371
「くっ……血が止まらん!
神馬、ここをしっかり押さえろ!」
おじいちゃん先生に言われるまま、俺は矢崎の動脈を押さえる。
俺はようやく『全状態異常耐性』が働いて、内臓の出血が止まった。
俺は死んだところで復活するんだ。
おじいちゃん先生もそれを理解しているので、俺に忖度はしない。
それは、ある意味、今まで診てきた上での信頼だ。
移動する車内、自動運転で逃げながらの応急処置だ。
「死ぬなよ、矢崎くん!
君が会いたい人が待ってるぞ!」
くそ、なんで俺は他人を癒せるスキルを持っていないんだ。
自分を超回復させる『狼人間』と自身の死亡時、二十四時間後に完全再生する『金山羊』はあるのに、他人に対してはあまりにも無力だった。
だが、おじいちゃん先生は引退間近と言えども現役の医者だ。
テキパキと応急処置をしていく。
「今は血を止めるだけしかできん。
道具もない設備もないでは、弾も取り出せない。
なんとか保ってくれればいいが……」
「なんでだよ、おじいちゃん先生、医者だろ!
なんとかできてるんじゃないのかよ!」
「メスもない、針と糸もない。
こんな状態で弾の摘出なぞできるか!」
なんだよ、おじいちゃん先生、医者ならいつでも道具くらい持ってるんじゃねえのかよ!
くそ……何か、何かないか……。
「ゐーんぐっ!〈【ベアクロー】!〉
これは使えるか?」
俺はスキルの爪を見せる。
「バカを言うな! どれだけ鋭くても肉を抉るようなものが使えるか!」
くっ……ダメか……。
後は俺ができることと言えば、状態異常を掛けるくらいで……。
「はっ!?
ゐーんぐっ!〈【満月蹴り】〉」
俺はMPを操って、打撃力を最小にしたエネルギー弾を足先に出して、こつん、と矢崎に当てる。
『魔力酔い』と『もちもち』の状態異常を与える。
それまで苦悶の表情を浮かべていた矢崎の表情が少し和らぐ。
『魔力酔い』は感覚を鈍らせる効果がある。
痛みは多少、和らいでいるはずだ。
「何をした? 急に肌の質感が……」
「魔力酔いと、もちもちの状態異常だ」
「もちもち……おい、ここも押さえておけ!」
俺はパンツが破れるのも構わず、蠍尻尾を伸ばして、言われた場所を押さえる。
もちもちだから、ぐにょ〜んと尻尾が沈み込む。
おじいちゃん先生が傷口を、ぐにょ〜んと開いた。
「よし、取れるぞ!」
おじいちゃん先生が俺を見る。
「おい、さっきの爪だ! それと炎の翼!」
「お、おう……」
決して広くない車内で、翼を出すのは窮屈だが、言っている場合じゃない。
俺は『ベアクロー』と『炎の翼』を出す。
「その爪を焼いて、消毒しろ!
傷口を開くから、消毒した爪で弾を取れ!」
「マジか……」
「大マジだ……」
思いのほか、本気の顔だ。
「言祝ぐものなり!」
俺は【言霊】で成功を祈りながら、爪を焼く。
不思議なもので、普段は背中から出ている『炎の翼』は燃えて見えるが肌を焼くようなことはないのに、意識すれば俺の爪は、ジジジッと音を出して赤熱する。
『サーベルホワイトベア』の爪は、『雪の女王』によって作られた魔法生物らしく普通の爪ではない。
その性質は『リアじゅー』内で扱う魔法金属に近いようだ。
おじいちゃん先生に言われるままに、弾を摘んで抜く。
「よし、次だ!」
全部で十二発。数発、危険なところに弾があって、絶対に動脈を傷つけるな! と注意されたりもしたが、どうにか弾を抜けた。
縫うことはできないが、服を切り裂いた臨時の包帯で保護まではできた。
敵が追ってくる気配もない。
五杯博士があの状態で、指示が滞っているのかもしれない。
骨振動の無線で会長と連絡を取って、車を何度か乗り換えて、こっそりと病院地下の秘密基地に俺たちは帰るのだった。




