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最近、『りばりば』はシティエリア『観光区』にポータルを設置できたらしい。
『りぞりぞツーリスト 観光区支店』から、ひょっこりと顔を覗かせる。
『観光区』のちょうど真ん中辺りだが、ここは寂れた駅と二階建てのビル、やけに広いバスロータリーがあるくらいで、観光地に行く途中という雰囲気が強い。
ロータリーから少し離れたところにある『りぞりぞツーリスト』から出た俺とばよえ〜んは、親子のように手を繋いで歩く。
「ゐーんぐっ?〈それで、どこが目的地になるんだ?〉」
「えっと……緑の二本線のバス……あ、アレです」
バスは箱津温泉郷という場所に向かうもので、他の乗客は三名ほど。
バス自体も大きなものではなく、定員十名のマイクロバス。しかも、自動運転になる前の年代物のバスだ。
趣きがあるといっておきたい所だが、少し錆が浮いた姿は、オンボロバスと呼ぶべきだろう。
ただ、エンジン音などから察するに、中身はかなり手を入れているのだろう。
昔の血が騒いで、俺は少しだけ、わくわくした。
小さな負荷が掛かる度、窓から外を眺めるばよえ〜んの頭が揺れる。
今の車じゃ味わえない負荷は、ばよえ〜んのお気に召したようだ。
曲がりくねった山道を進む時に、なんとなく楽しそうにしているのが分かる。
「いやぁ、道がこれなもんで、すいませんね……」
運転手の法被を着た男が、少し大きめの声で謝ると、前の方の席に座っていた乗客の男が答える。
「いやあ、情緒っていうのかね。なんとも良いじゃないか、レトロ感があって」
どうやら、レトロ感を出すために、わざとやっている節がある。
バスは山間の海に面した小さな郷へと入って行く。
温泉地らしくあちこちから煙が立ち上り、硫黄の香りが漂って来る。
川辺りに溜まった湯の花がたしかに情緒を感じさせる。
バスが止まる。
「「「いらっしゃいませ、箱津温泉郷へようこそいらっしゃいました!」」」
停車場でそれぞれの宿の法被を着た従業員らしき人たちが一斉にお辞儀する。客たちはそれぞれ宿を予約しているであろう従業員の場所に向かって歩いて行く。
俺は小さな声で、ばよえ〜んに聞く。
「ゐーんぐ?〈ここからはどうする?〉」
「えっと……」
俺はノリと勢いだけでここまで来てしまったので、ようやく核を持ちっぱなしなことに気づいて、思わず辺りを見回す。
歓迎の従業員の一人と目が合った。
「失礼ですが、本日の宿はお決まりでしょうか?」
ばよえ〜んは、必死に辺りを見渡して考えている風で、良く分からない。
俺は、とりあえず片手で間に合っているというようなジェスチャーをしながら、愛想笑いをしておく。
従業員はそれで頭を下げて、引き下がった。
「たぶん、こっちです……」
ばよえ〜んに手を引かれて歩く。
ばよえ〜んも場所を理解している訳じゃないのか?
良く分からないまま、俺はばよえ〜んについていく。
「ゐーんぐ?〈お、ソフトクリーム売ってるぞ、食べるか?〉」
「今はいらないです」
なんだろうな……観光に来た訳ではなさそうな雰囲気だ。
だが、何をしたいのかが良く分からない。
本人は至って真面目な雰囲気で、どこかを探している感じだが、これでは手助けのしようもない。
仕方がないので、俺はひたすらに歩くことにした。
おや? さっきのソフトクリーム屋だ。
「ゐーんぐっ!〈ばよえ〜ん、ソフトクリーム食べよう!
何を探しているのか分からないが、一度立ち止まってちゃんと辺りを見回すことも必要じゃないか?〉」
そう言って、俺は無理にばよえ〜んをソフトクリーム屋に連れていった。
ばよえ〜んは抹茶、俺は温泉水バニラという温泉水の氷の粒が入ったソフトクリームにした。
ふわっとして、じゃりっとして、ううむ……ご当地グルメなんだろうが、なんとも微妙な味わい……。
「最近、夢を見るんです……」
ばよえ〜んが抹茶ソフトを食べながら言う。
「そこにはグレンさんとグレイトにゃー先生とシシャモさんが居て、私は遠くから見てるだけの夢……怖くて、でも、どうにもできなくて……」
「ゐーんぐっ?〈何が怖いんだ?〉」
「三人が世界を呑み込んじゃうんです」
「………… 」
グレイトにゃー先生は、SIZUだよな。
つまり、フェンリルとヨルムンガンドとヘルか。
北欧神話だ。
そういえば、ばよえ〜んは『ノルン』のガチャ魂持ちじゃなかったか?
もしかして、ガチャ魂酔いか?
「ゐーんぐ?〈なあ、それって現実での話か?〉」
「よく、分からないです……ただ、グレンさんを見てると、頭の中に変なイメージが浮かんできて……今日、ここに来たのも、そこにグレンさんを連れて行かなきゃって思ったんです……」
「ゐーんぐ?〈観光区にか?〉」
「えっと……赤い門みたいなのがあって……その近くの……あ、あったです! あれ!」
山の中腹に赤い鳥居が連なっている。
お稲荷様だろうか。
俺たちはそこに向かって、歩き出すのだった。




