40
「可憐なる蜜の香りに誘われて……。
今、咲かん、ロータスフラワー!
シャイニングライト、フラワリーング! 」
ヒラヒラとした動くのに向かないようなアイドル風、ドレス衣装。
顔面をキャンパスにしたような、色とりどりの濃いメイク。
正体を隠す気がないような姿だが、今まで正体がバレたことはないらしい。
レギオン『ヴィーナス・シップ』のヒーロー、『ロータスフラワー』だ。
従妹から送られてきた参考動画で見た記憶がある。
その時は、アイドル風ダンスで歌っていた。
その『ロータスフラワー』が、俺たちのすぐ近くで顕現した。
「まずいシザっ! 」
レイド戦開始時に範囲内にいた場合、一定の時間までそのレイド戦に参加するかどうか選ぶことができる。
『ロータスフラワー』が参加してきたってことは、そういうことなのだろう。
「マンジーッ! 」「シメシメーッ! 」
───『マンジ・クロイツェル』『シメシメ団』がレイド戦に参加しました───
「ゐーっ? 〈どうなってるんだ? 〉」
「同胞よ、感謝するシザ! 戦争状態じゃない時ならもっと感謝したシザ! 」
「マッマッマッ…… 」「シッシッシッ…… 」
会話から察するに、戦争状態で『リバリバ』に加担することは、怪人側の他レギオンにとって有利があるように感じる。
ということは、普段は参加しないはずのヒーロー側レギオンにも、何かしら特典のようなものがあるのだろう。
ピンクのラメ入りツインテールを踊らせて、『ロータスフラワー』が跳ぶ。
手には細身の曲刀を二本、携えている。
「マンジー! 」
急遽参加した怪人側戦闘員がレイド戦用武器を持っているはずもない。
『マンジ・クロイツェル』戦闘員が選択したのはスキル攻撃だ。
手の中に風が渦巻き、玉となる。
それを投げる。
状態異常を起こすこともなく、1点ダメージ。
『ロータスフラワー』はそれを無視して『マンジ・クロイツェル』戦闘員を両断した。
「マンジーッ! 」
満足そうに『マンジ・クロイツェル』戦闘員は両断された。
復活石がない以上、高確率のアイテムロストの上で復活もない。
それでもいいと思える恩恵があるということか。
考えていると、一瞬で『ロータスフラワー』が目の前に詰めて来た。
ヤバい! そう思うと同時に俺の上半身と下半身は、サヨナラを告げた。
───死亡───
五回、死んだ。
これでレオナから貰った分は使い切った。
だが、自腹の魔石がまだ五個ある。
まだ戦える。
心が折れない限りは。
自分の下半身を眺めながら、スーッと命が消えるのは、びっくりする。
ちょっとだけ、折れそうなのを、ぐっと堪えて走り出す。
すぐ横にムックもリスポーンしていた。
あの一瞬で、ムックも死んでいたのか。
俺たちが大型スーパー屋上駐車場まで来た時、『シザマンティス』は死にかけだった。
すでに『シメシメ団』戦闘員はいない。
『シザマンティス』の全身から赤いダメージエフェクトが、ボタボタと零れている。
「よし、ダブルパンチだ! 」
「私に任せて! 」
『マギハルコン』と『ロータスフラワー』が同時に叫んだ。
完全に意思疎通が取れてないじゃねえか。
「おい、こっちに合わせろよ! 」
「今の視聴者はそういう仲良しごっことか求めてないから」
『マギハルコン』が怒ったように『ロータスフラワー』を見ていて、『ロータスフラワー』はそっぽを向いている。
余裕だな。
正直、俺はイラついていた。
煮込みは必死に戦っていた。
俺の案に乗っかってくれた上に、最悪を想定しての『コア・鋏』の持ち出し。
このまま『シザマンティス』が倒れれば、コアがロストする可能性が高い。
最初から予定されていたレイド戦ではないために、俺たち戦闘員の補助はないに等しい。
それでも、煮込みは逃げ出すことなく戦っている。
だと言うのに、『マギハルコン』も『ロータスフラワー』も動画を意識したような余裕のやり取りをしている。
イラつく。
確かにヒーロー側からすれば人気商売でゴールド獲得を目指す理由があるから、それぞれのキャラクターを演じなければいけない側面というのはあるだろう。
だが、『死』を目の前にしてそれでも戦おうとする『シザマンティス』に本気でぶつかることよりも、動画的撮れ高のためにライバル的に絡み合う『マギハルコン』と『ロータスフラワー』に俺は怒りを感じていた。
「ゐーっ! 〈目を逸らしてんじゃねえ! 【封じる縛鎖】! 〉」
『ロータスフラワー』に鎖が巻き付く。
同時に俺の右腕が弾けた。
「ゐーっ! 〈いてえええっ……けど、てめぇはこっちだ! 【誘う首紐】! 〉」
俺の左手首から伸びた鎖が『マギハルコン』の首に巻き付き首輪となる。
「なんだこのスキルは? 」
『マギハルコン』が引かれる鎖を手で抑えて俺を見た。
「ユニーク持ちか。
このマギハルコンの鎧は能力値十倍。
ユニークスキルだからと安心するには早いぞ! 」
ぐん! と鎖が引かれる。
俺にそれに抗う力はない。
「ゐーっ! 〈【緊急回避】〉」
『マギハルコン』の鎖を引いてからのパンチが空を切る。
俺は『マギハルコン』の目の前、パンチを放って伸びた身体のすぐ横に短距離転移した。
「ゐーっ! 〈よう、まだ俺の血が取れてねーな。【血涙弾】〉」
目と目が合った瞬間、俺の目から赤いエフェクトが吹き出す。
『マギハルコン』の黄金の鎧は、二度も俺の血涙を浴びたことで光を失い、赤いまだら模様に汚れている。
「ゐー…… 〈ざまぁ…… 〉」
二度目の【緊急回避】は間に合わなかった。
『マギハルコン』のガムシャラに振った腕にぶつかって、俺は爆散した。
───死亡───
しかし、その直前に確かに聞こえた。
「まだ終われんシザっ! 【両断鋏】! 」
よし! まだ折れてねえぞ、と俺は想いを新たにする。
死ねばリセット。そのはずだが、俺の意識は連続している訳で、なんの問題もないはずの右腕が、じくじくと痛むような気がする。身体も何となく重い。
だが、まだ戦える。
復活石を抱えて階段を上がる。
敵の戦闘員がいないのなら、復活石の位置を変えるべきだ。
大型スーパー屋上駐車場出口付近に転がしておく。
と、途端にムックがその場で復活した。
ムックが親指を立ててサムズアップしてくるので、俺も同じように返しておく。
「ふん、再生怪人がでしゃばるな……【冥海の王】! 」
『マギハルコン』のパンチは藍色のオーラを纏って、『シザマンティス』の胸で爆発する。
「ぐはっ、大首領様、バンザイシザー! 」
「ゐ、ゐーっ! 〈に、煮込みーーー! 〉」
「そ、そんな……煮込みさん……。
くっ……間に合わなかった…… 」
駐車場の坂道を駆け上がって来たのはサクヤだった。
「おのれっ! マギハルコンっ! 」
復讐に燃えるサクヤだったが、ギリギリで間に合わなかった。
俺の胸中にも無念が、じわじわと広がっていった。




