396〈side︰あまろ 種〉
『原生区』。
『ガレキ場』よりも植物が多く、隠れやすい場所だ。
「東京アマゾンじゃねえか……」
誰かが言った。
「え、ここ東京?」
「あれってもしかして新東京タワーか!」
「へえ、そうなんだ。東京ってはじめてだから、ちょっとワクワクするかも?」
「アマゾン化してるって設定かよ……」
「やべえ、こういう世界観好きだわ……」
『りばりば』の人たちが盛り上がっていた。
『ガレキ場』の植物が異常繁殖しただけに見えるけれど、違いが良く分からない。
山の方よりも植物が多いな、という印象しかない。
「興奮しているところすまないが、僕たちは隠れ場所を探す身だ。
ランドマーク近くはなるべく避けないとな」
ジョーさんが言うと、みんなががっくり肩を落とす。
「くっ、これだからリアル系ゲームは……」「まあ、いい加減キャンプ暮らしもな……」「憧れの東京は意外と遠い……」
「たしか、原生区は新新エリアの中でも立ち入り禁止エリアとして設定されているはず。
ガレキ場からの繋がりがバレるまで、暫くは安全に暮らせるんじゃないか」
『原生区』はわたしたちにとって未知の情報で溢れていた。
知らない動植物、人の持つ技術体系〈こちらは壊れているものがほとんどだった〉に触れる機会がたくさんあった。
『マギクラウン』の危険はなかったが、別の危険はたくさんあった。
「なんだ、こいつ……ワードッグ?」「おい、こっちにジャガーマンが!」「なんでフィールドのモンスターがいるんだ?」「知るか!」
人の形をした動物たち、もしくは動物に狂気のスパイスを混ぜたようなモノがわたしたちを襲う。
わたしたちは別に無力じゃない。
十全に力を発揮すれば、だ。
『りばりば』の人たち。正しくはプレイヤーというのはグレンさんに教わっていたが、わたしたちより人間に近いので、やはり人と呼ぶが、その人たちは、わたしたちが力を発揮するのを好まない。
本来の人間は、プレイヤーのように戦う力を持たない、もっと無力なものなのだそうだ。
そして、人間を目指すわたしたちを、人間として扱うことで、人間を勉強させようということらしい。
でも……と、わたしは思う。
「わたしは人間じゃない。ネオ人として認めて欲しいの!」
わたしの放った座標爆破がモンスターと呼ばれる攻撃者を弾く。
「なっ……」「おい、俺たちに任せろって!」「どういうことだよ?」
「ゐーんぐっ!〈そういうことだろ!〉」
モンスターたちを倒した後、『りばりば』のジョーさんがわたしの前に立った。
「人間になりたいんじゃなかったか?」
少しぶっきらぼうに放たれた言葉は怒っているようにも聞こえたけれど、そのジョーさんの後ろのグレンさんが、わたしを見て小さく頷いてくれた。
それを見て、わたしの中に小さな力が宿るのが分かる。
それは、実際には何の影響も及ぼさない小さな力だったけれど、わたしの心に強く作用した。
「人間になりたかった。
でも、わたしは人間じゃない。ネオだ。
だけど、ガイガイネンと呼ばれて敵対していた頃のわたしじゃない。
わたしはアダムのために人間になりたかった。
でも、りばりばの人たちから色んなことを教わって、人間の勉強をして思ったの。
わたしは、どうなりたいのかって!
わたしは……ネオ人になりたい。
人の姿をしていても、わたしはネオ以外の何者にもなれない。
だから、人と共存できるネオになりたい!
わたしは、わたしとして生きたい!
それが、アダムの言った、強く生きることだと思うから!」
「いや、無理言うなって……」「そうだよ。人間は俺たちみたいな寛容なやつばっかりじゃないんだぞ!」「気持ちは分かるけど、それはちょっと……」
「人は、自分で責任を持てる以上、好きに生きていいって聞いたの。
わたしが、わたしとして生きるために、わたしはネオ人になりたい!」
わたしは必死に訴えかけた。
それをジョーさんは、ひとつずつ真っ直ぐに受け取ってくれた、と思う。
「うん……そうだな……それは全ての命に共通する権利でもある。
ただ、厳しいことを言うが、あまろ、君はネオである前に、ガイガイネンだ。
ガイガイネンと人間のあいだには、不幸な歴史が横たわっている。
君たちは、知らなかったこととはいえ、人間を殺しすぎた。
まだ、その歴史を忘れるには早すぎるだろう」
「そんな……」
「だから、いつか来るその日のために、何ができるのか、それを一緒に考えないか?」
わたしは、一も二もなくその提案に飛びついた。
その夜、わたしたち最初の五人は、手を繋いだ。
少しでも人間らしく生きるために、普段のコミュニケーションは言葉を使っているが、本来のネオとしてのわたしたちは触れ合うことでコミュニケーションを取る。
この方が、考えていることが直接伝わる。
がど︰ネオ人か。俺は反対だな。アダムが望んでいることとは思えない。
えくさ︰面白そうじゃん。
しえみ︰殺したって、消えるってことだよね。私は消えたくないな。あまろが消えるのも嫌だし……。
あまろ︰グレンさんは好きに生きろって言ったよ。
がど︰グレンさんは、アダムのコピー元の一人に過ぎない。アダムは強く生きろと言ったんだ。好きに生きろとは言ってない。
あまろ︰強く生きるためにも、わたしたちがスキルや本来の力を使うのは、必要なことじゃないかな?
しえみ︰でも、その本来の力が人間を殺しちゃったんでしょ。
べねむ︰アダムは我らの自由意志を尊重こそすれ、嫌がることはないと推測する。ただ、不用意に我らが消えてしまうような行動をするのは、望まないだろう。
ただ、我らは個々が本体となったことを考えるべきだ。
種としての生存を図るなら、自然淘汰に耐えうるよう、多様性を認めるべきだと考える。
えくさ︰べねむにさんせーい! それぞれが好きなように強さを求めればいいじゃん。ダメなら帰って大地に繋がればいい。次の五人が間違えないのが重要だろ。
がど︰アダムは俺たちを受け入れるだろうか?
裏切られたと考えて、失望するかもしれない……。
しえみ︰アダムに嫌われるのはいやだな。
えくさ︰しえみは嫌なことばっかりだな。もっと面白いこととか見ればいいのに。
しえみ︰だって、私とあまろは一番、弱くて、スキルだってちょっとしかないんだよ。がどはコピー元のプレイヤーがいるし、星五のスキルが使える、べねむだって、えくさだって私たちよりスキルとか持ってるでしょ。
えくさ︰そのあまろが自分の道を最初に決めたんだぜ。好きなものとかないのかよ?
しえみ︰私はアダムも、この五人もずっと仲良くいられればいいなって……。
べねむ︰それも道のひとつと考える。我らの視線は外向きな中、内向きな視線を持つことも多様性のひとつと考える。
えくさ︰そうか、違くていいんだもんな。
がど︰ああ、それぞれがそれぞれの道を進めば、それが種を残すための多様性になるということか。
わたしたちは繋がることで違いを知った。
そして、その違いを認め合うことでまたひとつになれた気がする。
いつだったか、グレンさんが撒いていた野菜の種の話を思い出した。
強い種がひとつ、芽を出せばいい。
そんな願いを込めて、種を撒いていた。
わたしたちはこの世界に撒かれた種だ。
追い求める強さは違っていい。
いつか、誰かが花開くことを願って。




