441〈今世〉
漲る力のままに、俺は上へと跳んだ。
それは全てを貫く槍のように、天井を壊し、上にある建物を壊し、地上へと飛び出した。
戦車がいた。潰す。
地上を這い回る人間大の何かがいた。舐めるように腹に収めた。
おや、何か大事なことがあったような気がする……。
まあ、いいか。
今はこの全身を駆け巡る力を発散させたい。
認識はできるが、自分の欲望が抑えられない。
動く。敵する者などいない。
建物を焼き、凍らせ、叩き潰す。
この漲る力をなんとかしたい。
腹が減る。力は漲るが、それとは別に腹が減る。
蟻ほどの大きさでも、貴重なタンパク源だ。
少しでも、腹の足しにならないかと丸呑みしていく。
また、なにやら能力値に上乗せされていくので、それを発散するべく、形あるものに八つ当たりする。
『遺伝子組み換え人間』も『ドラゴン《バイオタイプドロイド》』も『人間』も関係ない。
それくらい俺の意識に変化が起きていた。
俺がようやく食い物ではないと認識したのは、SIZUだけだった。
半身を壊死させ、他のやつに抱えられた状態で、俺から逃げるSIZUを見て、少しだけ理性が返って来る。
『研究区』になっていくであろう、この地域周辺は、暴れた俺のせいで、ぐちゃぐちゃだった。
Bグループの研究棟は半壊、あちこちに車両や戦車の残骸が転がり、動くものは全員が俺から少しでも遠くへと逃げ出していた。
腹が鳴る。ゾッとした。仲間を食ったかもしれない。
本能のままに暴れた自分の記憶を必死に探る。
だが、今はそれどころではない。
SIZUだ。
痛々しい姿をしている。
現実で使うべきではないスキルを使わざるを得なかったのだろう。
そういうところも兄妹か……。
俺に理知の光が戻ったのを理解したのか、SIZUは逃げるのをやめ、顔半分でいつもの花が咲くような笑顔を見せる。
巨狼の俺は、身体を伏せて、頭をSIZUに近づける。
SIZUが俺の鼻の頭を撫でた。
「今世は一緒に戦えるね!
おいてきぼりは嫌だって、ヘルがうるさいんだもん!」
SIZUの中のガチャ魂『ヘル』が訴えているのだと言う。
「ぐるるるるっ……〈静乃は待っている方が良かったか?〉」
「むぅ……グレちゃん、そういうのモテないよ!」
「ぐるるっ!〈ほっとけ! それよりもほら、行くぞ!〉」
鼻周りの毛を掴んで、どうにか身体を乗せたSIZUを、頭を一振りして、頭の上に移動させる。
「わわっ! ……と、OK、OK!
まずは残りの抵抗勢力を叩こうか。
グレちゃん、右三時!」
戦車砲が俺の脇腹に突き刺さる。
なるほど、まだ頑張っているやつがいるらしい。
俺はSIZUにいわれるままに戦車を踏み潰した。
「そのまま、右一時、ちょっと奥。
迷彩だけやっつけて!」
手前の迷彩連中だけを右手で振り払う。
腹は減るが、熱に浮かされたような熱狂はなく、能力値が増えて持て余すこともない。
俺はいわれるままに敵を叩き、味方を救う。
「がうるるるっ……〈くそ、最初からSIZUを乗せときゃ、好き放題に腹に収めることもないのにな……〉」
「あ、もしかして、仲間を食べちゃったかもって、思ってる?
大丈夫だよ。私が呼び出した死者の大半を食べたくらいで、後はみんな、すぐ逃げたから」
「うおおおぉーん!〈それを聞いて安心したぜ!〉」
俺は張り切って、敵を倒すことにした。
ひとしきり殲滅作業が終わった頃、SIZUが新たに、俺に声を掛ける。
「よーし、グレちゃん。それじゃあ、Bグループの研究棟を全壊させて帰ろっか!」
五杯博士の『フリズスキャールヴ』として機能していたワークステーションを始末できたか分からないが、研究棟を完膚なきまでに潰せば、もうBグループの研究が元に戻ることはないだろう。
俺はSIZUを頭に乗せたまま、半壊した研究棟へと視線を向けた。
全身に電極をつけた男の子が立っていた。
研究棟の残った屋上部分だ。
入院着のようなものを着ているから、実験体の一人だろうか。
その男の子は真っ直ぐ俺を睨みつけていて、指を突きつけて来る。
「フェンリル、だな……父さんを、喰ったな……」
五杯博士の息子……。
まさか、息子まで実験体にしていた?
そんな、まさか……。
その男の子は全身で怒りを見せつけているのだった。




