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今日はまた手が滑るかもしれないの一話目です。
普通にバーベキューのつもりだったが、レオナの連れて来た客人は他レギオンの代表たちで、知らぬ間に接待になっていた。
何を言っているのか分からねえと思うが……まあ、いいか。
相手が誰だろうと、結果的に楽しんでしまえば、全てはいい思い出だ。
五十代のおじさん、大学ラグビー部みたいなスポーツマン、秀才キャラ君、オカマキャラ。
どれもひと癖ありそうだ。
まず手始めに俺は煮込みと楽しそうに茄子を収穫しているスポーツマンに話しかけることにした。
少し話したところ、簡単に打ち解けられた。
名前は『にこぱんち』。
マンジ・クロイツェルの代表だった。
【言語】を上げてるやつで良かった。
聞けば『マンジ・クロイツェル』の『マンジ』というのは、マンジ組というアイドルグループから取った名称だと言うのだ。
『にこぱんち』の名前も、そのアイドルグループの一員『にこぱちゃん』から取っているらしい。
今は『マンジ・クロイツェル』といえば、鉄の規律とPKも辞さない強引さで有名だが、その大元を辿るとマンジ組ファンの集いというのは面白い話だった。
『リアじゅー』内でマンジ組を有名にするという熱い想いが変質していって今の形になるというのは、聞いてみないと分からない話だな。
仲良くなったので、じゃがいも掘り勝負を煮込みとやってもらうことにした。
俺は【農民】スキル持ちだから公平な勝負にならないからな。
俺が睨んだ通り、力勝負になりそうなじゃがいも掘りにふたつ返事でにこぱんちは乗ってきた。
だが、俺が提案したのはひと房にどっちが多くじゃがいもがついてくるかと言う運の勝負だ。
これがなかなかに盛り上がった。
「はっはっはっ! こりゃ参った! 強引に抜いたら2個しか残らなかったぞ! 」
「にこぱんちは繊細さがないミザ。その点、私は十個もあるミザ」
「さすが、昨日の『鬼一法眼戦』2位だな。大胆な中の繊細さが功を奏したという訳か! 」
ここで耳聡く聞いていたのが、秀才キャラ君だ。
彼は昨日の『鬼一法眼戦』に興味があるようだった。
俺はそれをきっかけにして、彼に話しかける。
ただ、彼は【言語】を上げていないようで、間にレオナの通訳を挟んでの会話になった。
秀才キャラ君の名前は『霧雨』。現在、高校二年生の十七歳。
ガイア帝国の代表だ。
霧雨はなりきりタイプのプレイヤーだった。
かっこいいこと〈後に黒歴史になるやつ〉を言いたいお年頃で、それに合わせてやると、途端に心を開いた。
俺の知識は少し古めだが、渋いおっさんアニメキャラのセリフなどを引用すると、ノリノリで被せてくる辺り、微笑ましい。
「ふん……【言語】スキルがないくせに意外と知識はあるじゃないか」
「霧雨さん、そういう言い方は…… 」
俺はレオナにそれ以上言わなくていいとジェスチャーする。
少し話せば霧雨が話し方を知らないだけだとすぐに分かる。
「ゐーっ! 〈レオナ、こう伝えてくれ。やめておけ、俺の右腕が暴れる前にな、と〉」
俺は右腕を必死に抑える仕草をする。
「え、ダメですよ! 交渉を決裂させるつもりですか? 」
レオナは困惑している。
「ゐーっ! 〈いいんだよ。有名なアニメのセリフだからな〉」
「ええ? 分からない……私には分からない世界です…… 」
「ゐーっ! 〈いいから、セリフ! 〉」
レオナは少し照れた顔をしながら伝える。
「や、やめておけ……お、俺の右腕が暴れる前にナ」
すると、霧雨は左目を抑えて答えた。
「これは……共鳴……まさか…… 」
俺と霧雨は笑顔で手を握りあった。
「ダークローズ・ナイトメアとか、マニアックなの知ってるな」
「ゐーっ! 〈周りに好きなのがいるんでな〉」
従妹とかな。
俺は霧雨に精霊樹の実を食べさせてやることにした。
「ねえねえ、これってあっちの世界の植物?
