430〈side:シシャモ テイムモンスター〉
ヒーロー『天雷』との戦闘が始まった。
じいじさんの知り合いのおじさんは、相変わらず天井から吊るされた座席に座って仕事をしている。
じいじさんはそちらを狙いたがったが、さすがにヒーローを目の前にして、無視はできない。
「ン゛メ゛エエエッ!」
金山羊のアイベリックス・メル吉が吠えると同時にその体積を増していく。
普通の山羊の大きさから、見上げるようなソレへ。
本来の姿を取り戻していく。
それを見た瞬間、『天雷』の動きが止まり、一瞬、呻くように頭を下げた。
僕は巨大な斧を手に近づいていく。
「フゥゥアアア、我が意のままに動けぬ脚にどれほどの価値があろうか。
我が雷鳴の足跡を踏めぬ戦車を捨てるは道理。
未練がましく我が前に現れるなど、笑止千万なり!」
アイベリックス・メル吉が静かに地を搔いた。
その瞳は、怒りと悲しみがないまぜになっていて、僕にはそれが何故なのかは分からない。
ただ、一瞬だけ僕に向けられた理知的な瞳が、何かを訴えかけていた。
金山羊が頭を低く突撃していく。
「ン゛メ゛エエエッ!」
「フオオアア、我が意に背くか、ケダモノ風情が!
【天雷の不出来槌】」
金山羊の角が雷を帯びて『天雷』を吹き飛ばすかと思われた瞬間、爆音と共に金山羊の身体が横に吹き飛んだ。
まるで僕はそれに引っ張られるかのように、走り出していた。
『天雷』が吹き飛ばした金山羊に残心した一瞬を使って、死角からの一撃を入れる。
『天雷』の身体がくの字になって、必死に斧の重さに耐えていた。
構わず僕は斧を振り抜く。
「クククッ……身を呈して我が隙を作るか……だが、無駄なことよ」
「こまっつなー!」「なすーび!」「おにおーん!」
「それ、リズム打ちだ!」
グレンさんのテイムモンスターとじいじさん、ロミオくんがリズム打ちを始める。
「シシャモ兄ちゃん!」
ロミオくんに声を掛けられる。今、ということだろう。
巨大な斧を振り下ろし、大きくダメージを入れる。
すぐに横合いから状態異常攻撃が飛んで『天雷』の動きを止める。
これは、イケる!
僕はリズムに乗りながら、次の時を待つ。
今だ!
巨大な斧はそれに相応しいダメージを出した。
もう一度、と考えているとテイムモンスターたちがパタパタと倒れていく。
「すまん、MP切れのようだ」
じいじさんが野菜たちを見て判断する。
「こけーっ!」
長鳴神鳥のキウイが飛び出して、『天雷』にストンピングの嵐を見舞った。
キウイの頭に乗った霧胡瓜のフジンが【氷ブレス】を必死に入れる。
なんとか時間を稼ごうというのだろう。
『1点』ダメージが『天雷』の頭上で舞っていく。
しかし、それも長くは続かない。
状態異常攻撃による瞬間停止が足りないのだから当たり前だ。
『天雷』が軽く振った腕にキウイがフジンごと吹き飛んだ。
「まずい!」
僕は『天雷』を転ばせるべく、巨大な斧を地を這うように振るった。
だが、『天雷』はその巨大斧を地に打ち付けるように『天雷の不出来槌』で直上から叩いた。
バリバリと音がして巨大な斧が壊れた。
「クウォウァァ、ゲームのギミックでこうなるとは……少し油断していましたね……」
『天雷』がインベントリからポーションのアンプルを出して、腕の鎧にセットする。
「フゥゥゥ……痛みには慣れていたつもりでしたが、随分と多彩な技があるようです。
少し気分が悪くなりましたよ……」
「くっ……【神呑み】」
スキル武器を用意する。あまりこのスキルは使いたくない。グレンさんのスキル武器と違って、使い勝手が悪いのだ。
あと、暴走の可能性もある。
「ハアァァァ! 我が雷撃の神速!」
『天雷』が武器を投げた。
僕は横っ飛びでそれを回避した。
危なかった。そう安心するのは少し早かった。
戻って来た『天雷の不出来槌』が脇腹を掠めて、僕は大きく吹き飛ばされたのだった。




