63〈はじめてのフジン〉
感想、評価、誤字報告ありがとうございます!
「よし、行くミザ! 」
俺たちは人間アバターに身を包み。
ポータルから『経済区』に飛んだ。
『郊外区』には『りばりば』のポータルがないので、『経済区』から行くしかないのだ。
『経済区』はヒーローとヒーローレギオンの戦闘員が溢れ返っていた。
お、お、お、び、びびってねーし……。
「おい、一般人は避難場所に急げ! まだこの辺りは危険だ! 」
俺たちは、コクコクと首を縦に振って、走り去る。
あちらで銃撃、こちらで爆発。
その隙間を縫うように、走り抜ける。
「はー、びっくりですねー。ヒーローレギオンってこんなにいっぱい人がいるんですねー」
たぶん、『りばりば』だってログインの時間帯が違う奴らとか、イベントそっちのけで自由にやってる奴らを集めれば、かなりの人数になるんだろうが、ヒーローレギオンは真面目にイベントに取り組んでる奴らが多いんだろう。
時間決めてパトロールとかするからな、アイツら。
電車は使えないので、どこかで車を調達したい。
大抵の車はヒーローレギオンの奴らが片付けたのか、なかなか見当たらない。
「ゐーっ! 〈大通りはダメだな。あっちこっちで戦闘してるし、車が残ってない〉」
俺たちは裏路地を進む。
「あ、車あったピロ」
駐車場に慌てたように放置されているバンがある。
警備会社の現金輸送車だ。
「ラッキーミザ! グレンがいるのに」
「ゐーっ! 〈おい、煮込み……ん、ちょっと待て、隠れろ! 〉」
煮込みが俺のリアルラックイジりをするのは毎度のことだが、それにつっこまないのは俺の負けだと思っているので、軽口を叩いて緊張をほぐそうとしたが、車の中に人影を見つけて、俺たちは隠れた。
後部ハッチが動く。
「うひょー! これ一束で一万プラネだぜ!
こういうイベントなら、ちょくちょくあってもいいな! 」
「ああ、全くだ。後で大通りに戻して爆破したら、残念でしたね、で終わりだしな」
いや、火事場泥棒かよ。
しかも、ヒーローレギオンの奴らが。
「俺、あと五十万プラネ入れたら、変身コアだぜ! 」
「マジか! こんだけあればいけんじゃね? 」
そんなヒーローとか、誰が応援するんだよ……。
「ぶっ飛ばしていいピロ? 」
「ゐーっ! 〈賛成! 〉」
「同じくミザ…… 」
「車、壊されたら困りますしねー」
全員一致だった。
「ゐーっ! 〈ほれ、ムック、よろしくな。【闇芸】【夜の帳】〉」
「いってくるピロ」
ムックが影に沈む。
火事場泥棒たちの影の背中が膨らんで、ほっかむりに風呂敷袋を背負い、忍び足をしているような形になる。
もちろん、細い影が俺の影と奴らの影を繋げている。
「ん? なんだ? 」「なんだよ、急に」「『ガイガイネン』はこの辺り一掃したろ」「他のメンバーが来るとまずいぞ、早くしようぜ」
「いきなり【飛翔斬り】ピロ! 」
「は? 」「げっ、怪人レギオンだ! 」
「正解ミザ。これは無料ミザ! 」
煮込みが走り込んで『ショックスレイヤー』を振るう。
「はい、こちらにもいますよー。えいっ! 」
一人の死角から飛び出したサクヤが『ショックバトン』を振るう。
「うわっ……なんだ? 前が見えないぞ! 」
「ゐーっ! 〈お前ら、だせぇんだよ! 〉」
同じく死角から目を塞がれ『盲目』になった馬鹿に俺も『ショックバトン』を振るう。
レベル高ぇな。もう一発! よいしょー!
本部に戻った馬鹿どもがポケットからはみ出したゴールドの札束をどう言い訳するのか見てみたい気はする。
残ったゴールドは悪の組織が貰うべきか?
だが、感情エネルギーが取れる訳じゃないしな。
放置でいいか。
ゴールドを降ろして、俺たちは現金輸送車に乗り込んだ。
橋を渡れば『郊外区』だ。
ただ橋に一匹、居るんだよな。
「ゐーっ! 〈ぶつかるぞー〉」
さっきまで散々やってた作業だ。
特に気負いもなく俺は車をぶつけて、ズルズルと押していく。
小型『ガイガイネン』だ。
隣の席のサクヤが窓をぶち割って、『ショックバトン』でバンバン叩くと、小型『ガイガイネン』は何もできないまま粒子になった。
小型『ガイガイネン』は体当たりこそ怖いが、それがなければいい的だ。
大型になると、これに踏み潰しなんかが加わる。
あと、どちらも捕まると食われる。
「最初は怖かったですけど、これだけ叩きまくってると、モグラ叩き感覚になってきますねー」
少し分かる。
俺たちは『郊外区』に到達した。
遠目にも分かる。デカくて細長いナナフシ型の巨大『ガイガイネン』。
新幹線を繋げたような、と言われていたが、確かにそうだな。
ゆっくり動くように見えるが、近づくにつれて、意外と速いことが分かる。
駅があっちだから……うおっ! 俺の畑のすぐ近くじゃねえか!