か〜わいいわよね〜! 」
精霊樹の実は見た目からインパクトがある。
みんな、気になっていたようでゾロゾロと集まって来た。
真っ先に来たのがオカマキャラだ。
ひとつの実を切り分けて、ひと口ずつ。
「ゐーっ! 〈不思議な感覚がするぞ。食ってみろ…… 〉」
まずは霧雨とレオナに渡してやる。
二人とも眺めたり、匂いを嗅いだり、なかなか食べようとしない。
すると、レオナが言う。
「あ、皆さん。ここなら他に人もいませんし、よろしければ感覚設定をリアルにして食べてみて貰えませんか? 」
「リアル? 」「おい、変な罠があったりしないだろうな?」「何かしら? 面白いこと起きそ〜ね! 」「どれ、試してみようか…… 」
「私はとっくにリアルミザ」
「シャクシャクシャクピロ」
ムックはさっきからずっと胡瓜齧ってるんだが、夢中過ぎないか。
「あ、忘れてましたねー。私も変えておきましょー」
レオナも言いながら可視化させた透明プレート状の設定画面を変更している。
各レギオン代表たちも、いちおう俺たちに倣ってくれるようだ。
改めて、レオナが精霊樹の実を口に運ぶ。
「え……凄い……確かに不思議というか、少し懐かしいというか…… 」
「なんだこれ……美味い…… 」
霧雨も衝撃を受けている。
それを見て、全員が我も我もと手を伸ばす。
「あまいミザ! 」「果汁が凄いな! 」「ハグハグハグ……ピロ」「ん〜でりしゃす〜! 」
「懐かしい…… 」「うわー、確かに不思議ですー」
「ゐーっ! 〈さて、収穫も充分だろうし、そろそろバーベキューを始めるか! 〉」
ゾロゾロと収穫物を手にテントへと移動する。
一人、五十代のおじさんが精霊樹を見上げていた。
「ゐーっ! 〈あっちのテントで肉とか用意してるぞ…… 〉」
五十男は目に涙を貯めていた。
「ゐーっ! 〈泣くほど美味いか……ほら、行こうぜ! あっ、もしかしてあんた【言語】上げてない人か? 〉」
「いいや……グレン。礼を言うぞ」
「ゐーっ? 〈あれ、俺、名乗ったか? すまない。あんたの名を聞いてなかった〉」
「我は『リワード』。リワードで良い」
「ゐーっ! 〈リワードね。んじゃ、行こうぜリワード〉」
「うむ…… 」
リワードもなりきり系か? だが、威圧感があるというか、年季の入り方が違うようにも感じる。
「ゐーっ! 〈俺より年上だよな? やっぱりβからの古参組なのか? 〉」
「確かにだいぶ年上になるな」
「ゐーっ! 〈いや、だいぶって程でもないだろ。俺だってもうすぐ五十代が見えて来てるしな〉」
「ふふっ……では、我も若く見られているということか…… 」
「ゐーっ! 〈ええっ! 本当に結構、上なのか? だとしたら、口調を改めた方がいいか? 〉」
「いや、そのままで良い。括りで言えばお互いただの大人だ。それに今さらであろう? 」
「ゐーっ! 〈大人ね。そりゃいい括りだ。大人には大人の楽しみってのもあるしな〉」
そう言って、俺はインベントリから『シティエリア』での初めての買い物品、ビールを取り出す。
「酒か。お互い大人で良かったな」
「ゐーっ! 〈全くだ〉」
そこからバーベキューは和やかに始まった。
今回、牛は用意できなかったが、川魚の塩焼き、猪豚の串焼き、それに新鮮野菜がある。
俺は確信する。
天然食材は、魔法の粉には出せない旨味がある。
ムックが延々と胡瓜を齧る理由も分かる気がした。
全員が笑顔だ。
食の力は侮れない。
酒は天然とはいかなかったが、それなりに楽しめる。
残念ながら、リアルな世界観の『リアじゅー』だと霧雨は飲めないが、変わりに精霊樹の実を絞ったジュースは随分と好評だった。
ただ問題もある。
───【全属性耐性】発動───
俺は『酩酊』を弾いた。
「ゐーっ! 〈くそ! ウォッカもダメか! 誰か、もっと強いのをくれ〉」
「くっくっくっ……失恋男ミザ! ここに失恋男がいるミザ! 」
「あら〜ん。誰にフラレちゃったの〜? きっとレオナよね。あの子、白馬の王子様とか待つタイプだから、ダメよ〜! 元気出して、ほら、チューしてあげるから〜! 」
「ゐーっ! 〈勝手に人を失恋したことにすんな酔っ払い! 〉」
「くおおっ! 分かる! 分かるぞぉ! 俺も、にこぱちゃんのスキャンダルの時はそりゃあもう浴びるほど飲んだもんだ! でもな、おっさん! それでも、好きは止まらないんだよ! ほら、一緒に歌おう! 好きは〜♪ 」
「ゐー…… 〈いや、お前、ずるいよ、べろんべろんじゃねーか、羨ましい…… 〉」
「とーまらなーい〜♪ 」
「ねえ、ムックさん、お酒怪人とか出たら感情エネルギー溜まるの早そうじゃない? 」
「バーベキュー屋台怪人ピロ」
「ああ、そっちもあるかぁ! 」
他方では霧雨とムック、飲めないやつと飲まないやつが変な話で盛り上がっている。
次第に場はカオスになっていく。
「なんですかねぇ……なんで私は上手くできないんですかねぇ…… 」
「いや、レオナは良くやっている。この場とて、成功と言っても過言ではないだろう…… 」
「リワードさんはー、あのリワードさんー! 」
「サクヤ殿、それを言ってくれるな…… 」
「分かってますー。これでも元ブラクロの幹部ですよー」
はあ……結局、大人が貧乏くじを引くことになる。
離れた席で、若いやつらに絡まれるお互いを見て、俺とリワードは苦笑するしかなかった。
まあ、バーベキューは成功だ。
次の食材を求めて、今度は『無常なる高野の山脈』のもっと奥に行くのもいいかもな。
客人が帰って、後片付けをする。
高レベルのやつらは『酩酊』から醒めるのも早い。
早いと言っても一時間くらいはべろべろだったが。
ああ、羨ましい。
思わず一人で殆どの片付けを終わらせてしまった。
それにしても、天然物の食材は美味い。
今後のことを考えると、畑をもっと拡げておいてもいいかもな。
帰りにレオナに付き合ってもらって不動産屋に行こう。
俺は起き出して来た皆と電車で帰ることにするのだった。




