385〈夢見〉
山の中腹、赤い鳥居の連なりを抜けると小さな祠があった。
せっかくなので、二人でお参りをしておく。
すぐ隣りに大きな建物がある。
社務所という訳ではないようなので、気になって表に回る。
旅館?
「いらっしゃいませ……」
玄関を掃除していたおじさん従業員が深々と頭を下げる。
「ご予約はおありでしょうか?」
俺は首を横に振る。
「左様ですか。お部屋、空いてますのでご案内できますよ」
俺はばよえ〜んを見る。
「ここ、だと思う……」
まあ、実際に泊まるほどの時間は『リアじゅー』で過ごせないが、中に入るためには宿泊が必要だ。
カウンターに進むと、簡単な地図と料金表のようなものを見せられる。
ここは新館で、他に別館と旧館があるようだ。
「広いお庭が一番、近くで見える部屋ってありますか?」
「それでしたら、こちらの旧館のお部屋になりますね。
庭園はウチの自慢ですから、いちおう、どちらの部屋からも見られるようにはなっておりますよ」
「わ、高い……」
旧館は一泊十万ゴールドほどか。
最高級ホテルのスウィート並の値段だが、俺には問題ないな。
なるべく優しく、ばよえ〜んの頭を撫でてやって、任せろという風に頷く。
ふっ……一本で数十倍の値段のヴィンテージワインを空けたり、天まで届くシャンパンタワーを作るのに比べたら、ばよえ〜んと過ごす二、三時間に払う十万ゴールドの方がよほど建設的だ。
俺たちは一泊十万ゴールドの旧館の部屋をとる。
「どうぞ、こちらが創業百年、当旅館自慢の庭園が正面から一望できる部屋になります。
お食事はすぐお持ちしますか?
温泉はお部屋の中と、旧館の外れにございます。
大浴場は新館に向かっていただいて、右手にございます。
どちらも何時でもお入りいただけますので、どうぞ」
ひと通りの説明をして従業員が下がる。
ここは一部屋という括りだが、間仕切りでいくつもの部屋に別れている。
和室が三つに、洋室二つ、家族風呂が洋風、和風と二つある。
中央の和室が一番大きく庭が見える造りになっている。
「わあ……すごいです……」
枯山水というのだろうか。小さな滝と池と小川、玉砂利が地面に敷き詰められて、緑が目に鮮やかに入って来る。
華の鮮やかさではなく、緑と茶色と白のコントラストが想像力を掻き立てる世界だ。
カコーン!
鹿おどしが雑音を振り払うように鳴った。
なぜか、俺はこの庭を見てドキドキしていた。
それが、竹が岩に当たる音と共にクリアになった。
俺は、この庭を知っている。
形は少し違うが、見たことのある庭だ。
だが、微妙に違う。
鹿おどしの音色に弾かれるように、他の部屋の見聞を始める。
たしか……そう和室だった。
俺は現実のこの旅館から逃げ出したのだ。
襖の中にエレベーターがあった。
そのエレベーターにボタンがなかったのは、地下と繋がる直通エレベーターだからだ。
つまり、エレベーターの呼び出しボタンは外にあるはずだ。
「ど、どうしたの?」
「ゐーんぐっ!〈ばよえ〜んがここに連れて来た意味が分かった気がする!
たぶん、どこかに秘密のボタンがあるはずだ!〉」
「秘密のボタン……うん、探してみるね!」
ばよえ〜んは俺の言葉に、素直にボタンを探し始める。
それを見ながら、ばよえ〜んにも超能力発現の兆候が出ているんだろうか、と考える。
ばよえ〜んからは、家族や親戚、友達の話を聞いたこともあるので、もし超能力が発現しても、Bグループに捕まえられる可能性は低いだろうが、早めに隠すことを教えないといけないかもしれない。
俺はボタン探しをしながら、ばよえ〜んに話しかける。
「ゐーんぐっ?〈なあ、もしかしてなんだが、現実の日常生活の中で、未来の夢を見たりすることはあるのか?〉」
「うん、テストの答えが見えたり、晩ごはんに何が出るか分かったりするです!」
えっへん! という感じで、ばよえ〜んが胸を張る。
「ゐーんぐっ?〈それ、家族に言ったりするか?〉」
「ううん。言ったらダメなのです。たまに言いたくなるけど、言おうと思うと嫌な感じになるから、言わないです」
ばよえ〜んの持つ『ノルニル☆☆☆☆☆』は未来予知する神々のガチャ魂だったはずだが、まさか、そこまで見えるのか。
「ゐーんぐっ?〈そういえば、俺には言って良かったのか?〉」
「言わないでいるとダメな感じがするから、大丈夫なのです」
言った方がいい夢もあるということか。
「ゐーんぐ〈そうか……その感覚を大事にしていれば大丈夫かもな〉」
「うん? はい、大丈夫です!」
ばよえ〜んは良く分かっていないなりに、分かっている返事を返してくる。
俺は、なんとも言えず、ただ、ばよえ〜んは大丈夫だと考えて、微笑んだ。
ボタンは簡単には見つからない。
だが、考えてみれば、家具などにボタンはついていないかもしれない。
百年経っているのだ。
木製家具などは、さすがにデザインなどもあって替えるだろう。
そうなると、押入れの上の天袋や梁、又は床の間辺りだろうか。
「あ、ここ動くです!」
床の間の花が飾られた花瓶を退かした後の板材が動く。
ボタンだった。
俺は、ばよえ〜んとふたり、頷き合ってそのボタンを押すのだった。




