381〈はじめてのドラゴン〉
その日の夜、静乃に書いたレポートには、霧雨の話とにこぱんちとの経緯を書いた。
白せんべいがいなくなった穴を埋めるべく、現実で『グレイキャンパス』をやっている面々は、情報収集やその分析に力を割かなくてはならなかった。
そして、他の面々が『リアじゅー』に入る時間が減る中、静乃はひとり『リアじゅー』の『グレイキャンパス』を使って、種を撒き続けていた。
『ガイア帝国』と『マギクラウン』のパワーバランスを調べ、どちらが勝っても、現実への影響を最小限に留めるべく、あちこちで工作を行う。
そのため、最近ではすぐに返信があること自体が稀になってきた。
静乃はそろそろ大学進学のための勉強などを進めなくてはいけない時期に来ているが、そもそも『リアじゅー』世界が百年後の未来だとしたら、普通の勉強は意味がないと言って、『リアじゅー』に入り浸っている。
あの未来になる過程には、戦争なのか、隕石落下なのか、バイオハザードなのか分からないが、何かしらがあったはずで、それに備えるための勉強が必要な気はするが、あまり聞く耳を持たないからな。
───まずはどういった過程を辿って、人が住む場所が巨大浮遊都市である『ガイア』や『ユミル』に限定されてしまったのか、それを調べるのが先でしょ───と言われてしまったら、ただ勉強しろ、と言うのは間違っている気がしてくる。
『シティエリア』で歴史を探ろうとしても、まるでその痕跡は見当たらないしな。
これは諸外国の動きにしてもそうだ。
過去や諸外国の動きというのが、俺たちプレイヤーには、一切入らないようになっている。
そして、今までは、そもそもそれらのことに疑問を抱くことすらなかったのだ。
『リアじゅー』というゲームのために作られた街に、そういった物は不要だったからだ。
ある意味、そういった情報がないからこそ、俺たちは『リアじゅー』に安心していたとも言える。
本物そっくりだが、どこかにある歪さを感じて、これがゲームだと思える。
完全に現実と同じだと考えれば、プレイヤーは帰ってこられなくなるやつが出て来ていたはずだ。
そう考えると、俺たちプレイヤーは連続した時間を『リアじゅー』で過ごしているように感じているが、あちらは時間の感覚が一定していない。昼状況、昼状況、昼状況と続いて、たまに朝だったり、夕だったり、夜だったりする。
これもプレイヤーにゲームだと感じさせるためのギミックかもしれない。
VRを通じて、『リアじゅー』世界を体験しているが、それが百年後なのか、百一年後なのか、わざとシャッフルした時間に飛ばされている可能性がある。
まあ、原理は皆目見当もつかないが。
軽くひと眠りして、朝方に静乃からの返信が残っていることに気づく。
───ガイアの情報、ありがとう!
それから、尾上さんのことね。たしかに私も敵にしたくはないけど、グレちゃんが懸念するのは、仕方ないと思う。
私も、グレちゃんのことを教えてくれたりしたのは感謝してるけど、まだ信用できないかな……。
スターレジェンズの殲滅に使われたのは大量のデザイナーズチャイルドたちだし、立場によって正義は変わるものだから。
それに、尾上さんが自分の信念を曲げて協力してくれるとは思えない、かな───
信念か。
正しいことを正しい方法で変えられると思っている尾上さんは、軍部の良心といっても過言ではないが、したたかさに欠ける。
頼みとするには、あまりにも脆弱だ。
俺が、俺たちが悪の組織を名乗る以上、どうしても相容れない部分が出てしまう。
敵にしたくはないが、仲間にはなれない。
それが俺たちの出した決断だった。
静乃に、勉強しろとは言えないが、学校は行けという旨の返信だけして、俺は基地内のトレーニングルームに向かうのだった。
永遠に『リアじゅー』の中に居る訳にもいかず、仕事もない。
これから、囚われた『スターレジェンズ』のメンバー救出を考えると、トレーニングは必要なことだった。
それが終わると、朝食を食べながら朝の配信ニュースチェックだ。
新型バイオドローンのニュースが流れている。
完全機械式のドローンから、よりフレシキブルな判断をして生活に潤いをもたらすべく開発された人工ペット。
そういったものが開発されたらしい。
名称は『ドラゴン』。
よりドラマチックな世界へ行こう! という宣伝文句で紹介されたソレは、どう見ても合成獣だ。
人間の言語を理解し、ペット兼A.I.アシスタントといった立ち位置の製品になる予定らしい。
───ドラゴン、電気つけて!───
子犬くらいの大きさのウロコではなく、フサフサした毛を持つドラゴンが、あぎゃあぎゃ言いながら、電気をつけに行く。
ただのA.I.アシスタントよりも温かみがあり、ただのペットよりも便利。デザイン色々、大きさ様々、新しい人間の家族になれる存在として鋭意製作中らしい。
だんだんと実生活に侵食してくるファンタジーに、俺は少しだけ嫌な感じを覚えるのだった。




