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五杯博士のヘルメットが割れる。
『狼人間』の【トールアップ】で力が増しているおかげだろう。
ひとつだけ残っている五杯博士の目が見える。
爛々と輝く瞳は、新しい知識に喜ぶ子供のようだ。
「ふふっ……いいね。
君は○一号より面白い実験体だ。
魔法文明を解き明かす、いい実験体になるね!
もっと早く気づいていたら、無駄にただ殺すだけなんて、やらなかったのに……」
ぞわり、と背筋を冷たいものが走った。
無駄に殺された、一日三分の記憶が蘇る。
「気持ち悪いなてめえ……」
倒れた五杯博士から槍をもぎ取って、投げ捨てる。
早く終わらせよう。
右手の狼頭の顎を開く。
ふと、考える。
『叡智の神』を終わらせるなら、やはりその頭脳。頭を食えばいいんじゃないだろうか。
「これで、終わりだ!」
狼頭が頭を喰らうかという直前、五杯博士がスキルを発動する。
「【忠実なる下僕】」
俺の背中から腹に向けて、槍が飛び出した。
「ぐぷっ……」
喉までせり上がって来た血を口から吐き出す。
投槍だけのスキルじゃないのかよ。
チラリと背後を確認すると鎧を着て、背中に翼を生やした戦乙女の幻影が、槍を俺に突き立てていた。
槍を、ぐりぐりするんじゃないっ!
痛みで俺は止まらないぞ。
蠍尻尾で幻影を振り払うと、槍ごと戦乙女は一発で消えた。
瞬間的に幻影を呼び出して攻撃させるスキルのようだ。
くそっ! 俺の傷は『狼人間』で治るとはいえ、それなりに時間がかかるんだぞ。
今の一撃は、中心線にほど近い辺り。
動きに支障が出るのは確実だ。
ジャラジャラと鎖の動く音に気づいて、視線を向ければ、五杯博士が立ち上がって、拳を握りしめたところだった。
ガツン! と目の前で星が飛ぶ。
俺のヘルメットが一撃ですっ飛んでいった。
俺より高いであろう肉体系能力値が身に沁みる。
さらに反対からのパンチが飛ぶ。
自分で選んだこととはいえ、接近戦は能力値的に向いていないのだ。
なんとか右手の狼頭を当てようと果敢に攻めるが、残念ながら血を流しすぎだ。
ふらふらになって、ただ殴られまくった。
ヤバいな。意識が飛びそうだ。
なんとかソレを堪えるが、耐えられなくなって転ぶ。
ノックダウンじゃねえ、スリップだ、スリップ。
ちょっと自分の血で滑っただけだ。
起き上がろうとするが、五杯博士が鎖を掴んで俺を引きずる。
投げ捨てた『叡智の槍』に向かっているようだ。
アレを持たれたら、さらに窮地に立たされることになる。
俺は引きずられながら、なんとか視線を五杯博士へと向ける。
「ゐー……〈【封印する縛鎖】……〉」
五杯博士が俺の視界に入った瞬間、スキルを発動する。
俺の左腕が噛みちぎられたように爆散した。
同時に五杯博士を束縛する鎖が、地面から無数に伸びる。
俺は蠍尻尾と狼頭をどうにか使って立ち上がろうともがく。
鎖が一本、弾け飛んだ。
五杯博士の『ガイガイネン』の部分が、俺の状態異常を解除していく。
俺は、べしゃりと潰れた。
ノー、ノー、スリップ。スリップ。
身体はグロッキーに見えるかもしれないが、俺の闘志はまだやれる、と訴えていた。
「くっ……こんじょおおおおおおっ!」
立ち上がって、一歩、二歩、またもやスリップした。
おかしい……そろそろ、流れ出る血も品切れなんじゃないか……。
それに、『狼人間』の回復能力で、徐々にだが、傷は塞がって来ているはずだ。
自分に言い聞かせる。
五杯博士の鎖が、また一本、弾け飛んだ。
終わりにするんだ……新しい時代のために……。
何故か自分の理を意識すれば、もう少しだけ身体に力が戻って来る。
立ち上がる。
「やれる……まだ、やれる……負けてねえぞぉおおっ!」
朦朧とした意識の中、今まで巻き込まれて来た喧嘩のシーンが蘇る。
元々、やりたくてやった喧嘩なんて、つい最近の金堂くんとの一件だけだ。
ただ、自衛しただけ。まあ、過剰防衛はあったかもしれないが、相手が武器を持ち出して来たなら仕方がない。
動けなくなるまで殴らないと、こちらがやられてしまう。
警察は俺の話なんて聞く耳すら持たなかったな……。
何度か補導された。
上手く逃げおおせたら、おじいちゃん先生のところだ。
おじいちゃん先生は、いちおう、俺の話は聞いてくれた。
聞いた上で、よく叱られはしたが、それでも話を聞いてくれるだけでも、随分と助けられた。
静乃が絡まれた時は、相手に殺されかけて、過剰防衛になってしまった意識はある。
私怨はなかったというと、嘘になる。
静乃に絡んで来やがって! と怒りを持っていたのは確かだ。
ふと、我に返る。
もしや、今のは走馬灯というやつでは……?
バチンっ! と音がして鎖がまた弾け飛んだ。
「【忠実なる下僕】……」
見えていないはずの五杯博士がスキルを使った。
見える見えないは関係ないのだろう。
五杯博士のすぐ近くに幻影の戦乙女が現れる。
槍を俺に向けて構えた。
蠍尻尾は俺が立っているのを支える要で、動かせない。
戦乙女は俺を見つけて、槍を手に、今にも突いて来るところだった。




