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俺たちは『山の主・鬼一法眼』のボス戦に巻き込まれた。
いや、ここが出現位置だったのか?
「本部に連絡入れます! 」
「グレン、あのHP見えるやつ頼める? 」
「前、出るピロ! 」
「ボスの属性見ますねー」
仲間たちが頼もしい。
俺も頑張らないとな。
「ゐーっ! 〈【賢明さ故の勝利】! 〉」
『鬼一法眼』の頭上にHPバーが出る。
そのHP、なんと5万だ。
MPも体力も疲労も全て2万から3万という数値で、どうしたらいいか分からない。
「気をつけるピロ! 」
ムックが短めの刀、忍び刀を忍者のように構えて注意を発する。
『鬼一法眼』は左手に持った羽扇を一振り、周囲に強風が吹き荒れる。
「ゐーっ! 〈見えた! 左肩が弱点だ! 〉」
俺も釣竿をしまって、『ベータスター』を取り出して叫ぶ。
「いきますよー! 」
サクヤが伸ばした手から炎弾が放たれる。
だが、その炎弾は強風に流されて『鬼一法眼』から大きく逸れてしまう。
「遠距離、流されますねー。
羽扇の方向、5mくらいでしょうかー」
羽扇の方向? 見れば確かに羽扇の向きに合わせて風が流れている。
つまり、この辺りか!
俺の撃った弾丸が『鬼一法眼』に当たる。
かすり傷だ。
だが、視線は俺に向かって来ている。
ヤバい、初撃だからヘイト取っちまった。
「ゐーっ! 〈【緊急回避】【逃げ足】〉」
攻撃が来る前に横に転移、後ろに退る。
「わー! まだ準備が! 【甲虫の鎧】【オーク材の壁】」
「こちらだピロ! 【手裏剣投擲】」
慌てる煮込みを他所にムックが『鬼一法眼』に手裏剣を当てる。
『鬼一法眼』の視線がムックへと移る。
だが、先程まで俺が居た場所に竹槍が突き立っていた。
「上です! 」
レオナの悲鳴のような声が上がる。
『鬼一法眼』の上空、20mくらいのところに大量の竹槍が浮いていた。
その中の一本が、ムックに迫る。
「【夢幻変わり身】」
貫かれたのは丸太だった。
枕は変身時だけの特別仕様か。
「もう一度、炎弾からー! 」
サクヤの攻撃が当たる。
「次、氷弾ー! 【亀の甲羅】」
「次、岩弾ー! 」
おお、当たる、当たる。ダメージは俺と同じくらいで通るがしょぼい。
その後も「風弾ー! 」「雷弾ー! 」と多彩な属性攻撃を全て当てた。
「よーし、行っくよー! 【王者の一刺し】」
煮込みのブロードソードがカブト虫のような黒い光沢のある素材で覆われたと思うと、煮込みの動きに合わせて、グンと伸びる。
フェンシングのような刺突だ。
『鬼一法眼』はそれを避けられず、ブロードソードを突き刺されて、100点近いダメージに後退る。
「見つけたぞ! ボスだ! 」「くそ! トレインすんなよ! 」「範囲、広いぞ! 」「本部に連絡入れろ! 」「フィールド、強風ってなんだ? 」「誰かHP見えるやつ居るか! 」「HPバー出てないか、あれ? 」「なんでだよ? 仕様変わったか? 」
ぞろぞろ、わらわらと色とりどりの全身タイツたちが、この小川のある岩場に集まって来る。
どこにこれだけの戦闘員がいたのか、まったく分からなかったな。
初級フィールドはもっとわちゃわちゃしていたが、さすがに推奨レベルが高いとそれほど五月蝿くならないのか。
今は五月蝿いが。
煮込みが声を張り上げる。
「こっちは動いてないから、トレインとか言い掛かりはやめてよ! 」
敵を引っ張って、他のプレイヤーに敵を擦り付ける行為だったか、トレイン。
「いや、トレインしよう。
この人数じゃ厳しい。それに幕間の扉が遠すぎる! 」
ガイア帝国の戦闘員が叫ぶ。
「おう、ヘイト取るぞ! 」「なるべく皆を巻き込まないとな」「マナー違反だろ! 」「フィールドボス戦はトレイン推奨だよ! Mikiサイト見ろ! 」
わちゃわちゃしてきたな。
「はいはーい! フィールド、強風はボスの羽扇が示す方向5mずれますから、遠距離注意ですよー! 属性は炎、氷、岩、風、雷と試して、岩だけ効果高め、他は耐性あり、後は分かりませーん! 」
サクヤも叫ぶ。情報共有大事。
「直上注視! ヘイト移動時に前ヘイト管理者に竹槍攻撃! 見てからじゃ間に合いません! 留意願います! 」
レオナの報告は大事なことだけって感じだな。
「グレン、頼みがあるピロ」
ん? ムック、どこから話しかけてんだ?
