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「おい、なんだお前ら!」


 矢崎が剣呑な顔を男たちに向ける。


「今、話題にしてたじゃないですか。

 我々がくだんの政府機関ですよ」


「なに!?」


 矢崎が動こうとした瞬間、五杯博士以外の二人が突っ込んでいたポケットから銃弾が発射された。


 プシュッ! プシュッ! プシュッ!


 と、恐らく消音器によって抑えられた銃声が何度か響くたび、矢崎の身体が跳ねたかと思うと、矢崎は小さな呻き声を漏らして、ベンチに座ったまま身体を丸めていく。


「矢崎くん!」


 おじいちゃん先生が叫んで、矢崎に覆い被さる。


「五杯くん、なんてことを……」


「超能力者は大抵の場合、発話をキーワードにその力を発します。

 一番、良いのは、発話前に動きを封じること。

 なあに、彼らは優秀ですから、致命傷は避けてますよ。

 今となっては、大事な実験体ですからね」


「立て……」


 三人の内の一人が、おじいちゃん先生の襟首を掴もうと手を伸ばす。


「グレンくんっ!」


 会長の悲鳴のような叫びと同時に、俺は動いていた。


「ゐーんぐっ!〈【雷瞬ラビリニア】! 汚ねえ手でその人に触れるなっ!〉」


「ぐあっ!」


 一般人を装った兵士の一人を弾いて、俺はベンチを背にするように立った。


「おや、実験体九○(キューマル)号……なるほど、僕から君を奪ったのは先輩でしたか……」


「俺を番号で呼ぶな、クソサド野郎……」


 俺はMPを動かして、肉体を『狼人間(ワーウルフ)』のソレへと変異させていく。


「まあ、そういう人間をあてがったのは否定しませんよ。

 能力開発……いや、君を眠らせておく適任者でしたから……」


 カッ! と腹の奥底で何かが燃えた。


 焦るな……挑発だ。


 自分に言い聞かせて、熱を押し込める。


 もう一人の兵士がポケットから拳銃を抜いた。

 俺の登場で、なりふり構わなくなったようだ。


 一撃死だけ防げればいい。


 頭を腕で守り、消音器付きの銃弾に身を晒す。


 プシュッ! プシュッ! プシュッ!


 正確に、頭、胸、腹と正中線上に弾が来る。

 息が詰まる。こみ上げるモノがある。


「ガアァァァッ!」


 俺は吼えた。


 その勢いを使って、兵士をぶん殴った。

 いい角度で入ったパンチは兵士の脳を揺らしたらしく、もんどりうって倒れた兵士は、失神したようだ。


 俺は口から血を吐きながら叫ぶ。


「先生、行ってくれ!」


「神馬……すまん……」


 おじいちゃん先生は矢崎に肩を貸して、どうにか歩かせながら、エレベーターへと向かう。


 俺は五杯博士に向けて戦闘態勢を取る。

 なにより気をつけなくてはならないのは、五杯博士もまた、リアルスキルの使い手だと言うことだ。


 弾丸は心臓を微妙に外している。内臓は掻き回されて、ぐちゃぐちゃだ。左腕で防いだ弾は痛みさえ無視すれば動かせる。


「いいのかい? 君は虫の息だ。君を無視して、先輩を狙う手もある」


 五杯博士は手袋に包まれた手を俺に見せて、意識を誘導しようとする。


「はんっ……そんなこと、言って……まだ、動ける俺を……殺したくて、仕方が、ないんだろ……じゃなきゃ、いつ、噛み殺されるか、怖くて仕方ないだろうがっ……」


九○(キューマル)号……君もガチャ魂の真意に触れたのか……」


 意外そうな顔で五杯博士が俺を見た。


「まさか、実験が……?」


「知るか、ボケっ! ゐーんぐっ〈【バニッシュサンダー】!〉」


 細く、強く絞った雷撃を五杯博士に浴びせる。


「ぐぬぅっ……ふ、ふふふっ……トールにも及ばない(いかずち)など、ぬる過ぎるよ……我が精髄より生まれよ……【魔術(ガンド)】!」


 五杯博士の手に魔術文字(ルーン)のようなものが浮かんだかと思うと、それは一瞬にして溶岩球になり、飛んでいく。


「くっそがあぁぁぁっ!」


 俺はMPを背中に集めて『火の鳥(ファイアバード)』の炎の翼を発現させる。

 できる、と思った。

 ガチャ魂を思念操作で入れ替える余裕はなかったが、【炎の翼】が発動する時のMPの動きを覚えている。

 【炎の翼】は発動し、俺はおじいちゃん先生の背中を守る。


 腐っても『主神(オーディン)』だ。

 その主なる力は、全てをねじ伏せる大いなる力ではなく、成すべきを為す狡知にある。

 俺に当てるために、おじいちゃん先生を狙っていた。


 だが、まだ俺の全てを理解していない。

 溶岩球はそのほとんどを【炎の翼】に吸収され、残り火で俺を多少焼くに留まる。


「さあ、燃えろ! 業火に包まれ消し炭になっても復活できるのか、見せてくれ!」


───『全状態異常耐性(フェンリル)』成功───


「俺を、知らないのか……?」


「なんだよ……それは見せてくれなかったじゃないか!」


 まるで子供が駄々をこねるように五杯博士が悔しがる。


「見せる間もなく殺し続けておいて、よく言うな……うっ……ごぼっ……」


 くそ、【全状態異常耐性(フェンリル)】は気まぐれだ。

 内臓からこみ上げる血がまだ止まらない。


「クソ、クソ、クソッ!

 あ……」


「あ……?」


「レベル上がった!」


「は?」


 ここは現実だぞ。何、言ってんだ?


「なるほど……足りないのはレベルか……ふふっ……ははは……理解したよ、九○(キューマル)号。

 今日はここまでだ! 僕は実験しなきゃ!」


 ポーン! と電子音がしてエレベーターが開いた。

 五杯博士は手帳を取り出して、その場に伏せると、何やら一心不乱に書きなぐり始めてしまった。

 俺が困惑していると、おじいちゃん先生が声を掛けてくる。


「今だ、神馬、乗れ!」


 訳が分からないまま、俺は警戒しながらエレベーターに乗り込んだ。


「いい、いいよ、これ!」


 そんな声を聞きながら、おじいちゃん先生と矢崎を支えるようにして逃げ出した。


「あいつは暫くあのまま動かない。一種の病気みたいなものだ。知的欲求に逆らえず、三日三晩あのまま理論の構築をしてしまうこともある」


 それは変人を通り越して、変態の域だ。

 だが、良かったんだろうか……あのまま、あの危険人物を放置して逃げてしまって。


「殺しとくべきだったか……」


「いや、あの時、急に周りから人が消えた。

 何か分からんが、嫌な予感がする……今はここから離れるのが先決だ」


 そう言われれば、確かに何かおかしかった。

 『リアじゅー』世界である『ユミル』は白せんべいが守っているはずで、さすがにもう手出しはできないはずだが、五杯博士の「レベル上がった」発言など気になる部分はある。


 それに、おじいちゃん先生と矢崎も放っておく訳に行かないしな。

 追っ手もいないようなので、おじいちゃん先生と矢崎を車に乗せて、俺は逃げることにしたのだった。



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