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───危ないっ!───
幻聴か……。
黒い影が、今にも俺を突き殺そうとしていた戦乙女を縛った。
───これを、こうして……えいっ!───
戦乙女は槍を逆手に持つと、自らの腹に突き込んだ。
そして、幻影は消える。
───もう、私のご主人様なんだから、しっかりしてよね!
帰ったら、精霊樹の実だからね! 忘れないでよ!───
よろける身体をどうにか叱咤して、俺はソレが何なのかを思い起こす。
「じぇと子……テイムモンスターたちは、預けて来たはずなのに……」
───誰がテイムモンスターよ!
私は闇の精霊! せ・い・れ・いっ!
特別な存在なんだから、適当言わないでよ、もうっ!───
そうだった。普段はテイムモンスターたちと同じように扱っているから、普通に忘れていたが、じぇと子は闇の精霊なんだった。
スキル的に別枠。どうしても置いて来れない、運命共同体がじぇと子だ。
俺は小さくじぇと子に礼と謝罪をする。
「助かるぜ……じぇと子。
それから……悪いな、付き合わせちまって……」
───べ、別にそういうのはいいのよ……だって、ご主人様はご主人様だし……───
俺は少しだけ口角を上げる。
ツンデレかよ。
バチンっ! バチンっ! はたと気づけば、五杯博士を縛る鎖は全て無に帰していた。
「ははっ……腕一本と引き換えの超能力か。
ここはゲームじゃないんだよ。
その愚かな選択が間違いだと、気づきなよ」
頸木から逃れた五杯博士は、立っているのが精一杯な俺を横目に歩いて『叡智の槍』を取りに行く。
「ゐー……〈はは……あんなものは飾りですよ……まともにゲームをやっていないお偉いさんには、それが分からんのです……【正拳頭突き】〉」
俺は、『叡智の槍』を取ろうと腰を屈めた五杯博士に、皮肉交じりに太古の昔から囁かれる名ゼリフをもじって答える。
どうせ、聞こえたところで分からないんだろ?
だから聞かせてやらん。
これは、俺を奮い立たせる言葉に過ぎないのだから。
俺の身体がスキルの動作補正によって、自動であるかのように動く。
足を撓め、頭突きを正拳突きのように真っ直ぐ飛ばす『カラーテラビット』のスキルだ。
俺が大切に守り育てて来た星ひとつのガチャ魂スキルを食らえ!
五杯博士が『叡智の槍』を手にする瞬間、その脇腹に【正拳頭突き】が突き刺さる。
「ぐおっ……」
突き飛ばされた五杯博士が、『叡智の槍』から離れていく。
星いつつのスキルだ。簡単に使えるほど安くないだろう。
だから、五杯博士は取り戻そうとしているのだ。
簡単に取り戻させる訳がない。
【雷瞬】【回し蹴り】【サーベルバンパー】【熊突進】と繋いで、ダメージを蓄積させていく。
足に来た五杯博士は、よろよろとしていた。
戦い慣れしていないのが丸わかりだ。
経験値で言えば、ラストヒットだけ取り続けても、カンストはできる。
ただ、それだと本当の意味の経験値は入らない。
そういう、ちぐはぐさを感じた。
最後は、かっこよく『神喰らい』で決めたかったが、今の俺はスキルによる補正がないと、まともに動けない状態。
ここは【満月蹴り】で決めさせてもらおう、とスキルを放とうとしたが、五杯博士はよろけながらも、先にスキルを放っていた。
「【脅威の末脚】!」
ギュン、と音がするように五杯博士は走り出した。
一瞬、五杯博士を見失う。
カラン、と音がして振り向くと、五杯博士が『叡智の槍』を手にしたところだった。
「ふぅ、ふぅ……便利だね。身体が勝手に動くというのは……【必中の投槍】」
五杯博士が槍を投げた。
それは俺の胸を貫き、俺の身体を壁に縫いつけた。
「か、はっ……」
もう流れ出る血は残っていないと思っていたが、最後の一滴を搾り尽くす勢いで、俺は喀血した。
「なるほど……星みっつ程度の超能力も使い方次第か……勉強になったよ……」
五杯博士は、また、よろよろとよろけるのだった。




