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386〈終わりの白せんべい〉


 動かないかもしれない。

 そう思ったが、それは杞憂に終わった。

 床の間に隠されたボタンを押すと、小さく、カタンと音がして、襖が開く。

 先程まで布団が入っていた押入れに、エレベーターが着いた。


 見たことのある景色だ。もちろん家具の配置など変わっているが、俺が逃げ出した時の景色だ。


「ゐーんぐっ!〈いってくる〉」


 俺はエレベーターに乗り込んだ。

 扉が閉まる。


「わたしも行くです!」


「ゐーんぐっ!?〈あ、おい!?〉」


「ここにグレンさんを連れて来た責任があるです」


 このエレベーターは地下と地上、それだけのためのエレベーターで、途中で止まることも戻ることもできない。

 時間を考えると、かなりの長距離を移動しているはすだ。


 今、下がどうなっているのか分からない。

 軍の管制下にあるのか、それとも……。


 エレベーターが止まる。

 俺は、ばよえ〜んを庇うように前に出る。

 扉が開く。


 百年後、この部屋は住人のいないまま置き去りにされた部屋になっていた。


───待っていたよ、グレン───


「ゐーんぐっ?〈白せんべいか?〉」


───僕たちのところへ───


 脳内アナウンスが流れると同時に、ガチャリと地下内部に続くロックが外れた音がする。


「行くです」


 ばよえ〜んが歩き出す。

 それを俺は慌てて止めた。


「ゐーんぐっ!〈あ、ばよえ〜ん。悪いんだが、ここで待っていてくれないか〉」


 俺の言葉に、ばよえ〜んは首を横に振る。


「わたしも呼ばれたです」


 呼ばれた?


 そう考えていたら、ばよえ〜んは俺を無視するように歩き始めてしまった。


「ゐーんぐっ!〈あ、おい!〉」


 慌てて、ばよえ〜んの後を追う。


 呼ばれた……ざわざわと俺の背中を嫌なものが這っていったような感じだ。

 二度あることは三度ある。

 今まで、玉井、白せんべいと見送って来た俺は、嫌な予感が拭えない。


 俺は声を限りに叫んだ。


「ゐーんぐっ!〈おい、玉井、白せんべい、聞こえるかっ!〉」


───叫ばなくても聞こえるよ。大丈夫───


「ゐーんぐっ!〈なあ、ばよえ〜んはどうなる? まだ小学生だぞ。今の生活の中に守らなきゃいけないものがあるんだ!〉」


───ああ、システムに組み込まれるかもって心配しているんだね。ユミルたちも理解している。大丈夫だよ、君を怒らせるようなことはしない───


「ゐーんぐっ?〈じゃあ、なんで、ばよえ〜んを呼ぶ?〉」


───彼女は紡ぎ、裁ち切る者に選ばれた、観測者だ。

 グレン、君が掴み取る未来を生きる者。

 そして、僕たちと君を結び付ける糸でもある。

 システムになった僕たちは、君たちと自由に話せない。

 でも、彼女が選び、選ばれた『運命の三姉妹(ノルニル)』を介してなら、少しだけ話すことができる。

 その方法を知るために彼女は来てくれたんだよ───


 くそ、相変わらずよく分からない回答だ。


「ゐーんぐっ!〈だから、バカに分かるように話せ!〉」


───簡単に言えば、電波の中継器さ。僕たちの声は地下まで来ないと聞こえない。でも、彼女なら僕らの声が聞こえる。僅かだけどね。

 もちろん、こんな普通に話せる訳じゃない。

 僕らが話せるのは断片的で圧縮した情報にするしかない。

 それでも、必要なんだ───


「ゐーんぐっ!〈つまり、お前らが話したいことがある時は、ばよえ〜んに信号が来るから、そうしたらまた、ここに来ればいいってことか!〉」


───ううん。たぶん、こうやってまともに話せるのは、これが最後だよ。あの知識欲の塊がここに来る前に、僕らはまたここを封印シールしなきゃならない。物理的にね。

 でなければ、このシティエリアは彼らの物になるだろう───


 そうだ。俺がこうやって地下に来られたのなら、『マギクラウン』もまた同じように来られる可能性はある。

 この地下空間、つまり人工海上浮遊都市の中枢は、今は無人で動いているということか。


 ばよえ〜んが中枢区画の扉の前に立つ。

 扉が開いていく。

 中には玉井と白せんべいを思わせる彫刻のような身体が浮き出た溶岩の柱が立っている。


「……うん、やれるです。世界のためなんです……」


 たぶん、ばよえ〜んは玉井の脳内アナウンスと話している。

 ばよえ〜んがずかずかと中枢部に入って、柱に触れる。

 柱から、光のモヤのようなものが、ばよえ〜んに流れるのが見えた。


「……すごいです。まるで、正義の味方みたいです……えっ? ううん、それでもやっぱり、私にとっては正義の味方です!

 クスクス……たしかに、それはそうです……」


 何やら、ばよえ〜んが笑っていた。

 普通に友達と会話しながら、自販機で飲み物を買ったような気軽さで中枢から出てくると、中枢に続く扉は一瞬で閉じた。


 は? しばし、呆然と俺は立ちすくむ。


───終わったよ───


「じゃあ、帰るです」


 ばよえ〜んが俺の手を取って引っ張る。


 終わり? なんだ? また、俺が見なきゃいけなかったとか、そういうことか?

 いや、とにかく、ばよえ〜んは柱に取り込まれたりしていないんだ。今はそれが重要だ。


───グレン、君が選ぶなら、僕たちはそれに従う。それだけは覚えておいて……それが、終焉の巨狼の役割だから……───


 『フェンリル』のことか。いや、そもそも、なんで俺なんだ?

 そういう、決定的な決断をくだす役割はSIZUじゃないのか?


 考えている内に、元のエレベーターの前に来てしまった。


───それじゃあ……うん、じゃあね!───


 俺たちは明るく送り出された。

 乗り込んだエレベーターの扉が閉まる。


 後になって気づくのだ。

 『それじゃあ、また』ではなく、『じゃあね』だった。

 そんな単純なことに気づかない俺は、やはり、バカなのだった。



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