400〈ふたたびの三行詩〉
「あ、ぐれいとにゃー先生です!」
旅館で先に待っていたSIZUを見つけて、ばよえ〜んが走っていく。
旅館の周囲は現実の『グレイキャンパス』の面々が固めている。
俺とSIZU、ばよえ〜んの三人で前にも泊まった旧館の一番いい部屋をとる。
たしか、床の間にスイッチがあったな。
「ゐーっ!〈ここだ。押すぞ〉」
だが、スイッチを押しても反応がない。
「あれ? この前はこれで動いたですけど……」
「つまり、もう誰も下には行けないってことね」
SIZUが納得したように頷いている。
「ゐー〈参ったな。記憶を頼りに他の場所から下に降りられるブロックを探すか?〉」
「あ、グレちゃん待って、ばよえ〜んちゃんの様子が……」
言われて振り返ると、伏し目がちになった、ばよえ〜んがゆっくりと両手を広げる。
「ビフレストはヘルの頭上に輝く
ビフレストをフリズスキャールヴへと繋げ
アースガルズはその中に眠る」
「ゐー!〈くそ、またなぞなぞかよ!〉」
「まだ続きがある……静かに……」
「終わりの巨狼、あるべき姿、理を得よ
神々の黄昏は始まる、ガイアの上、隻眼の城、ミズガルズの時、エデンの園
神々の宴は時と場所を選ばぬ故に、終わりもまた共にあるべし」
たしか、俺たちに分かりやすく送ってきているはずだよな。
どこがだよ。ちっとも分からねえ。
半ば考えることを放棄して、俺は悪態をつく。
「ゐーっ!〈白せんべいのやつ、わざとやってんじゃないのか!〉」
「違うです。私と同じようなガチャ魂を持っていると、全員が受け取る内容なのです。
だから、グレンさんたちだけに分かるような内容にしなくちゃいけなくて、暗号っぽくなるって、前に言ってたです」
「ゐー……〈なんだ、やっぱりわざとじゃないか……〉」
「グレちゃん、考える前に諦めるのよくないよ。そのせいでグレちゃんがグレたってお母さんが言ってた」
くっ……これだから親戚ってやつは……。
変な噂ばかりが拡がる。
「ゐー……〈くそ、まあ、そうだな……ゆっくり考えてみるか……。
まずビフレストだな。北欧神話で言うアース神族の土地、アースガルズに至るための虹の橋だろ。
その虹の橋がヘルの頭上に輝く……そもそもこれが変なんだよ。
ヘルってのは死者の女王で、ニブルヘイムって極寒の地の地下に住んでるんだ。
だから、ヘルの頭上にあるとしたら、ニブルヘイムが正しい。
なのに、虹の橋が輝いていることになってる……〉」
「あっ!」
「ゐー?〈どうした、SIZU?〉」
「もしかして……ああ、でも、ログアウトしないと確かめられない……」
「ゐー〈何か思いついたなら、言ってくれ。
ヒントになるかもしれない〉」
「ええと、前に墓さん、白せんべいから誕生日プレゼントをもらったことがあって……虹色の髪飾り……きっと私が泣いて喜ぶものだから、本気で大事にしろよって言われて……新しいハッキングツールでもくれるのかと思ったら、虹色の髪飾りだったの。
うわぁー、泣けねー! と思って墓さんにそのまま言ったら、凄いバカにされたの。
だって、虹色だよ。しかも、ごっついやつ。普段から髪飾りなんてつけないのに、そんなの貰って嬉しい訳ないじゃん。
まあ、気持ちだし、本気で大事にしてって言われたからとってあるけど……ヘルが私のユニークを指しているなら、それかなって……」
ほほう……白せんべいはちょいちょいSIZUへの気持ちが見え隠れするな。
まあ、残念ながら、この朴念仁には伝わってなさそうだが。
「ゐー〈まあ、白せんべいなりに、俺たちに分かりやすくした文章だと言うなら、とりあえずビフレストはその髪飾りということにしておこうか。
そうなると、次の文章だ。
ビフレストをフリズスキャールヴに繋げ、だろ。
フリズスキャールヴってのは北欧神話の主神オーディンが座る椅子で全てを見通す力があると言われている。
虹の髪飾りをオーディンの椅子に繋ぐ?
さっきのSIZUの論法で言うと、オーディンはマギクラウンのファイブハートだ……〉」
「分かったです!
きっと白せんべいさんはぐれいとにゃー先生が好きだったんです!」
予言者モードが解けた、ばよえ〜んが、ポンと手を打つ。
お、おう、そこか……。
「いや〜、ないない。墓さんは私のこと女として見てなかったし、当時は友人というより、戦友って感じだったしね」
「いいえ、先生、それは照れ隠しというやつです!
きっと、その虹の髪飾りが情報端末とかになってて、欲しかったハッキングツールが入ってたりするんです!
きゃーっ!」
ばよえ〜んが頬を染めて、叫んでいた。
「ゐー……〈ん……有り得る、のか……〉」
もし、虹の橋が情報端末だとしたら、オーディンの椅子はワークステーション辺りを指すのかもしれない。
そうなると、アースガルズはその中に眠る、というのも頷ける。
そう、俺たちが望んでいるのは『アースガルズ』であり、その設計図なのだ。
SIZUは一度、ログアウトすることになった。
続きはまた、考えることにして、俺はばよえ〜んと帰ることにする。
俺がログアウトした時、静乃からの連絡が入っていた。
───グレちゃん、どうしよう……ホントに情報端末だった……───
うむ、ただ、白せんべいは『ユミル』の中で石像状態だからな。
今となっては、情報生命体みたいなものだと本人も言っていた。
まあ、恋愛に発展するかどうかは本人たち次第で、目がないとは言わないが、普通は難しいだろうな。
───今日くらいは、白せんべいのために泣いてやってもいいんじゃないか?───
俺から言えるのは、それが精一杯だった。




