422〈オペレーション・ラグナロク〉
───今日、決行します───
俺やおじいちゃん先生、SIZUが青海などから集めた情報から、今日中に『りばりば』対『マギクラウン』が決着する可能性が高いと判断した。
キーになるのは、『シシャモ』対『天雷』とアダムが敵首領まで辿り着けるかだ。
昨日のラグナロクイベント終わり、俺はシシャモにウチの倉庫の農産物とテイムモンスター、アイテム類など全てを託した。
俺が来られなかったら、使ってくれと言ってある。
おじいちゃん先生にも、テイムモンスターたちにも、シシャモを頼むと伝えてある。
おじいちゃん先生は『リアじゅー』側のラグナロクイベントに参加して、進捗を伝えるのが仕事だ。
SIZUが今日で行けると判断した限り、大きな問題はないと思うが、万が一の不慮の事故は避けたいところだからな。
俺たちは『マギクラウン』壊滅と五杯博士殺害を同時撃破の目標としているが、どこまでのタイムラグが許されるかというのを、『リアじゅー』に『夜状況』が訪れるまでと計算している。
黄昏の終わりは夜だから。とは、SIZUの言葉だ。
なんとなく全員で納得したのを覚えている。
『リアじゅー』世界での黄昏の終わり。
それがタイムリミットだ。
会長が用意してくれた、新型の戦闘用スーツ。
軍の特殊部隊が着る黒一色の全身プロテクターだ。
少しヒーローが着る鎧に似ている。
まあ、元がヒーローの着る鎧を現実にローカライズしたものだから、当たり前といえば当たり前だ。
これはBグループから抜いた情報にあったものを再現したもので、数が揃えられなかったのでここにいるコアメンバー分しかない。
今回のオペレーション・ラグナロクは、俺たちが助けた超能力者のほとんどが参加する。
もちろん、強制はしていない。
Bグループに思うところがある人たちがそれだけ多いということだ。
おじいちゃん先生のお孫さんが作った『情動操作解除薬』で回復した『マギクリスタ』も参加する。
彼女は『マギシルバー』のリアル恋愛相手なんだそうだ。
そういう相手への感情までが偏向され、利用されていると思うと、Bグループも、その大元を作り出したAグループにも思うところが出て来るが、結局のところ、技術はどう使うかということなのかもしれない。
エゴイスティックな考えになってしまうが、『遺伝子組み換え人間』も、人間が戦争しないための抑止力としての存在だと言われると、認めたくなってしまう部分はある。
平和利用として考えれば、人間にとって便利な、パートナーとして存在する訳だしな。
その部分まで否定する気にはなれない。
俺たちの攻撃は、日が暮れてからが勝負になる。
ちょうど『リアじゅー』でラグナロクイベントが行われている時間だ。
その時間なら、Bグループの大部分は『リアじゅー』にログインしているはずで、現実の浮遊都市『エデン』の研究エリアはかなり手薄になっているはずだ。
先に『リアじゅー』へとログインするおじいちゃん先生を見送る。
「それじゃあ、行ってくる。
現実は任せたぞ!」
「おじいちゃん先生も無理し過ぎないようにな」
「ふん……これでもフレンドが多いからな。
皆と協力して、上手くやってくるさ!」
お、おう。別に俺のフレンドは少ない訳ではなくて、厳選しているだけだからな。
悔しくはない。
まあ、最近だと『じいじ&ロミオ』の方が『肩パッド』より有名かもしれない。
元エンジョイ勢からガチ勢への転向組で、青部隊を導いたと言われるプレイヤーだ。
祖父と孫の二人組というのもインパクトがあり、フレンドが異常に多い。
グレン教とかいう『りばりば』内部の集まりで教団幹部をやっているとかなんとか……。
おじいちゃん先生曰く、名前は俺と似ているが、俺とは関係ないから安心していいらしい。
ウチの農場ファンとかだったら良かったのにな。
そうは言っても、『りばりば』の中での話だ。
おじいちゃん先生がログインした。
さて、俺たちも動き出す時間だ。
それぞれに特徴のあるマークの入ったヘルメット〈俺の場合なら、狼のシルエットといった具合だ〉を手に、車に乗り込んで出発する。
会長が病院地下の基地入口まで出てきて手を振っていた。
銃後の守りは会長に任せるしかないのだ。
俺たちはそれぞれに会長への挨拶代わりに手を振ったり、サムズアップしたりした。
オペレーション・ラグナロク。
生き残れたやつは、会長を頼って生きていくしかないのだ。
「へへ……なんだろう……ゴーサイン出したのは私なのに、ここに来て不安になって来ちゃった……」
俺の隣の席で静乃が呟いた。
俺はそっと静乃の頭を撫でてやる。
「お前だけが背負う必要はないんだ。
いつか来るその日が今日というだけで、お前が居なくても、この流れは来ていたはずだ。
それが浮遊都市の神々の選択だろうからな」
そう、玉井が超A.I.と繋がったあの日から、もっと言えば百年後の世界から『REEARTH_JUDGEMENT_VRMMORPG』が現代に持ち込まれた日から始まっていたのだ。
世界の裏側で起こる審判の戦いは。
「そうなのかな……」
「ああ、お前の中のガチャ魂に聞いてみろ。
今の俺たちなら……理を得た俺たちなら分かるはずだ……。
今しかないんだ。この流れを断ち切れるのは」
ガチャ魂、いや、過去の魂へのアクセスは、自分の過去のように見える走馬灯みたいなものだ。
それは断片的で、暗号のように感じることもあるが、今に繋がる指標だ。
過去視であり、未来視であり、変化する先の道標。
歴史の特異点を作るモノと言えばいいのだろうか。
パラレルワールドの分岐点。
それは俺たちの手にある。
光栄じゃないか。俺たちの、俺の手で変えられる未来。
より良い未来を目指せるのだ。
そのためなら……。
おそらく、『ヘル』は静乃じゃなくても良かった。
『フェンリル』も俺じゃなくても良かった。
もっと待てば、俺たちよりも相応しい、より共鳴するプレイヤーもいたかもしれない。
だが、過去の魂は俺たちを選んだ。
未来を託したのだ。
それは偶然で必然だった。
だから、俺たちは誇っていい。
たまたまかもしれないが、確かに共鳴する魂を持っていたのだから。
静乃は静かに目を閉じて、魂の共鳴を感じていた。
俺はそれが終わるまで、この愛おしい妹のその先を考えながら、頭を撫でてやるのだった。




