らぬ顔で移動して、秘密基地内のマイホーム区画にやって来た。
マイホーム区画は値段が高いのもあって、幹部以外だと持っているやつは少ない。
つまり、通りは比較的静かだ。
俺はチャットを開く。
グレン:誰か助けて欲しい
レオナ:どうしました?
サクヤ:有名人なので追われているとか?
グレン:追われてはいないが、視線に耐えられない……。
煮込み:ぶっほっ! 戦闘中に開くんじゃなかったミザ……。
レオナ:堂々としていればいいと思いますよ。
グレン:そういうもんか? あちこちから噂話が聞こえてくるんだが……。
サクヤ:まあ、霧胡瓜をテイムしているなんて珍しいですからねー。
グレン:やっぱりか。
ムック:名前はフジン。とてもかわいいピロ。
サクヤ:私もテイムスキル育てようかなー。
レオナ:サクヤさん、今、何レベルでしたっけ?
サクヤ:75まで来ましたー! 折り返し地点ですー。
ムック:四周目……。
煮込み:サクヤっちは良い意味で頭おかしいミザ。
グレン:なあ、俺、Lv81になったんだが、なんでだ?
サクヤ:あら、抜かされましたー。
レオナ:昨日の巨大『ガイガイネン』はダメージ入れてないんでしたっけ?
サクヤ:負け犬ダンス加点とかですかねー?
ムック:マッハマーズ半殺しピロ。
サクヤ:ああ! あれの詳細、我々、知らないんですよねー。
グレン:ん? そうだったか?
煮込み:共闘してたのバカバルトだけミザ。
グレン:煮込み、まだ怒ってんのか?
煮込み:ほえ? 怒ってないミザ。
グレン:いや、子供扱いに怒ってたろう?
煮込み:ああ、忘れてたミザ。まあ、状況判断下手ですぐ周りに迷惑かけるから、得意ではないミザ。
グレン:そういうことか。
何やら皆と話していると、段々と落ち着いてきた。
負け犬ダンスが噂になったところで、ネタになるくらいの話だと思えるようになってきたな。
ムック:またレベルアップで変なスキル出たピロ?
グレン:いや、まだポイント割り振りしてないからな。ああ、それと暇なやついたら、畑に付き合って欲しいんだが?
ムック:行きたいピロ。
レオナ:行きたいんですが、幹部会の会議なんです。
サクヤ:いいですよー。
煮込み:後で合流でもいいミザ?
グレン:他に遊んでるやつがいるなら、無理しなくていいぞ。
煮込み:八時までの約束だから、その後なら大丈夫ミザ。
グレン:おう。
煮込み:とりあえず先に行っててミザ。
サクヤ:了解ですー!
アイテム整理やポイント割り振りをして、ムックとサクヤと合流することにした。
アイテム整理をする。
お、無料ガチャコンパク石がふたつもある。
それと魔石に復活石もある。
昨日の報酬か? 記憶にないが。
それから、ガイガイネンの殻という素材は防具に使えそうだ。
今度、レオナに素材を渡して防具を新調したいところだ。
それと、金がヤバいな。
『ガイガイネン』は金のなる木だった。
俺の手持ちが70万マジカ近くまでいっていた。
レベルアップ作業の前にコンパク石を使おう。
さて、相変わらずガチャは『人間』『動物』『虫木』『幻想』『ランダム』とある訳だが、どうするか……。
ん? ピックアップガチャの項目がある。
これは課金ガチャか。
遺跡発掘調査専用『装備』ガチャ。
『武器』と『防具』に分かれている。
確かに、最近『ベータスター』に物足りなさを感じはじめているところではある。
だが課金は手を出したら沼だ。
それに『ベータスター』なら弾薬で足りない攻撃力を補うという方法もある。
今なら金もあるし愛着があるからな。
おっと、思考が逸れたが今コンパク石を回すなら、やはりスキルガチャを回すのが本道だろう。
スキル枠もひとつ余っているしな。
まあ、現状でこれといった狙いがある訳でもない。ランダムでも回すか。
・霧胡瓜〈☆〉
ロキ+1 ブラギ+1 ヴィーザル-2
【氷の息】1
霧深いところに眠る冷気の胡瓜。夏場、塩をかけて食うとうまい。怒らせると怖い。
俺はそっとこのガチャ魂をインベントリに仕舞う。誰にも見られてないよな。
煮込みとサクヤ辺りにバレたら、指を差されて笑われるところだ。
ランダムガチャはダメだ。範囲が広すぎてきっと☆1の確率が高くなってしまうんだろう。
……そうだ! 幻想ガチャなら遠距離系が出やすいはずだ!