俺たちは巨大『ガイガイネン』の近くをパスして、俺の畑に向かう。
「シメー! 」「もう少しでウェイトタイム空けるノコ! 」「全然止まらねえ! 」
騒ぎが耳に入って来た。
状態異常が効いてないのか?
いや、節のひとつ毎に別個体という扱いらしい。
俺の畑だ。
俺たちは車から降りて、周囲を確認する。
「グレンは作業に入るミザ!
私たちは周囲の索敵ミザ!
いやー、変身がイコール最後に繋がってないとぽんぽん変身できて気持ちいいミザ」
「ゐーっ! 〈ふ〜ん、そんなもんかね〉」
煮込みとムックはさっそく変身する。
「グレンさんも変態するじゃないですかー」
「ゐっ? 〈変体? 変態? 〉」
「ほほほほほー」
サクヤが誤魔化しやがった。
ちなみに俺の変体が気持ちいいはずがないのは、言わずもがなだろ。
「発見ピロ! 掃討するピロ…… 」
ムックは黙々と仕事をする。
小型『ガイガイネン』だ。
俺は精霊樹から実をもいでいく。
他の植物たちも既に芽が出ていたりして、今後が楽しみだ。
今日の収穫分は全部レオナに売ってしまったからな。
「お、こっちも発見ミザ! 」
煮込みが足音もなく移動していく。
あれ、少し浮いてるな。
不幸の体現みたいなコアなんだが、いまいち良く分からん。
そうこうしている内に、ムックが戻って来る。
「グレンさん、胡瓜欲しいピロ…… 」
忍者魔人が腕組みポーズで言うことか?
「ゐーっ! 〈すまん、売り切れだ。あ、これ食えるの知ってるか? 〉」
俺は畑のインベントリから『魔力胡桃』を出す。本来は植える用だが、一個くらいならいいだろう。
「カリッ……ピロ! 良い食感ピロ…… 」
うん、戦闘中だから仕方ないんだが、天然食材は感覚設定︰リアルで食べて欲しいと思ってしまう。
つまり、今、食うな、だ。
「あ、MPが回復したピロ…… 」
おお、そういう効果があるのか。
まあ、『魔力胡桃』だしな。
そうすると『精霊樹の実』は何か効果があるのか?
二、三個残しておいて、後で実験してみるか。
喧騒が近づいてくる。
「今、10%行きました! 」「くそ、HPありすぎだろ! 」「HPがあるなら倒せる! 」「助けに来たぞー! 」「おい、りばりばに続いてガイアも来てくれたぞ! 」「おお! 」
巨大『ガイガイネン』、通称・新幹線ナナフシがハッキリと見える。
俺は急いで精霊樹の実を収穫する。
新幹線ナナフシの方向は完全にこっちだ。
NPCの平屋民家に脚が突き立つ。ぐちゃぐちゃだ。幸い、NPCはいないようで、ホッとする。
怪獣だな。
「うわあ……あれ、どうするミザ…… 」
煮込みの声が引き攣っている。
「ゐーっ! 〈どうするも何も、どうにもならねえだろ…… 〉」
怪獣だぞ。自然災害みたいなもんだ。
俺たちにできるのは、祈る、くらいか。
「あんたたち! 気ばんなさいっ! せめて畑の方向からずらすくらいはしなさいよ! ○玉ついてんでしょー! 」
あの特徴的なオカマボイスは……。
「リージュ、ミザ! 」
そうか、名前を聞き忘れていたが『シメシメ団』の幹部はリージュという名前か。
オカマとしか呼んでなかったからな。
「姉さん、私たち○玉ついてないです〜」「シメ〜…… 」「うっさいわね! 胸にでっかいのついてんでしょ! ○玉みたいなもんよ! 」「うわ、凄い暴言! 」「自分がないからって…… 」「ぶっとばすわよ、アンタら…… 」
黄色い全身タイツと法被に捻り鉢巻。
『シメシメ団』は格好もお祭りだが、戦闘もお祭りだな。
だが、ずらす、方向をずらすか……。
いちおう、目ん玉はあるんだよな……。
俺の畑……。
ええい、くそ、考えてても埒が明かない。
俺は残りの精霊樹の実を急ぎながらも丁寧にもいで、インベントリに仕舞うと、走り出した。
「どうするピロ? 」
「ゐーっ! 〈目玉がある! 視覚に頼っているなら、俺の【夜の帳】で方向を変えるくらいならできるかもしれない〉」
並走する『シノビピロウ』が頷く。
「それなら、僕の【夢幻抜刀・霞切り】も効くかもしれないピロ」
相手に都合のいい幻術を見せるスキルか。
ただ、小石ひとつ当てただけで幻術が解けるピーキーな技のはず。
全員に周知させるのは難しいだろうな。
「ゐーっ! 〈いや、もうひとつ試してみたいスキルがある。それがダメだったらにしよう〉」
「分かったピロ」
俺の畑の中を新幹線ナナフシの方向に走る。
全部で百五十区画あるからな。俺の畑は広い。
と、おや? 収穫されていない畝がある。
一瞬、お隣さんの区画かと思ったが、まだ俺の区画……ああ!
