372〈引越し〉
病院に戻ったおじいちゃん先生は、真っ先に矢崎の処置を始めてしまった。
正直、いつ軍の奴らに踏み込まれてもおかしくない状況で、人の心配をしている場合かとも思うが、こういうのを放っておかない性格だからこそ、おじいちゃん先生なのだ。
俺は基地で待っていた会長におじいちゃん先生の補助を頼んで、病院の屋上から一人、外を睨みつける。
もし、軍のやつらが襲って来たら、全員殺してでもおじいちゃん先生たちを守る。
そう思って、俺は外の道を見張る。
俺の手はすでに汚れている。
一人殺せば、二人も三人も同じだとは言わないが、忌避感が薄れているのは認める。
だが、結局この日は軍の奴らが襲って来ることはなかった。
翌日、おじいちゃん先生は身辺整理を始めた。
俺とおじいちゃん先生の関係がバレた以上、病院で働くのは無理だった。
元々、おじいちゃん先生は引退を考えていて、それを無理に引き伸ばしていたのだが、これを機に本格的に引退することになった。
「さすがに病院を襲うとは思えないけどにゃー」
入院患者も多い。
わざわざ、おじいちゃん先生が遠出した時を見計らって接触してきたことからも、奴らは病院にまで手を出したくないのは分かる。
まあ、だからといって、病院の人たちを盾代わりにするのは、おじいちゃん先生の望むところではないだろうからこその引退なのだろう。
おじいちゃん先生は、助けた他の人と一緒に、会長の用意した『作りかけで放棄されたホテル』に引越すことにしたらしい。
あちらはあちらで、新しい秘密基地として魔改造が始まっているので、おじいちゃん先生の超能力研究はそのまま続きそうだ。
矢崎は現在も入院中で、極度の失血で一時は危ぶまれたが、どうにか峠は越えた。
現在は意識が戻るのを待っている状態だ。
俺はまだしばらく、この病院地下の秘密基地で生活することになる。
なんだかんだで、主要メンバーが集まるには、こちらが便利だ。
太ったイケメンこと、響也が病院地下の秘密基地から、スキルを使ってトンネルを作った。
病院は監視されていると考えて、安全で病院に迷惑をかけない出入口が必要になったのだ。
おじいちゃん先生の引越しが終わり、新しい出入口ができた。
ここまでで一週間。
俺は毎日のように病院の監視者を探していたが、残念ながら見つけることは叶わなかった。
前回と違って『リアじゅー』の仲間には、暫く休むと連絡を入れたので、問題はないはずだ。
考えてみれば、おじいちゃん先生は現役医師として、ホームページなどに勤怠情報は載っていた。
なにも四六時中、監視する必要はなく、休みの日だけチェックして、その時だけ監視する形で良かったはずだ。
なにしろ、それまでのおじいちゃん先生は、そこまで重要視されていなかったのだ。
一週間が徒労に終わった。
そして、新しい出入口を使って、久々に現実の『グレイキャンパス』主要メンバーが集まろうという時に、全員の元に静乃から緊急の連絡が入った。
『リアじゅー』内で、『ガイア帝国』と『マギクラウン』の『ラグナロクイベント』が始まったという話だった。
大規模レギオン同士の戦争イベントをすっ飛ばしての『ラグナロクイベント』。
これは計算外だ。
静乃ですら、予想していなかったらしい。
「最近、マギクラウンが他のレギオンにケンカを吹っ掛けることもなくなって、安定してきたと思った矢先だったのに……」
極端な偏りを出すことなく、緩やかに魔法文明世界の復権を狙う静乃は、この一週間、『マギクラウン』の誰彼構わずケンカを吹っ掛ける動きを警戒して、『リアじゅー』内で傭兵をやりながらバランスを取ることに終始していた。
そのバランス取りがひと段落して、今日はその報告会の予定だったのだが、まさかの『ラグナロクイベント』だ。
それも戦争イベントがないということは、どちらかがポータル位置を割り出して、直接乗り込んだことを意味する。
今までの傾向からして、大規模レギオン同士の『ラグナロクイベント』は、現実への影響が大きい。
俺たちは報告会どころではなく、全員で頭を抱えることになるのだった。