俺は幻想ガチャを回す。
・ギルタブルルスキッパー〈☆〉
トール+1 テュール+1 ロキ-2
【蠍農民】1
蠍の尻尾を持った蠍人間の農民階級。種、実のドロップ率がアップする。
狩る。採る。植える。育つ。繊細な作業だ。
まさかの農民強化だった。悪くはない、悪くはないが微妙という、とりあえず使うけど一線級にはなれない感じが、もう俺らしいと言う他ない。
入れるけどな。
名前:グレン〈Lv61→81〉
〇力:11→16
〇器用:15→25
〇素早さ:18
〇知力:30
〇精神:15→20
〇特殊:69→89
〇生命:15
〇運:8
〇魂:『フェンリル』『グレイプニル』『ダークピクシー』
〇スキル〈残り0〉:【回避】30【夜の帳】20→30【全状態異常耐性】30【回し蹴り】20【農民】21【装備設計】1【封印する縛鎖】20【血涙弾】20→30【言語〈古代〉】15→25【擬態】13→23【蠍農民】1→21
〇派生アーツ
【緊急回避】【野生の勘】【孤高の群れ】【闇芸】【闇妖精の踊り】【闇精霊】【賢明さ故の勝利】【希望】【神喰らい】【正拳頭突き《ラビロケット》】【餅つき】【誘う首紐】【叫びの岩】【栄養満点】【豊作】【逃げ足】【地面擬態】【毒強化】【古代の読み書き】【古代思想】【トラップ看破】【トラップ解除】【自在尻尾】【一刺し】
△副能力値
△装備重量:22→32
△ダメージ:+26→31
△武器命中:+30→40
△回避:+33→43
△装備設計:+38
△状態異常:+99→119
△異常耐性:+84→109
△体力:33
△疲労:24→28
△HP:44→59
△MP:115→140
強くなった気がする。
力を地道に上げることで、装備重量とダメージが上がる。
今、このゲーム内は力、器用、素早さの三点上げが正義だ。
俺も今さらながら、倣うことにしている。
さて、派生アーツを見ていこう。
【闇精霊】
対価:最大MP-10
闇精霊を召喚する。
・まさか、まさかここまで尽くしてくれる人が現れるなんて! いやー! もう、好きー! 今はね♪
【毒強化】
血涙弾に『強化毒』を追加する。
・もう逃げられない。戦うしかないんだ。勇気を振り絞って!
【古代思想】
古代語の思想を理解することで、意味が分かる。
・発見だ! これは興味深い発見だ! 単語ではなく、文脈で判断が変わる。つまり、この意味は……おや?
【トラップ解除】
あなたの特殊でトラップ解除を試みることができる。
・俺以上のトラップはなく、俺以上の宝もない。宝箱界のスターは俺だ! 邪魔なやつは蹴落とす。それもスターの嗜み。
【自在尻尾】
命中:武器命中 攻撃:+5 範囲:単体 射程:5m 対価:なし
あなたは蠍の尾を自在に出し入れして、これを手足のように扱える。
・んだ。土を掘り返すのもお手のもんだべ。あっこの実も叩き落とせんだ。
【一刺し】
攻撃:+3、『熱毒』 対価:疲労3
あなたの蠍の尾には毒がある。薄めて使えば作物の冷害対策になると知っている。
・土に刺すべ。ちゅっちゅと入れてやんだ。作物に当たんねえようにな。そそ、塩梅が大事なんだぁ。
ツッコミどころが多くて、何から考えるべきか。
まず【毒強化】、【トラップ解除】辺りは問題ない。普通に強化とやれることが増えただけだ。
【古代思想】はそもそも使う機会があるのか?