俺は急ブレーキを掛ける。
「どうしたピロ? 」
額に手を当てて、俺は自分を呪った。
そう、この一番端の区画は、何故か俺だけドロップしまくったレア種の区画だ。
お試し用に一種類、ひとつずつだけ植えたやつだ。
「あ、胡瓜ピロ! 」
マンドラ人参、マンダラ大根、三眼那須、毒吹き馬鈴薯、霧胡瓜、号泣玉葱、魅惑小松菜、混乱報連相、粘着蕪、鬼大豆。
驚いたことに、俺の【農民】スキルが、これらを食い物として認識していた。
見た目は少し奇抜な野菜だが、食えるとは。
そうか、怪人世界の作物だからドローンが反応してなかったのか。
俺は霧胡瓜のところにいって、手頃なのを二、三本取る。
色は白いが形は普通の胡瓜だ。
確かモンスターとして出てきた時は、お彼岸の精霊馬のような形で……そうそう、茨のついた木の棒みたいな脚があって、つぶらな瞳が……いるーっ!!
少し小さいがモンスターの霧胡瓜が成っていた。一匹だけ。熟れすぎたのか……熟れたらモンスター?
ぱちくり、とつぶらな瞳が俺と合う。
「きうー…… 」
可愛く鳴くな! 一瞬とは言え、全身を『氷結』されたことは忘れてねえぞ!
───霧胡瓜〈子供〉があなたの群れに入りたそうにしている───
唐突なアナウンス。
群れ? そこで俺は気付く。
【孤高の群れ】か!
こういう感じ、というか胡瓜がテイムできるのかよ!
「ゐーっ! 〈テイムってどうすんだ? 〉」
「テイムピロ? え、モンスターが成ってるピロ…… 」
ムックも驚いている。
俺は恐る恐る手を伸ばす。
「きうー…… 」
白い胡瓜が途中で、ぱっくり割れて、そこから小さな白い舌が伸びる。
ムックが俺の肩越しに霧胡瓜を覗いて、そっと俺の肩に手を置いた。
「……ほら、怖くないピロ」
いや、怖えよ! 不朽の名作ごっこするにしても、相手、真っ白なお化け胡瓜だぞ!
ペロリ……ゾゾゾゾゾッ。
舐められた指先から冷気が襲ってきて、俺は精神的なめまいを感じた。MPを吸われた。
───全属性耐性、成功───
───霧胡瓜〈子供〉のテイムに成功しました───
───名前:■■■───
ぷちっ、と勝手にもげて俺に懐く霧胡瓜。
おっさん的にちょっと、ついていけない。
「ゐー…… 〈フジン…… 〉」
居たよな? 胡瓜みたいな名前の偉人。
「きうー♪ 」
よ、喜んでやがる。
いや、思わず流されてテイムしちまったが、それどころじゃなかった。
俺はムックに白い胡瓜を一本くれてやる。
「ゐーっ! 〈良かったな。食えるらしいぞ、モンスター化する前はな〉」
「…… 」
ムックは、ジーッと霧胡瓜を眺める。
さすがにモンスターだしな。目の前に居るし、抵抗あるか。と、思ったら食った。
「シャクシャクシャク……瑞々しいピロ…… 」
忍者魔人の瞳が見開かれる。
お、おう。満足したなら良かったぜ。
野菜も気になるが、新幹線ナナフシもあと500mくらいまで迫っている。
俺たちは改めて駆け出した。
精霊馬……キュウリに割り箸で足を作ったやつ。茄子なんかも使われる。ご先祖さまの移動用ですね。
でも、霧胡瓜は乗れる大きさじゃありません。
キュリー夫人……小さい頃、思いませんでした? 何故、キュウリー夫人じゃないの? と。文字足んねーよと、ずっと疑問だったんです。バカだなぁ自分。
 




