45〈はじめてのリアル布教〉
本日、二話目です。
コトリ、目の前に大皿に綺麗に盛られたハートやらマーブル、クマの顔のクッキーが並べられた物が置かれる。
ふわり、と香るのは紅茶の馥郁とした香りで、マスカットのような爽やかさを感じる。
「ゐーっ! 〈これこれ! 〉」
まずはひと口。紅茶独特のほのかな渋みと甘味、口に拡がる旨味。
ふっ、と息を吐けば香りが鼻を抜けて、戦闘中に感じていた緊張感がゆっくりと解けていく。
「よろしければ、お茶うけにどうぞ…… 」
レオナがクッキーを勧めてくる。
せっかくだ、頂こう。
煮込みとサクヤも手を伸ばして来る。
サクッ、ほろほろ……と口中に入れた瞬間に崩れる優しいクッキーだ。
バターの香り、少しの塩気、甘過ぎない作りが、紅茶と相性がいい。
まあ、それでも紅茶には負けるけどな。
「なんか、普段より美味しい…… 」
「そうですねー。このお部屋の雰囲気もあるんですかねー」
俺は指を一本立てて、左右に振る。
「ゐーっ! 〈分かってないな。そもそもの味が違うだろ。感覚設定リアルにしてみろって、全然、違うから〉」
「そんなに違うかな? 」
そう言って煮込みが設定を弄って、もう一度、クッキーを齧る。
「んんっ!? ん〜〜〜っ! 」
俺は勝ち誇ったような顔で、頷く。
「い、家で食べるのより美味しい……はっ! この香りは? 」
煮込みが紅茶へと目を向ける。
じっと見つめること暫し、ゆっくりと紅茶に口をつけ───ほぅ……と息を吐く。
「違う……全然、違う……。
でも、何が違うのか分からない…… 」
「そ、そんなに違う? あ、あのね。クッキーはちょっと秘密があって。でも、紅茶は大首領様からの下賜品だからかも? 」
「あ、確かに違いますねー。クッキーは感覚が不揃いというか、もしかして特別なメーカーの粉だったりします? 」
サクヤは分析官みたいなこと言ってるな。
だが、俺の勧めによって感覚設定を『リアル』にしてみてくれたようだ。
「ううん。粉はいつも家で使ってる小玉製粉のやつで……でも、そのままクッキーを作るんじゃなくて、料理機で、原料を作るの」
「ゐー? 〈何か違うのか? 〉」
小玉製粉の人工合成食料は「小麦の風味が生きている」でお馴染みの、小麦系料理に強い会社で、この『リアじゅー』世界でも再現されている。
「そうですね。サクヤさんの言う通り、味にバラつきを出せるんですよ。
そのままクッキーを作るより、原料を作って、それを人の手で作る方が個人的には好きですね」
「ああ、そういう女子いるいる! ん〜今まではバカにしてたけど、これだけ違うとなると…… 」
「料理機で作るクッキーもいいんですけど、味が均等というか……失敗がないんですよね。
お米炊いた時なんかも、おこげとおこげの近くと真ん中辺りで甘味とかちょっと違うんですよ。
さすがに天然物とはいきませんけど、原料から人の手で作った物の方が温かみがある、と思うんですよね」
お盆を抱えて持論を展開するレオナは普段のキッチリした雰囲気とのギャップが少々眩しく映る。
「ゐー? 〈ん? もしかして基地のイートインスペースで作ってるラーメンなんかも原料からの作成なのか? 〉」
「あ、よく分かりましたね!
NPCたちが勝手にやってることですけど、そうなんです」
なるほど……俺が感じた美味さの違いはそういうことなのか。
「やー、これは凄いことに気づいてしまいましたねー。
この紅茶が下賜品ということは、やっぱりこれは天然物の再現なんですかねー」
「その可能性はあると思います。私も感覚設定をリアルにして飲んだことがなかったんで、ここまで違うとは思わず飲んでましたけど、リアルにすると違いが明確になりますね…… 」
「ゐーっ! 〈うわ、勿体ねえ! 〉」
「いや、普通は感覚設定をリアルになんてしないから…… 」
呆れたように煮込みが俺を見ていた。
まあ、それもそうか。俺としてはオススメなんだがな『リアル』。
「ふんふん……リアルにすると刺激強いですねー。
隣の煮込みさんの体温まで感じるというか……これは、グレンさんが変えられなくなる訳だー! 」
「いっ! グレン、ちょっと離れて…… 」
「ゐーっ! 〈何を今さら……っておい、押すな、押すな。動くから! 〉」
煮込みに押されるので、俺はソファの端に追いやられる。
サクヤは完全に俺をおちょくって笑いを取るのが癖になってるな。
まあ、その程度で気にしたりはしないがな。
「ゐー…… 〈ふーむ、こうなるとゲーム内だけでも、天然物の食い物を食ってみたくなるな…… 〉」
「おお、それだ! 確か『無常なる高野の山脈』で野菜の種がドロップしたはずだよね! 」
「釣りスポットもありますねー」
「猪豚系モンスターも出ましたよね? 」
なんだそれ。食の宝庫じゃないか!
「あ、でも、推奨レベル70以上ですよー」
「ゐっ! 〈ぶっ! いや、関係あるか! ジャイアントキリングは俺の専売特許だ! 〉」
「ふっふっふっ……高レベルスポットならコアのドロップ率も高くて一石二鳥ね…… 」
こうして、俺たちは次回、高レベル帯の『遺跡発掘調査』に向かうことを約束して、この日はログアウトするのだった。




