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ぞわぞわと背中に嫌なモノが走る。
『マギシルバー』と相対するといつもそうだ。
俺は【野生の勘】の赤いラインがいつ走るかと、目を皿のようにして周囲に視線を送る。
「正義の刃にひれ伏せ!
俺が正義だ!」
『マギシルバー』の踏み込みと同時に、赤いラインが見える。
いや、匂った。
見えるというより、それは匂いとして俺に感じられた。
「ゐーっ!〈【緊急回避】!〉」
その感覚に合わせて、俺は瞬間移動で跳んだ。
ちゃんと見ていたら間に合わなかっただろう。
また、匂う。
この感覚に身を任せるように【逃げ足】を使い、大きく距離を取る。
「その動き……覚えがある……」
「ゐー……〈だろうよ……俺もお前のことは良く知っている……〉」
『マギシルバー』が嫌な記憶を振り払うかのように頭を振る。
俺だって嫌だ。お前の攻撃はトラウマ級で記憶に残っている。
ただ……それでも……お前の曲げられてしまった意志に憐れみは感じる。
「俺の嫌いなやつにそっくりだ……【退魔の矢】」
「ゐーっ!〈見えてるぞ。【ウサギ跳び】!〉」
敵の銀光の奔流を避けて、ライフル弾を浴びせる。
圧倒的に火力不足だ。
衝撃で仰け反らせるので精一杯だ。
だが、星一スキルのウェイトタイムくらいは稼げる。
また匂う。
戦車から赤いラインが伸びている。
くそ、逃げろ!
【正拳頭突き】で着弾地点から逃げる。
「逃がすかっ! 肩パッドめ!」
『マギシルバー』の言葉は、俺を肩パッドだと認識して発せられたものではないだろう。
どこか夢見心地のように発せられた言葉は、俺ではなく『リアじゅー』の肩パッドを見ているようだ。
『マギシルバー』が追って来る。
さすがにここで死んでやれるほど俺の命は軽くない。
死ねば、二十四時間、現実では復活がない。
そして、また捕まることになるのは、ゴメンだ。
「グレンさん、こっち!
【気力刃】、【三枚おろし】」
壁に隠れた、まりもっこりに呼ばれ、彼女はナイフに纏わせた『気力刃』を三角形にして飛ばす。
「ちっ! ぬぐぅっ!」
『マギシルバー』の左肩から先が消し飛ぶ。
「ふん、こっちだって特訓を重ねて来ているんだ、甘くみるんじゃないよ!」
「こんの……程度でえぇぇぇっ!」
『マギシルバー』の『退魔の剣』が炎の照り返しで、ぬらりと光る。
俺への攻撃ではないため、【野生の勘】が働かない。
ただ、ヤバいことは分かる。
『マギシルバー』の繰り出す剣が、まりもっこりへと向かう。
まりもっこりは、ギリギリで『気力刃』を持ち上げることに成功し、『マギシルバー』の剣を受け止めた。
「だから、伊達に特訓してきたわけじゃないって!」
まりもっこりと『マギシルバー』の鍔迫り合いが起こる、かと思った途端に『マギシルバー』の足が出た。
蹴られた、まりもっこりは後退しつつ、たたらを踏む。
「雑魚が!」
銀光一閃。まりもっこりが倒れた。
一瞬の攻防で、口出しすらする暇がなかった。
まりもっこりの横腹から赤いモノが染みた。
「まりもっこり!」
咄嗟に【雷瞬】で体当たりを入れる。
『マギシルバー』の体勢が崩れた所へ、【回し蹴り】で蹴り飛ばす。
距離が離れたと思うやいなや、俺は後ろを向いて逃げ出した。
ヒーローをやっているヤツらは、本能的に一撃入れれば、戦闘員が消し飛ぶと思っている。
まあ、間違いではないが、現実で核は使えない。
俺が逃げれば、『マギシルバー』はまりもっこりにトドメを刺そうとは思わないだろう。
わざとアサルトライフルで注意を引きながら、俺は走るのだった。




