432〈side:シシャモ 弟〉
変身。
時間がなかった。
ゆっくりと何かを選んでいる暇はなかった。
僕の身体は、まるで翼の生えた蛇だ。
まるで、お前と一緒だな。
最後に残ったグレンさんのテイムモンスター。
僕の腕に常に巻きついている元、ボスモンスター、蛇神・ククルカンのクルトンを見て、そう思う。
「終わりの蛇、終着ヨハネ!」
頭が蛇で全身を鱗に覆われた蛇人間。背中には黒い翼が生えていた。
腕には白い翼のクルトンが巻きついて、そこだけがアクセントになっている。
「クハッククク……その醜い姿こそ、お前の本性!
我が雷撃にて叩き潰されるのが相応しい!」
『天雷』がスキル武器を振るう。
変身前より、断然見える。
見切ってから蹴りを入れる。
『天雷』がよろめいた。
戦える。これなら戦える。
「シャハアァ! 【百獣の爪牙】」
『天雷』の手足に爪が伸びる。グレンさんの『ベアクロー』と同質のスキルだろう。
こうなると、ただのパンチとキックも侮れない。
「それならこっちだってヨハネ! 【孤独の蠱毒】」
普段は使わない全身に『神経毒・出血毒』を纏わせるスキルは『獄熱毒・獄寒毒』という地獄産の毒に変化していた。
このスキルは全身に毒を纏うという性質上、誰とも触れ合えなくなる。
だから、普段は使わない。使えない。
これでお互いに触れれば痛いという状況になった。
ただし、『天雷の不出来槌』は別格だ。
あれは、痛いでは済まない。
『天雷』のハンマーを慎重に避け、回し蹴りを食らいながら、前に出てパンチを当てる。
「クァアウオォ……。なにゆえに身体が熱くて冷たい……身も心も削られるような……」
苦しむ『天雷』を見ながら、僕はこの運命を理解した。
アダムさんが『天雷』との戦いを僕に任せたのは、意味があった。
僕は『終わりの始まり』で、『雷神』を打ち倒す者なのだ。
「お前を倒すヨハネ!」
右手に巻きついたクルトンが、しゅるしゅると身体を伸ばして『天雷』に巻き付き締め上げる。
僕は左手に用意した『神呑み』の口をめいいっぱい広げて、躍りかかる。
瞬間、悪足掻きのように『天雷の不出来槌』が投げられるが、クルトンの巻き付きで思うように投げられなかったようで、あさっての方向に飛んでいく。
もらった!
『神呑み』が当たろうかという瞬間、クルトンが巻き付きをやめて僕の方に戻って来てしまう。
なんで!?
そう思った時には、僕の背中に回ったクルトンがとぐろを巻いて、僕の代わりに『天雷の不出来槌』を受けて、ちぎれ飛んでいた。
「ウオオオゥアアッ! 【百華の豪炎】」
僕は正面から炎を浴びる。
ごろごろと転がる。
「シャアアアッ! 死ね!」
『天雷』の爪が僕を傷つけた。
肉が裂ける。でも、『天雷』の爪も無事では済まない。毒に冒され、ボロボロと崩れていく。
ああ、クルトン……。
グレンさんから預かった、最後の一匹のテイムモンスター。
僕の暴走を抑え続けてくれた、蛇神。
いつのまにか『天雷』の手元に戻った『天雷の不出来槌』が僕に迫る。
兄さん、ごめん。もう抑えられないよ。
僕は衝動のままに、MPを左手に流し込んだのだった。




