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404〈理〉


 その日の内に、俺はアダムと連絡を取り、いつもの百年後の俺のアパート、俺の部屋で、アダムと二人、雑草茶を啜っていた。

 お茶請けに、自家製たくあんを出してやる。


 お互いに無言だが、たくあんを噛む、ボリボリという音と、茶を啜る音が響く。

 たくあんの塩味と発酵による奥深い酸味に、舌が反応して唾液が溢れるのを、少し渋めの雑草茶で流す。

 その瞬間の、えも言われぬ甘みとまろみを目を閉じて味わう。


「……ふぅ」「……ゐー」


 お互いに同時に出た吐息で、目線を交わす。

 最初に口を開いたのはアダムの方だった。


「それで、話というのは?」


「ゐー〈ああ、ひとつはガチャ魂についてだ〉」


「ああ、だが、コピーしたガチャ魂を捨てろと言われても、無理な話だぞ。

 お前たちのように、付け外しができる類いのものではないからな」


「ゐー〈いや、そんなことを言うつもりはない。

 お前が神になろうとしていた時、そのフェンリルのことわりについて聞きたかったんだ〉」


 アダムが新しいたくあんを口に入れるので、俺もそうする。

 ボリボリと音が響く。


「言葉にするのは難しいな……なにしろ、お前たちと話すことで、俺はことわりを捨てたからな……」


 ずずーっとお互いに茶を啜り、息を吐く。


「……ただ、感じていたのは、これで俺たちの『ガイガイネン』としての旅が終わる。

 そういったことだったと思う」


「ゐー……〈旅の終わり、か……〉」


「ああ、だがそれは、悪い気持ちじゃなかった。もっと、こう……踏み出すというか……」


「ゐー?〈踏み出す?〉」


 なんとなく分かる気もするが、どうもしっくり来ない。

 すると、唐突にアダムが聞いてくる。


「それはそうと、何故、ソレを聞く?

 それと、ひとつは、と言ったな。

 他にもあるのか?」


 うーむ、いざ切り出すとなるとタイミングが難しいな。


「……ゐー〈……ああ、そうだな。魔法文明と科学文明の争いは分かるよな。

 その、科学文明の中にマギクラウンというレギオンがある〉」


「ああ、危険なレギオンだな。

 奴らには我が同胞がいまだに世話になっている借りがある……」


 アダムはなんとも忌々しいという顔をして、吐き捨てるように言う。


 それは初耳だった。


「ゐー?〈まさか、ネオも囚われている?〉」


「ああ、すでに繋がりは絶たれている。

 今はどうなっているかも分からない」


「ゐー?〈つまり、ガイガイネンの頃から?〉」


「そうだな。お前たちの単位でざっと、百年というところか」


 百年……つまり、現実で存在が始まった『ガイガイネン』をBグループが押さえている?

 だとするなら、現実で『ガイガイネン』を助ければ……。

 俺はアダムに長い、長い話をした。

 信じるかどうかは別として、俺たちプレイヤーが百年前から来ていること、百年後の『リアじゅー』世界で起きたことが、百年前に影響していることなどを説明していく。


「なるほど、いきなり百年前の記憶が生えたように感じるという話は前にしたな。

 そこから考えるに、お前たちの現実とやらで百年前の同胞を救うことは、こちらに大きな影響を及ぼすことはないと思う。

 ただ、ネオの記憶に新しい記憶は作れるかもしれない」


 そうか。つまり、意味はあるということか。


「ゐー〈俺の現実では、マギクラウンはBグループという名で活動している。

 このBグループとマギクラウンを連動した時間の中で倒すために、俺は今、活動している〉」


「それがもうひとつ、ということか?」


「ゐー!〈ああ、俺の中のガチャ魂のことわりを知ることで、おそらく俺はこのガチャ魂の力を十全に引き出せるはずだ。

 そして、その力を使って、Bグループとマギクラウンを倒す〉」


「連動した時間の中で、と言ったな。

 つまり、マギクラウンとの戦いに協力を仰いでいるわけか……」


「ゐー……〈実のところ、そうだ……〉」


「マギクラウンのところに居る同胞の扱いに不満を覚えるのも、実際のところ、我らが分かたれた後のことだがな。

 ぶん殴ってやりたいとは思う。

 俺、個人は協力を約束するが、ネオとしては賛同者だけの参加になるぞ。

 それでもいいか?」


「ゐー!〈ああ、構わない。そうか、ネオも新しい道を踏み出したということか〉」


「そうだな。様々な考え方があるということが、我らの文明の発展にも繋がるだろう」


 なるほど。『ガイガイネン』は『ネオ』になることで終わり、『ネオ』になることで始まったということなのだろう。


 俺が感心していると、突然、天啓が降りてきた。


 夢の中でヨルムンガンドが『終わりのはじまり』。ヘルは『終わりの終わり』だった。

 アダムの行為は、結果として『終わりとはじまり』なのではないだろうか。


「ゐー〈終わりとはじまり〉」


 その言葉を得た瞬間、頭の中で何かが弾けた。


 ああ、そうだ。神々の黄昏(ラグナロク)は単なる終わりの物語ではない。

 北欧神話での結末は次世代のはじまりを示していた。

 俺たち兄妹が、神々の黄昏(ラグナロク)の中で引金を引く役割を持っているとすれば、俺のことわりは『終わりとはじまり』。

 それを理解した瞬間、俺は、いや、俺たちは雷に打たれたように机に突っ伏した。


「お前……ことわりを……」


「ゐー……〈わざとじゃねえよ……〉」


 俺が呟いたせいで、アダムもまたことわりを得たようだった。


 そうか、これが必要だった。

 『終わり』が最後ではない。『終わり』からまた『はじまり』が必要なのだ。


 俺とアダムは二人して、はたから見たら雑草茶に当たったやつらみたいな格好だ。


「くそ……なんのために俺が『模倣人格』を得たと思ってるんだ……『神格』を放棄したはずなのに……」


「ゐーっ!〈だから、わざとじゃねえって!〉」


 そう弁明するが、それ以上に断片的な記憶が湧き上がっては消えていく。

 こうして、俺たちはことわりを得たのだった。



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