もう、ここまで来たら上げてやろうとは思っているが、何かしら有用性を証明したいところだ。
それから【蠍農民】の派生アーツである【自在尻尾】と【一刺し】。武器アーツや攻撃アーツに見せかけた農民アーツだ。
もちろん、戦いにも使えるからダメではない。ダメではないが、微妙……というのはもう、このガチャ魂に付き纏う評価だな。
最後に【闇精霊】。
嫌な予感しかしないが、使わずに眠らせるのもな。
最大MPが対価というのも微妙だが、一度使ってみないことには分からない。
やってみるか。
俺は【闇精霊】を使う。
一瞬、心臓が締め付けられるような感覚があって、闇の靄が目の前に浮かぶ。
ゆらり、ゆらり、と俺の目の前で左右に揺れたかと思うと、俺の周りを回り始めた。
「きうーっ! 」
「ゐーっ! 〈こらこら、フジン。威嚇すんな…… 〉」
俺の右肩を居場所にしている霧胡瓜のフジンを宥める。
闇の靄は、俺の目の前で止まると、黒いトンボみたいな羽根の人形くらいの少女、いわゆるピクシーの姿になった。
「おっす! 」
「…… 」
「おっす! おっす! 」
「…… 」
「反応がない。ただのシカバネのようだ…… 」
「…… 」
「いや、何か反応しなさいよー! 」
「ゐーっ! 〈ある意味、想像ついたというか……まあ、想像通りだったな…… 〉」
「あ、そういうの傷つくんだよ。女の子にそういう扱いしていいと思ってんの? 」
「ゐーっ! 〈いちおう、聞きたいんだが、妖精? 精霊? に性別ってあるのか? 〉」
「ないわ! あと、もう精霊だから! 高等で高尚な存在なんだからね! 」
「ゐーっ! 〈やっぱないのか。お前って他のやつにも見えるのか? 〉」
「なんのために、顕現したと思ってんの? 見えないままだと、いつまで経っても私らの世界が裏側ってことになるでしょ! それを何とかするためにこっちの世界までわざわざ来てあげてんのにーっ! 」
「ゐーっ? 〈おう……目的あって来てんのか。それで、お前って何してくれんの? 〉」
「もう! お前、お前って、名前くらいつけなさいよ! それと即物的過ぎ! そういうのよくないからねっ! 」
「ゐーっ! 〈名前? 名前か……じゃあ『じぇと子』〉」
「じぇと子! 何それ! いい響きじゃない! 精霊として認められた感じがする! 好きー! 」
俺の顔面に張り付くじぇと子を剥がす。
そうか……まあ、本人が気に入っているなら、何も言うまい。
「ゐーっ! 〈それで、お前を静かにさせたい時はどうすればいい? 〉」
「ん? 静かにさせたいの? じゃあその……むっ、あんた邪魔よ! どきなさい! 」
俺の右肩に乗るフジンに喧嘩を売るじぇと子。
フジンも興奮ぎみだ。
俺はじぇと子を摘んで、左肩に乗せる。
「ゐーっ! 〈喧嘩すんな。こっちの肩でもいいだろ? 〉」
「ぶー、ぶー! あっ! あんたからいい匂いがする! その腰のポーチ! 持ってんでしょ……それくれたら、左肩で我慢してあげるわ! 」
腰のポーチ? インベントリのことか? じぇと子が欲しがるようなものなんて……ああ、もしかして……。
俺はインベントリから精霊樹の実をひとつ出す。
「それーっ! ちょーだい! ちょーだい! 」
やはりか。
「ゐーっ! 〈グレンだ。俺のことはグレンと呼べよ。それと、何をしてくれるのか分からんが、とりあえず静かにしておいてくれ。もうそれだけでいいから…… 〉」
「はーい! グレン、はーい! 」
じぇと子は俺の左肩に座って、精霊樹の実を食う。
ペットだな。今、俺の両肩には二匹のペットが乗っている。
もう、少しめんどくさいと思う俺がいる。
はぁ……。
時空パトロール〈作者〉により、「その前に一度くらいはあるのか?」の一文を削除しました。
この時点で木曜日なのに、これはおかしい。金曜日に作戦行動があるなら前日の大画面で告知がない時点であるはすもありません。
申し訳ございませんm(_ _)m




