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421〈天雷対二頭の巨狼〉


 『天雷』が俺たちに向けて駆け出す。

 その手には、先ほどシシャモに投げつけたはずの『天雷の不出来槌(トール・ハンマー)』がいつの間にか握られており、それが武器スキルだとわかる。


「外概念の貴重種、ファイブハートが喜ぶでしょう!

 この雷霆の火花として、我が槌を飾らせてあげます。

 ヒィアァァァオゥッ!」


 『天雷』の狙いはアダムだ。


 俺は立ち塞がるべく場所を変えるが、通常時の動作はヒーローに敵うべくもない。

 嫌がらせのように【夜の帳(ダークネス)】を放って、【雷瞬(ラビリニア)】で距離を詰める。


 予想はしていたが、やはり、というべきか雷系のスキルは『天雷』にはなんの痛痒も与えられない。

 ただの移動スキルとしてしか使えないようだ。


 こうなると『ショックバトン改』も単なる鈍器だ。かなり相性が悪い。

 俺は【正拳頭突き(ラビロケット)】【ウサギ跳び(ラビジャンプ)】と繋いでどうにか『天雷』の前に回る。


「行く道を塞ぐに能わず!」


 ただの体当たりだ。それとて、俺が一撃貰えば、それで死ねる。


「ゐーっ!〈【血涙弾(ブラッドバーン)】!〉」


 久しぶりに使う気がするが、コツは身体が覚えていた。

 ギリギリまで引きつけて、後は根性で目線を合わせる。

 コツかどうかと言われると、多少の議論が必要かもしれないが、今までこれでやってきて間違いなかったので、俺の正解はコレだと言える。


「ゐーっ!〈【緊急回避(ウルフステップ)】!〉」


 タイミングは完璧なはずだったが、瞬間移動後の俺はむちゃくちゃな方向に身体が吹き飛んで、酷いことになった。

 どうやら、ギリギリで掠ったらしい。

 体当たりの前進エネルギーが俺に全て伝わる前にスキルが発動したため、一命は取り留めたが、NPCドールの住居の壁と地面の狭間で身体に変な捻れが発生して、打撲と裂傷でボロボロになった。


「我が天雷の一撃は見えずとも敵を討つ!

 ハァァァーゥアッ!」


 ぐりん、ぐりん回る視界の中で『天雷』が『天雷の不出来槌(トール・ハンマー)』を投げたのが見えた。

 一瞬だが、ソレはあからさまに、がくんと曲がってアダムへと向かう。


 自動追尾の投げ槌と言えばいいのだろうか。


 アダムの腹で爆雷のように火花が散った。


 数瞬、アダムの動きが止まった。

 その間に、『天雷の不出来槌(トール・ハンマー)』は、まさに雷の速さで『天雷』の手に収まった。


 俺はボロボロの身体をなんとか動かそうと試みる。

 見る間に体力が減っていく。

 目が霞む。


 『天雷』は見えていないはず。

 にも関わらず、槌を投げつけ、元に戻り、ソレをまた投げと繰り返している。

 一人でリズム打ちをしているようなものだ。

 しかも、MP消費無しで。


「くっ……なかなか……厄介な……ことを……」


 アダムは動きが制限され、反撃しようにも、何度も飛んでくる槌に悩まされている。


 アダムは強大で、また『天雷』も強力なヒーローのため、他のプレイヤーは簡単に間に割り込めない戦いになってしまっている。

 体当たりが掠っただけで、俺のようになるのでは、いくら死を覚悟した白部隊でも躊躇するのは分かる。


 俺の霞む目のピントが合った瞬間、アダムが視線で合図してきたのが分かった。

 俺が助けるしかない。


 時間もあと僅かだ。

 俺はゆっくりと手を伸ばす。


「ゐー……〈【封印する縛鎖(グレイプニル)】〉」


 どうにか『天雷』を視界に収めて、俺はスキルを発動する。

 同時に俺の伸ばした右手が爆散する。


 ぐぎぎっ……。


 歯を食いしばって、痛みに耐える。

 その瞬間、トンカチで叩かれたような頭痛が、霞んだ目をまともに機能させる。

 鎖に巻かれていく『天雷』が見える。


 俺は必死に左手を伸ばす。


「ゐー……〈【誘う首紐(ゲルギャ)】〉」


 俺の手首と『天雷』の首を一本の鎖が結ぶ。

 同時に、それは見る間に縮んでいき、俺の体はそれに引き摺られるように『天雷』まで跳んだ。


「ゐぃぃぃっ……〈【神喰らい(おおかみ)】〉」


 勢いのまま、俺は変じた左手の狼頭で『天雷』の首元に齧り付いた。


「クウォォォアァァァッ!

 【狂戦士の怒り(ベルセルク・レイジ)】!」


 齧り付いたまでは良かったが、普段なら簡単に噛みちぎれるはずのヒーローの肉が噛みちぎれない。


「ゐぃぃぃぃぃぃっ!」


 残ったMPを左手の狼頭に注ぎ込んで、なんとか噛みちぎろうとするが、『天雷』のスキルのせいか、それができない。

 『天雷』はスキル効果で赤黒いオーラを纏い、そのせいか鎖が一気に外れていく。


 『天雷』がウザったそうに空いた手で俺の胸に貫手を入れると、俺の胸は豆腐のように貫かれた。


 食いしばった口元から、逆流した血が一気に噴き出す。

 それで、ただでさえ限界だった俺の身体は、最後のバランスを失った。

 噛みちぎり、飲み込みさえすれば、俺は『雷神トール』の力を得て、一気に逆転の可能性もあったが、ここが限界だった。

 意識が遠くなる。


 気がつけば、俺はリスポン地点の玉座の間で、デスペナの五分を待つ身だったが、その五分より前に今日のラグナロクイベントは時間切れになったのだった。


 この二、三分でアダムが死ぬとは思えない。

 それまでがかなり慎重な立ち回りだったので、HPには余裕がありそうだった。

 時間切れの段階で自動的に自分の基地にリスポンするはずだ。


 おそらく大丈夫だろう。


 ラグナロクイベントの終了時刻と同時に記憶に靄がかかる。

 細かい部分が思い出せないが概要だけはなんとか記憶にある。

 おじいちゃん先生の記憶と照らし合わせて、進捗を確認する必要がありそうだが、この分なら明日には敵首領に到達できるだろう。

 判断はSIZUに任せるとして、俺は他のプレイヤーに進捗を聞いて回るのだった。



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