43〈戦争イベントルール〉
『マギハルコン』の瞳は未だ紅く染まっている。
それを眺めて『シノビピロウ』は言う。
「幻術も夢も、かかっている最中はそうとは気付けないものピロ」
「ゐーっ! 〈超便利だな。効果時間とかないのか? 〉」
「人は儚く、自身が望んだ夢も未来も、それが自身の望み故に異常ではないピロ」
「ゐーっ! 〈なるほど、本人が望んだ幻や夢である限り、状態異常という扱いにならないのか〉」
『シノビピロウ』は頷く。
「ゐーっ? 〈でも、ゲームとしてバランス壊れてねえか? 〉」
「小石ひとつ当てるだけでも、儚い物は崩れ去るピロ」
「ゐーっ! 〈ああ、共闘が基本だもんな、このゲーム〉」
今回は敵戦闘員を殲滅しているからこその、この状態か。
「グレンさん、悪いけどあの鎖で縛るやつ頼みたいピロ」
「ゐーっ! 〈暴れまくりだもんなマギハルコン〉」
幻覚の敵を蹂躙しているのだろう『マギハルコン』は霧の中で戦い続けている。
まるで狂戦士だ。
あれが『マギハルコン』の望む姿なのか。
元のアバターは俺と同い年くらいだった。
いい歳したおっさんが、ヒーロー願望を捨てられなかったんだな、お互い。
分かるよ。分かるから俺の役目なんだろう。
夢だけ食って生きて行く訳にいかねえしな。
さて、止めてやるか。
「ゐーっ! 〈【封印する縛鎖】! 〉」
俺の腕がちぎれ飛んで、鎖のエフェクトが『マギハルコン』を縛って行く。
「ゐーっ! 〈痛えええっ! 〉」
アドレナリンがゼロに近い、今の状況で腕を飛ばすのは、かなりの痛みを伴う。
俺は腕を押さえて蹲ってしまう。
しかし、そんな俺の状況などお構い無しに最後の戦いは加速する。
「「「イーッ! 」」」
「【飯綱断ち・九尾連】ピロ」
黄色い文字の「1」点の合間に「50」点ダメージと「MP25」点の文字が九回。
『シノビピロウ』のスキルはMPダメージ効果があるようだ。
HP同様、MPがゼロになってもこのゲームでは死亡する。
今の『リアじゅー』内では、力、器用、素早さの三点特化型が人気の構成で、実はMPダメージは盲点だと言える。
ただMPダメージを与えるスキルは少ないらしいから、余程計画的にキャラ育成をしないと嵌らないとか従妹が言っていた。
ムックは、計画的にキャラ育成をしているということだろう。
「くっ……かはっ…… 」
『マギハルコン』が崩れ落ちる。
俺の鎖はとっくに解除されている。
「MPダメージでの死亡までに少しの間があるピロ。
今の内に少しでも経験値を稼ぐといいピロ」
ムックが俺の肩に手を置いて言った。
「ゐーっ…… 〈いや、やめとくよ。死人に鞭打つほど悪に染まりきれなくてな…… 〉」
「グレンさんはゲーム内をリアルに感じてるんだピロ。
プレイスタイルはそれぞれでいいと思っているけど、気をつけるピロ」
「ゐーっ! 〈現実と混同するなって? 〉」
ムックが頷く。
「ゐーっ! 〈大人には騙されたい時もあるんだよ〉」
俺はなるべくニヒルに笑った。
ムックが納得したかどうかは分からないが、それ以上は何も言わなかった。
───レイド戦を終了します───
───特別戦果『ヒーロー打倒』が成されたため『リヴァース・リバース』にレギオン経験値2点が付与されます───
───戦争状態における得点を算出します───
───『リヴァース・リバース』18点───
───『マギ・スター』22点───
意味が分からないまま、俺は『りばりば』の秘密基地へと転送された。
「差は4点です! これは快挙です!
この調子でこの戦争、勝ちましょう! 」
『大部屋』ではレオナが声を張り上げていた。
「「「イーッ!! 」」」
「今後、遺跡発掘調査でのアイテム買い取り価格を上げます! 経験値も稼ぎやすくなってますので、奮ってご参加をお願いします!
