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さて、次の暗号だ。
『終わりの巨狼、あるべき姿、理を得よ
神々の黄昏は始まる、ガイアの上、隻眼の城、ミズガルズの時、エデンの園
神々の宴は時と場所を選ばぬ故に、終わりもまた共にあるべし』
終わりの巨狼、これは俺だろう。
北欧神話に於いて、終わりの巨狼と言ったら『フェンリル』だろう。
つまりは、俺……いや、可能性としては俺のコピーガチャ魂を持つアダムもいるが、流石に俺だろう。
あるべき姿、理を得よ。
『フェンリル』のあるべき姿……その言葉に脳裏に焼きついた巨狼が重なる。
そして、理。
掴みかけて、俺の手から離れていってしまったもの。
いや、俺は避けていたのだ。
自分がそうであると自覚するのが怖かった。
背負いたくなかっただけなのだ。
だが、このまま狂った世界が続けば、待っているのは百年後の『リアじゅー』世界だ。
大地は失われ、狂った『遺伝子組み換え人間』と『バイオドローン』が魔物のように蔓延る世界。
浮遊都市で全てを忘れて生きる人々。
ゲームではなく、現実の延長線上にそれがあると認めるのは、勇気がいる。
誰かが気付いて、なんとかしてくれるのを待つ方が楽だ。
だが、俺が見なければいけなかったモノを考えると、それらは俺が気付かなければいけなかったものだと分かる。
社会から切り離され、神話の中で確実な死が待っていると自覚しなければいけなかった。
俺は、俺の理は『終わりの始まり』なのだと思う。
お前が引き金を引け、と言われて喜んで引き金を引けるやつは、普通はいない。
だが、俺は選ばれて、同時にそれは俺が選んだことだった。
さあ、理を得たぞ!
応えろ、『終わりの始まり』!
…………。
こほん! 少し恥ずかしいが、言葉にしなければいけないだろうか?
俺の中で、理を見つければ、俺の中のガチャ魂が応えるだろうと思っていたが、どうやらそれでは足りないらしい。
現実のベッドに座ったまま、膝の上で腕を組み、組んだ手の甲に額を当てる。
今、おじいちゃん先生の地下基地には俺だけだ。
何も恥ずかしがることはない。
「こほん! さあ、理を得たぞ!
応えろ……応えろ! 『終わりの始まり』っ!」
コンコン!
「グレンさん、起きてるの?」
ガチャリ!
顔を出すのは、山田だ。
山田は高校三年生女子。半分ニート生活を送っている。周囲に馴染めないのが原因なのだそうだ。ちょっと浮世離れした雰囲気が特徴と言えば特徴だろうか。
「……なんで、居るんだよ、あと、ノックしたなら返事が来るのを待て。勝手に男の部屋を開けるな」
少々、照れ隠しもあって、口早に文句を並べる。
「眠りたくなくて、基地のコンピュータなら設備が揃っているから、Bグループの情報でも集めておこうと思って……男の部屋は開けたらダメか……」
山田のリアルスキルは自分の眠気を針にして飛ばすものらしく、寝ない方が調子が良いそうだ。
「女の部屋もな。ノックは分かるのに、それは分からないのかよ」
「うん、親はいつも勝手に入って来るから、そういうものだと思ってた」
半分ニート生活を親は咎めなかった。
別に勉強だけなら家から出ないでもできるしな。
ただ、たまに生存確認のために勝手に部屋に入って来て「生きてるなら、いいか。なにか不都合はないか?」と聞かれるらしい。
まあ、子供の育て方は人による。
育児放棄などなら問題だが、いちおう山田のことは気にかけているようだし、口出ししなければいけない段階でもないように感じる。
なにしろ山田は、浮世離れしているところはあるものの、普通にいい子に育っている。
まあ、『グレイキャンパス』という悪の秘密結社に所属はしているが……。
なので、俺から子育てに対して言うことはなにもない。
「そ、それで、何か用か?」
改めて、気恥しさを感じつつも、誤魔化すように俺は聞く。
「何か叫んでいたから、悪夢でも見ているのかと心配になった……」
「お、おう……だ、大丈夫だ……」
時計は夜中の三時だった。
心を決めるのに、意外と時間が掛かっていたらしい。
「そうか。安心した。それで、フェンリルは応えてくれたか?」
俺は少し腰を浮かせた状態で固まった。
ちゃんと聞かれてるじゃないか。
「い、いや……」
「そうか……私も良く間違える。今、注意されたみたいに……どうも知らないことが多い。
ゆっくり、考え直してみると、理解できることもある。
失敗続きの私なりの対処法だ。参考になればいいが……」
「あ、ああ、ありがとう。そうだな、考え直してみるよ!」
俺が、もごもごと口の中で礼を言うと、山田は「でも、今日はもう寝た方がいい。おやすみなさい」と言って、去っていった。
普段から山田はあまり饒舌なタイプではないが、今晩は少し違ったようだ。
山田なりにBグループへの危機感を募らせているのかもしれない。
俺はベッドに身体を横たえて、山田に言われた通り、ゆっくりと考え直してみる。
理を得るというのは、俺が考えていることと違うのだろうか。
いつだったか、俺は大事なことに気がつきかけて、その光を逃してしまったことがある。
あれが、『フェンリル』の理に違いないとは思うが、何か間違えているのか?
微睡みに沈みながら、俺はその時の感覚を思い出そうとしていたのだった。