俺が、キョロキョロしていると、俺の真下から声が掛かる。
「グレンの影の中ピロ」
「ゐーっ! 〈おおう! そんなとこから! 〉」
「グレンの影を操るスキルで、アイツの背中に影を作って欲しいピロ」
「ゐーっ! 〈さては、ガチャ全滅か? 〉」
「は、恥ずかしながら、ピロ…… 」
「ゐーっ! 〈おう、任しとけ! 【闇芸】〉」
俺の影から一本のラインのような影が伸びて、大きく迂回しながら『鬼一法眼』の後ろまで伸びる。
「【飛翔斬り】ピロ」
影から飛び上がるように斬撃を加えるムック。
『鬼一法眼』は大きく前にバランスを崩す。
「いまだ! 【三連斬り】」
その隙を利用して、騎士鎧を着込んだ白タイツが攻撃を仕掛けた。
「うわ、結構削れる! 」
二重に『防御能力』を使った煮込みを竹槍が襲い。
ムックにも竹槍が飛ぶが、ムックは既に回避行動に移っていて事なきを得た。
「よし、トレイン行くぞ! 」
騎士鎧が逃げ始める。
戦場は移動していくのだった。
最初、ヘイトに合わせて竹槍を飛ばす程度だった『鬼一法眼』だが、ダメージが一万点を越えると、途端に動きが変わる。
「カアァァァッ! 」
体術による攻撃だ。鉤爪による蹴り、丸太で殴られているようと評されるパンチなどがある。
「ぐほっ…… 」
その時、ヘイトを取っている訳ではない、たまたま近くにいた戦闘員が殴られて、光のエフェクトと共に砕けた。
「ランダムか!? 」「近距離やべえぞ! 」「早い! 」「がっは…… 」
二人目が死んだ。
「ぐふっ! 」
三人目が丸太パンチを食らった。
「くっ……一発、160点くらいあるぞ…… 」
生きているらしい。貴重な情報だ。
こりゃ近づけないな。
しかし、遠距離攻撃が5mずれるのも問題だ。
力も生命も上げてない俺はいつもの「1」点ダメージだ。
こうなるとダメージよりも状態異常攻撃に賭けるしかない。
レオナ謹製『毒素弾』はかなりお高いので、あまり乱発したくないんだが、現状、それと【夜の帳】くらいしか選択肢がない。
ここで腕一本、代価で払うのはさすがに阿呆だしな。
現在、ヘイト管理をしているのは三人。
ガイアの騎士鎧と黒いフルフェイスヘルメットにグリーングレーの作業着を着た世界征服委員会、赤い仮面に蛍光緑の全身タイツを着た『ウィンタープレゼント』というレギオンのやつだ。
三人とも二、三発食らっても倒れないタフガイが売りといった構成のようで、レオナ曰く『騎士系のガチャ魂持ち』だろうとのことだった。
HPポーションが、ばっしゃん、ばっしゃん消費されていく。
俺も合間にエナドリαで疲労を誤魔化しておく。
それから毒素弾をばら撒く。
当たって『痛毒』が入るが、一分と保たずに消えるのは状態異常耐性が高いのだろう。
【夜の帳】も似たようなものだ。
まあ、視覚を塞ぐと攻撃の起点になるので、それなりの貢献はしている。
今、近接攻撃できるのはLv100くらい行ってるやつらだけで、それだって一発もらったら退がるしかなくなっている。
危うい状況だ。
全員が細心の注意を払いながら、ジリジリと後退したおかげで、ようやく竹林が見えてくる。
今のところ、雑魚〈とは言っても俺にとっては強敵〉はボス戦中は湧かないようで、それだけが救いだ。
「残り三万! 動きが変わるぞ、注意しろ! 」
なかなか当たらない銃弾や弓矢、スキルが飛び交い、次々にボス戦に巻き込まれたやつらが参戦し、少しずつでもHPを削って来た成果だ。
『鬼一法眼』が跳んだ。木々を踏み台にしてあちらこちらと移動を始める。
油断して充分な距離を取らなかったやつらが、急に近づかれて近接戦闘に巻き込まれだす。
ポコポコ死ぬ。簡単に死ぬ。ヒーローを相手にするのと同じくらいの頻度で死ぬ。
しかも高レベル帯の戦闘員が揃っているにも関わらずだ。
「八艘飛び…… 」
誰かの呟きが聞こえる。
鬼一法眼、八艘飛び……そうか、源義経伝説か!
源義経が鞍馬の山に預けられた時、『鬼一法眼』なる天狗に戦う術を習ったという話があったはず。
どこかで聞き覚えがあると思ったが、そういうことか。
いや、だが鬼一法眼にはいくつかの話がある。
どれだ? いや、どれでもいいのか。
思い出せ……何かヒントはないか……。
たぶん、ここまでで一時間半くらい戦い続けている。
その疲れから、集中が続かなくなって来ている。
『鬼一法眼』。天狗伝説。京八流の始祖で剣の達人。六韜三略という兵法に通じた陰陽師という話もあったか……。
この強風フィールドは兵法か?
『鬼一法眼』は腰に刀を差しているが、まだ抜いていない。
こりゃHPが減ったら、抜くな。
あと、陰陽師という設定が生きているなら、式神、だろうか?
雑魚がわらわら湧いたりしたら、今でもギリギリなのに、詰むぞ。
嫌な予感というのは、往々にして当たるものだ。
俺は、全体が退がるのに合わせて後退する。
いや、待てよ……。
「ゐーっ! 〈ヤバいぞ! 竹林の中で飛び回られたら、洒落にもならねえ! 〉」
「下がれ! 」「もっと距離を! 」「死ぬぞ! 」
うおおっ! 【言語】スキルーー!
こうして、最悪のフィールドでの戦闘が始まるのだった。




