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本日、四話目。
結果から言えば、俺は敵のスナイパーどもが抑えているビルの真下まで、見つかることなく到着した。
そして、階段を駆け上がりながらカロリーバーをもう一本消費した。
屋上へと通じる扉、それに手をかける。
「このままで問題なさそうだ。増援なしでいい……ああ、経験値を分散させるより、次のヒーローを作る形に持っていこう! 」
「もうちょいで戦闘員は全滅だぜ。そこまでいったら怪人で経験値、稼ぎ放題だな! 」
「ミスリルは容赦ないからな。稼ぎ放題ってほど、時間あればいいけどな…… 」
声が聞こえる。
そうか、正義側の戦闘員は【言語】スキルなくても喋れるのか、などと下らないことを考えながら、少しだけ息を整える。
ゲームの身体だし、[体力]ゲージはまだ残っているから、必要ないのかもしれないが、本能的にそういう動きをしていた。
ゲームに慣れたら、息を整えるなんてしなくなるのかね?
「フィーッ! (死ねやー! )」
ドアを開けると同時に、こん棒を振り上げ、躍り込む。
口からカロリーバーの粉が飛び散り、俺が本来、発せない言語が飛び出た。
「なっ!? 」
とりあえず、目に付いた奴を殴る。
白抜き文字で「15」と出たので、ダメージは与えられるらしい。
ん? 白抜き文字?
おっと、ボタン押し忘れてた。
殴った奴は弾倉交換の最中だったらしく、殴られた拍子にマガジンを落とした。
「くそっ! 戦闘員同士なんて不毛すぎるだろっ! 」
そう言う声は、最初に増援はいらないとか言ってた声だな。
通信に集中していたからか、ライフルを構えていない。
「フィーッ! 〈チャーンスッ! 〉」
下から上に、こん棒を振り上げるように、ゴルフスウィング!
そんな彼は、四階建てビルの屋上から、紐なしバンジーをした。
あ、またスイッチ入れ忘れた。
「なんっ! 敵襲っ! 」
振り向いたスナイパーが、こちらにライフルの先端を向ける。だが、遅い。
腕をそのまま回しつつ、ステップ踏んで近付いて、野球スウィング!
当たる瞬間にスイッチオン!
黄色い文字で「120」の表示。
おお、ダメージが段違いだ。
ちゅいん!
「クソッタレ! 」
「フィフィーッ! 〈危ねぇな! 〉」
最初に殴ったやつがガムシャラに放った銃弾が、屋上の手すりに掠る。
戻って大上段からスイッチオンして、振り下ろし。
ごばんっ! と屋上の床が弾けた。
奴め、転がって避けおった。
「てめぇ! 」
後ろからの声に慌てて、飛び退く。
後ろの戦闘員、主戦場を狙っていたやつが混乱から立ち直ったのか、こちらへと向きを変える。
かちんっ! かちん、かちんっ!
俺の仲間を狩るのに夢中だった上、瞬間的な混乱で凡ミス続出だな。やつのライフルは弾切れだった。すぐさま、そいつの元に走る。
ミラーシェードの奥の瞳が動揺で揺れていることだろう。
「イーッ! 〈往生せいやーっ! 〉」
あ、まともな発音〈? 〉に戻ったな。
「ちょっ……まっ……」
俺のこん棒がヒット!「119」ダメージで、相手が粒子になっていく。
同時に俺の頭に、ピーーー、と音が響く。
レベルアップかな? それにしては味気のない音だ。
そう思うと俺の身体から光の粒子が立ち昇る。
え? なんだこれ? 死亡? 死亡の時のエフェクトがゆっくり出てるのか!?
慌ててステータスを確認する。
MPが0だった。
あ、このゲーム、HPかMPが0になると死亡……
───死亡───
目の前に景色がゆっくり戻ってくる。
「イー…… 〈あっ…… 〉」
まず最初に見えたのは、巨大な虹色に輝く石。ポータル。
それから、周りには俺と同じような格好の全身黒タイツな戦闘員。最初に見た時よりは人数が少ないか。
あと、モニターでは戦闘中の怪人シザマンティスとヒーロー・マギミスリル。
俺と同じような格好の戦闘員たちはそれぞれにモニターを眺めたり、口惜しがったりしていた。
「ぬおぉ……魔石が足らなかった…… 」
「あそこで撃たれなきゃなぁ…… 」
「マギミスリルのパンチ、本当にやべーわ! 何メートル飛んだんだってくらい、やべー…… 」
皆、普通に喋ってるな。【言語】スキルだっけ? 持ってるんだな……。
ただ、口では悔しがっているが、全員少し満足げなのは、これがゲームのお約束というやつだからなのだろうか。
「お疲れ様でした! ええと……グレンさん」
俺に話しかけてきたのは、レオナだ。
だが、心なしか苦笑気味に見える。
「イーッ! 〈ああ、おつかれさん! 〉イー? 〈どうかしたか? 〉」
「ええとですね…… 」
言い淀むというのは、何か俺に伝え辛いことがあるということだろう。
「イーッ! 〈何かまずかったか? 〉」
「その……相手の戦闘員に強襲を掛けたことなんですが─── 」
そこまで言って、レオナは俺に向かって大きく頭を下げた。
「───ごめんなさい! 相手の戦闘員は倒しても経験値にならないんです…… 」
「イー? 〈どういうことだ? 〉」
「ええと、レイド戦、ヒーローと怪人が雌雄を決する戦いのことをレイド戦と呼ぶんですが、この時、怪人側が経験値を得られるのはヒーローにダメージを与えた時、だけなんです─── 」
そうして、レオナの説明を纏めるとこうだ。
・ヒーローと怪人が戦う時、それはレイド戦という特別ルールが適用される。
・怪人側、怪人とその戦闘員が経験値を得られるのはヒーローにダメージを与えた時のみである。
・ヒーロー側は、怪人にダメージを与えた時、戦闘員を死亡させた時に経験値を得る。
・怪人側戦闘員は、復活石に紐付けされた持っている魔石の数だけ、復活できる。
・怪人側はレイド戦開始5分間、転移ポータル利用可とする。
・ヒーロー側は転移ポータルを持っていない。
・ヒーロー側は復活石の利用不可。
なるほど。いかにもなヒーローと怪人が戦うという状況を再現する為にルールそのものがお互いに違うらしい。
このルールでいくと、邪魔なヒーロー側戦闘員を倒しに行くのは効率が悪い。
目の前に居れば、ヒーロー側戦闘員を殴って排除くらいはしてもいいが、わざわざ倒しに行くのは旨味がない。
怪人側戦闘員は復活石のある場所で復活できるのだから、経験値が得られるヒーローを殴るのが最適解。
ヒーロー側戦闘員は遠くから敵を撃ちまくるのが、最適解。
そういうことらしい。
「イー…… 〈じゃあ、俺がやったことは無駄だったってことか…… 〉」
「いえ、推奨されてないだけであって、無駄じゃないです!おかげでシザマンティスさんは、未だに戦えている訳ですし─── 」
レオナがモニターへと視線をやるのに、俺もつられて其方を観る。
「大首領さま、バンザイシザーっ! 」
ちゅどーん!
怪人シザマンティスはマギミスリルの必殺キックを受けて、盛大に爆発した。