380〈ふたたびのにこぱんち〉
にこぱんちにも、トマトをひとつもいで渡した。
「ゐー……〈俺は死んだんだ……〉」
「でも、ここにこうして居る……」
「ゐー……〈超能力者だからな……〉」
「何……?」
トマトをもうひと口齧って、にこぱんちの反応を待つ。
傍から見ても、あからさまに動揺しているのが分かる。
「それは、現実で超能力が使えるという意味か?」
「ゐー?〈まあ、そうなる。……俺のことを探してくれたんだろう?〉」
「当然だ。自分は友が謎の失踪をしたから、そっとしておいてやろうなどと言う、達観は持ち合わせていない」
やはり、にこぱんち、いや、尾上さんはいい人なのだ。
「ゐー……〈簡単に言うと、俺は尾上さんと仕事で会ったあの日から、ほんのひと月くらい前まで、第二一○部隊に捕らわれてました。
持っていたのが死んでも復活できる超能力だったので、とある集団に助けられるまで、俺は毎日、殺されていました〉」
「いや……え……それが本当なら拉致監禁どころか、拷問じゃないか!」
「ゐー〈まあ、噂が本当だったというだけですから〉」
「うっ……」
そうBグループには常に黒い噂がつきまとっている。
噂がすべて現実だったとは、思いたくないのだろう。
にこぱんちが一点を見つめて動かなくなる。
それから、凄い勢いでトマトにむしゃぶりついたかと思うと、喉を鳴らしてソレを飲み込む。
「なあ、俺は第二一○特務部隊を訴えようと思う。
証人として協力してくれないか?」
「ゐー……〈すいませんが、それはできません……〉」
「何故だ?」
「ゐー〈無駄だからです。俺の死亡届、見ましたよね。あれは本物です。つまり、Bグループの行動はもっと上の権力によって支えられている行動ですよ〉」
「だが、日本は法治国家だ!」
「ゐー……〈その法を捻じ曲げられるだけの力が働いているんですよ。それに、そもそも証言台に立てるかも分からない……〉」
「大丈夫だ、自分が神馬さんのことは命にかえても守る!」
「ゐー!〈それで、尾上さん、あんたが死んだら誰があいつらを訴えるんですか?
それに、証言台に立つのなら、俺は仲間を売ることになる。そんなことしませんよ〉」
「仲間……」
「ゐー!〈俺を助けてくれた集団です。彼らのことも話さなくてはならなくなる。
黙っていましたが、俺はその集団の人間なんですよ!
野蛮な悪の組織のね〉」
「スターレジェンズ……」
「ゐー……〈その組織はつい先日、壊滅させられたじゃないですか。しかも、嘘まみれの中で……〉」
「待ってくれ。君はスターレジェンズではないのか?
それに、嘘まみれとは?
何か知っているのか?」
「ゐー!〈死者の数、何故死んだのか、テロリスト殲滅の名のもとで行われたのは、新しい超能力者狩りです。七十名以上が捕まって、超能力実験と称した情動操作による洗脳と拷問を用いた能力開発をされています。
超能力者は悪ですか? 人権を持たない兵器として利用されるだけの道具ですか?
気づいたやつは、いち早く動き出してるだけです。
今後、超能力者はもっと増えますよ。
たしか前に言ってましたよね?
プライベートでリアじゅーをやっていた軍人たちが、Bグループに次々と編入されていって、彼らのプライベートが消されてるって……〉」
「うっ……それは……」
内緒にしてくれるはずじゃないか、という様な恨みがましい目で見られるが、にこぱんちはBグループにかなり近しい位置にいながら、内実をほとんど知らないようなので、はっきりさせておくべきだと思った。
「ゐー!〈超能力者の持つ力のほとんどは、リアじゅーが元なんですよ。
Bグループ……いえ、五杯博士はそのことに気づいてしまった。
だから、マギクラウンが作られ、プライベートプレイヤーの軍人たちが集められた〉」
「……では、VR内での訓練という名目すらも嘘だと……」
「ゐー……〈おそらく……〉」
俺は喉の渇きをトマトで潤す。
赤い実が潰れ、中の液体が溢れんばかりに俺の手を汚していく。
「それが事実だとしたら、やはり訴えるべきではないですか?
もちろん、身の安全は保証します。
国が間違えているのなら、その間違いは正しい方法で正されるべきです……」
「ゐー……〈もう、無理ですよ……。その段階はすでに超えてしまった……〉」
俺は果汁で汚れた手を乱雑にズボンの裾で拭うと、立ち上がった。
「ゐー!〈さて、俺はもうひと仕事やってから帰ります。
あ、なるべくならBグループと関わらないでください。
尾上さん、あなたと戦いたくはないんで……〉」
友人とは、という言葉は飲み込んだ。
今まで尾上さんが俺ならばと、教えてくれた情報を俺は利用していたのだ。
今更、友人面されても迷惑だろう。
にこぱんちはその場に座り込んだまま、動けなくなっていた。
俺は、わざと無視するように畑仕事に没頭した。
そうして、顔を上げた時、そこに、にこぱんちの姿はなく。
まあ、当然だと、自分に言い聞かせて、俺はログアウトするのだった。