勝てば天国、負ければ地獄! 何卒、ご協力をお願いします! 」
「お、英雄シノビピロウの帰還だ! 」
戦闘員の誰かが叫ぶ。
「やったな、ムック」「さすがムックさん! 」「かっこいー! 」
ヒーローを二人も倒したムックは俺たちの英雄だった。
「いえ、コアを用意して下さったのはサクヤさんですピロ。サクヤさんこそ英雄ですピロ! 」
「サクヤ? 」「サクヤさん」「あなたが神か! 」
ムックのひと言で全員の視線がサクヤへと集まる。
あちらこちらで今回の成果に対しての話に花が咲く。
俺の耳に入ってきた情報をまとめると、色々と分かることがある。
『コア・マクラ』に大量の復活石、さらには魔石。
これらの大半はサクヤのポケットから出ていた。
『マギハルコン』はサクヤが幹部を務めていたレギオン『ブラック・クロニクル』をラグナロクイベントで壊滅させた立役者であり、サクヤは『マギハルコン』を恨んでいた。
サクヤはゲーム『リアじゅー』内でも最古参と言っていいプレイヤーだ。
その資産は相当の物があるらしい。
もしかしたら、それは『ブラクロ』復活のために貯めていたのでは? とも思ったが、本人が言わないならつっこむのは野暮だな。
『リアじゅー』内、怪人側最大レギオンである『りはりば』には多種多様なプレイヤーがいる。
レイド戦に積極的になれない勢とか、参加したくとも魔石や復活石を納入できずに今回は見送るしかなかった勢、そもそも戦闘に積極的ではなく『シティエリア』内で遊ぶことを主目的にしている勢なんてのもいる。
そういう人々を説得し参加を促した結果が、サクヤが連れて来た援軍の正体なのだった。
さらに『コア・マクラ』はサクヤが買い取ったものらしい。
今回、『戦争イベント』が起きたのも大きかった。
『大部屋』スクリーンには『戦争イベントルール』なるものが表示されている。
『戦争イベントルール』
・先に得点を100ポイント稼いだレギオンの勝利。
ポイントは運営により算出される。
・戦争イベント中、該当レギオン所属員の獲得経験値が増大する。
・戦争イベント中、協力者の獲得経験値も増大する。
また、協力者には主催レギオンから協力報酬が与えられる。
・勝利レギオンはレギオンレベルのアップ、運営からの勝利者報酬贈与、敗戦レギオンに賠償請求ができる。
・敗戦レギオンはレギオンレベルがダウンする。
・敗戦レギオンは『ラグナロクイベント』の開催権を持つ。
・『ラグナロクイベント』はレギオンの存亡を賭けたイベントとなる。
なるほど、協力者には『りばりば』からの報酬と獲得経験値の増大があるからこそ、『マンジ・クロイツェル』と『シメシメ団』の戦闘員は不利でも一撃入れて去っていったのか……。
「グレン、お疲れ様! 大活躍だったね! 」
「ゐー? 〈誰だ? 〉」
見れば頭上には『煮込み』と出ていた。
「ゐーっ! 〈なんだ、煮込みか。お疲れさん。一瞬、誰かと思ったぜ〉」
「むー、仕方ないじゃん、コア・ハサミはさすがにロストしちゃったんだから…… 」
煮込みからすれば、いつもの調子で話しているんだろうが、語尾の『シザ』がないと違和感が凄いな。
「グレンさん、助かったピロ。
周囲から認められるのは難しいけど、勝てたのはグレンさんがいたからピロ」
改めて聞くと、こちらも違和感が凄い。
だが、握手を求められているなら応ぜねばなるまい。
「ゐーっ! 〈いや、俺はサポートしかできないスキル構成だしな。煮込みが倒れてどうなるかと思ったが、ムックがいてくれて良かったよ! 〉」
「まあ、たまたまこのコア・マクラと僕の親和性が高かったから出た戦果だとはおもいますピロ…… 」
「それは良かったですー」
サクヤまで集まって来た。
ムックがインベントリに手を伸ばそうとするのを、サクヤが止めた。
「親和性が高いとのお話ですしー、よろしければそのまま使って欲しいですねー」
「いえ、お申し出はありがたいんですピロ。
ただ、手持ちがピロ…… 」
「ええ、ですからプレゼントですー」
「うわー、ムック羨ましいー! 」
「いや……その……いいんでしょうかピロ? 」
「ええ、マギハルコンが倒せた。
私はそれだけで満足ですー。
ですからそれを成し遂げて下さったムックさんへのお礼ということで納得して下さいなー」
「ゐーっ! 」
俺は特に何を言うでもなくムックの肩に手を置いて、貰っておけ、と示した。
「……では、遠慮なくピロ。
レギオンのために使わせてもらうピロ」
「はいー。ご自身のためにも遠慮なく使っちゃって下さいねー」
俺たちがそんな事後処理のような話をしていると、あちこちから興奮した声が届く。
「おお、一気に5レベルアップ! 」「マジかよ、俺は活躍できなかったし……ん、レベル上がってるわ! 」「戦争状態、やべーな」「まあ、負けたら悲惨だけどな」「賠償すりゃ、レギオンレベル下がるくらいしかなくね? 」「いや、それがヤバいんだよ…… 」
「ゐーっ? 〈経験値の増大ってそんなオイシイのか? 〉」
「もちろん。私はレベルダウン食らっても80レベルだよ」
確か怪人は死亡ペナルティで20レベルダウンがあったよな。確か元は90レベルくらいのはずだから。丸々10レベルくらい稼いでいるのか。
戦闘員が俺とムックの二人しかいないような状況で、まともな活躍ができなかったはずだが、それでも10レベル。
「グレンさんはどれくらい上がったピロ? 」
「ゐーっ! 〈いや、敵戦闘員も巻き込み事故で倒したが経験値にはならないし……まともに稼げてないんじゃないかと…… 〉」
俺は自身のステータスを確認して驚愕に目を剥いた。
「ゐーっ! 〈すげー上がってる! 〉」
「あの目から毒を出すやつ。かなり長く効いてましたピロ」
そうか、目潰し効果が有効すぎて【血涙弾】が『弱毒』付きなのを忘れていたな。
俺は改めてステータスを見て、慌ててステータスの割り振りを始めるのだった。




