409
俺は屋上へと戻る。
未だ森が残っている。今の内に『グースマイク』を逃がさなくては。
そこで本来なら気付くべきだったのだ。
スキルで作られたはずの森が残っていることの意味を。
「ゐーっ!〈グースマイクを今の内に逃がすぞ!〉」
「や、やったマイク?」
俺は翼を仕舞うと大きく頷く。
「さすが伝説の肩パッドマイク……」
慢心。俺は鼻を高くしていた。どうやら、この場には俺の言葉を理解できるやつはいないようだが、ジェスチャーで内階段を示して逃げるように指示をする。
「次はもっと上手くやってやるマイク!」
ガチョウの翼でできたマントを翻して、『グースマイク』が内階段に向かおうとした、その時。
「ヒーローに勝てるといつから勘違いしていた!」
ドローンに乗った『ミカヅキのシン』が腕を組んで上がって来る。
「ゐーっ!〈バカな、お前は落としたはずっ!〉」
「仲間たちとのきずながあれば、俺は何度でもよみがえる!」
「上手く剣が引っかかっただけだけどね」「こら、カプくんそういうの気にするから言わないの」「まあ、ラッキーもヒーローの資質だろ……」
ちっ! 距離がある分、空気抵抗で泳げたということか……。
それにしても、ヒーローが戦闘員に助けられたことを公言して憚らない辺り、今までにいないヒーロー像ということなのかもしれない。
「いくぞ!
【三日月斬り】【30】!」
【三日月斬り】は三日月形の光の斬撃を飛ばしてランダムに敵を切りつけ、『30』点の固定ダメージを与えるスキルだが、【30】はその光の斬撃を三十倍にするスキルだった。
三十の飛ぶ斬撃が複雑な曲線を描きながら通信塔の屋上を覆う。
避けづらく、防御力を無視して、さらに部位破損を起こしやすい斬撃は非常に厄介だ。
特に俺のようにHPが低いプレイヤーには、これはキツい。
動きの予測ができず、避けタンクとして培った技を駆使したのに、二度も死んだ。
さらにフィールド変更系スキル【森の住処】が解除されると、『りばりば』戦闘員は俺を含めて五人しか残っておらず、『グースマイク』もボロボロだった。
「くっ……もう一度、落ちるといいマイク!
【声銃】!」
『グースマイク』の見えない音の弾丸が『ミカヅキのシン』の乗る大型ドローンを貫く。
「そう来ると思ったよ!」
ジャンプ一発、屋上に降り立った『ミカヅキのシン』が決めポーズを『グースマイク』に向ける。
俺は今しかないと判断して、もう一度飛び込んだ。
先程は俺の慢心のせいで『ミカヅキのシン』を倒しきれなかった。
やはり、命を賭けてやらなければいけなかった。
ひよって途中で自分だけ助かろうなど、慢心以外の何ものでもない。
「ゐーっ!〈【正拳頭突き】!〉」
「同じ手をくらうかっ!
【沈黙】!」
俺の飛び出しに合わせて放たれたスキルは、スキルキャンセルのスキルだった。
慣性の法則に従って、身体は前に出るが、スキルアシストが消えて、よろよろとしたタックルになってしまう。
「戦闘員のくせにっ!」
俺は『ミカヅキのシン』に届くことなく、蹴りを食らって死んだ。
───死亡───
「肩パッドさんの死を無駄にしないマイク!」
『グースマイク』が果敢に前に出た。
それを見て他の『りばりば』戦闘員も弾かれたように突進していく。
「撃てっ!」
『ムーンチャイルド』戦闘員のビーム連弩〈集束〉が『グースマイク』に迫る。
「イーッ!」
『グースマイク』の盾になるべく『りばりば』戦闘員が一人、また一人と身体中を穴だらけにして死んでいく。
「ぬおおおおおおマイクっ!」
技もスキルもない突進。だが、『グースマイク』のあまりの気迫に、『ミカヅキのシン』の反応が一瞬、遅れる。
中身が見た目通りなら、『ミカヅキのシン』はまだ中学生くらいだろう。
大人の雄叫びに、一瞬、気圧されるのも仕方がないことだと思う。
『グースマイク』の突進は『ミカヅキのシン』の身体を屋上の端まで持っていく。
「く、く……くっ……そ……」
相撲で言うなら土俵際というところで、『ミカヅキのシン』は耐えていた。
『ムーンチャイルド』戦闘員はドローンを受け止められる位置に下げ始める。
復活した俺は走った。
『グースマイク』は最後の一押しができずにいた。
『ミカヅキのシン』は落ちるギリギリで粘っている。
俺は『ミカヅキのシン』の首にぶら下がるように屋上の外へ飛び出す勢いで腕を絡めた。
「あっ……」
俺と『ミカヅキのシン』と『グースマイク』の三人が団子状態で落ちていく。
『ムーンチャイルド』戦闘員が使う貨物輸送用ドローンは人間を載せても問題ないくらいの耐荷重があるが、一度に三人、それも勢いをつけた状態で落ちる三人を支えるほどではなかった。
ドローンを転覆させる勢いでぶつかり、そこからさらに加速していく。
「きゃあああああああっ……」
『グースマイク』は死ぬ気だった。
俺も、もう二度と同じ過ちはするつもりはなかった。
だから、二人とも『ミカヅキのシン』を離さなかった。
『ミカヅキのシン』が、自身の身動きが取れず、ドローンも役に立たないことを知って、甲高い叫びを上げる。
落ちて……。
落ちて……。
落ちて。
三人は団子状態のまま、全身が粉々になって死んだ。
結果、勝者のいない『作戦行動』が終わったのだった。




