433〈side:アダム〉
轟音が響く。
巨大な何かが暴れ回り、のたうち回る音だ。
この目の前で、次第に惨めな本性を露わにしていく大鮫男よりも巨大な、力の発現を感じる。
そうか、こちらの道ではなかったらしい。
俺は大鮫男に引導を渡すことにした。
「【一揆呵成】!」
貫通する毒熱線にMPを注いで、維持しながら斜めに引いてやる。
これはグレンの持つスキルの裏技的知識からの応用だ。
いかに無駄なく、速さと貫通できるだけの熱量を与えられるかで、この攻撃の威力と消費は変わる。
貫通熱線を出しながら動かせば、それはビームソードと変わらない。
もちろん、それなりにMPは使うが、神格を得た俺にとっては厳しいという程でもない。
両断された大鮫男が粒子化していくのを眺めてから、この場を他の『ネオ』に任せて踵を返した。
力の発現を感じながら、そちらへと向かう。
幾つかの場所で『りばりば』と『ネオ』が共闘している。
最初の五人をはじめ、新しい道を模索する『ネオ』を受け入れてくれた白部隊は、俺たちに臆することなく話しかけてくれるおかげで、連携を容易なものにしている。
これならば、この先の道も安心というものだ。
コミュニケーションさえ確立してしまえば、異種族同士でも、なんとかやっていけるだろう。
足掛かりはできたのだ。
後は最初の五人が『ネオ』を導いてくれる。
俺は仲間たちに触れながら、時には声を掛けながら、力の発現の元へと向かう。
さあ、グレン。
仕上げは俺たちの仕事だ。
終わりにしよう。そこからが新たなる始まりになるのだから。
巨大な蛇が、部屋いっぱいに蠢いている。
だが、鱗はそこかしこが、ボロボロに割れていて、焼け焦げて、血みどろで、痛々しい姿になっている。
しかし、それに対する『雷神』も似たようなものだ。
ふと視線を上げる。
天井付近の椅子に座って、仮想ワークステーションに向かっている男が見える。
下で起きている大きな力の発現に、我、関せずを決め込んでいる。
巨大な蛇の牙が『雷神』に引っ掛かり、本来、金色のはずの鎧が禍々しい紫金に染まって、『雷神』は最後の力を振り絞るように巨大な蛇の口腔へと『天雷の不出来槌』を投げ込んだ。
ゆっくりと粒子が立ち昇る。
蛇も『雷神』も、過去の神話を模したかのように相討ったようだ。
粒子の中に、削れてしまった魂の残滓が見える。
二人とも、本来の肉体は百年前にあるはずだが、あれでは良くて廃人。
下手をすれば消滅している可能性もある。
俺は天井から吊られた椅子に腰掛ける男に話しかける。
「おい、何故こちらを見ない?」
男は仮想ウィンドウに視線を向けたまま答える。
「見えているからだね。
僕には全てが見えている。ああ、あと十秒待ってくれれば、こちらは一段落するから、もう少し待ってもらえるかね……」
「【エレキトリカル・ラビット】!」
俺は問答無用で雷撃を男の椅子に放つ。
椅子が壊れて、無様に男は下に落ちた。
「いたたたた……」
男は身体を丸めて痛がる。男からボールのようなものが零れて、コロコロと転がる。
「十秒くれれば、この三十六時間で纏めた資料が無駄にならずに済んだのに……ひどい人だな、君は……」
顔を上げた男は片目だった。さっきのボールは義眼か。
「おや、君は……」
「アダムだ」
「なるほど、最後の模倣神格。
僕は百年前からアクセスしているだけだけど、最初の模倣神格。ファイブハートと呼んでくれ給え。
なんだか運命めいたものを感じるねぇ……」
「ネ、ネオ……」
男は俺の動揺をよそに立ち上がり答える。
「ああ、本体との接続が切れたんだったか……。
僕は接続が切れている訳じゃなくてね、接続を閉じているだけなんだ。
百年も昔じゃ、まだ本体はそこまでの知識を得られていないのさ。
だから、こっちの呼び方で言うと外概念だね」
接続が閉じている?
「ああ、五杯は至高を目指しているからね。
僕と混ざる時に、自分が呑み込まれるのを恐れて、接続を閉じたんだ。
おかげでこうして、誰も知らない最初の模倣神格として、僕が立っているわけさ」
「なるほど、叡智の神らしく知識を本体に送らず、独占することにした訳か……」
「ああ、そうだよ。僕の接続が開いていれば、五杯を呑み込んで、本体が叡智の神としての道を辿ったかもね。
残念ながら、五杯はちゃんと自我を残す道を選んだけれどね」
百年前の記憶が、ある時を境に俺たちに生えたが、その時の端末のひとつということか。
「ああ、ちょうどいい。
僕の接続は百年前から閉じているから、今のネオの知識は持っていなくてね。
たぶん、触れればいいと思うんだ。
僕に新しい知識をくれるかな」
それが、俺たちの戦いが始まる合図だった。




