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シシャモに従って、魚たちを各水槽に振り分けていく。
「シーホースは雑食で、小舟に肉やら野菜を載せておくと、喜んで角を上手く使って小舟を転覆させるんです。
こうすると狩猟本能も満たせていいみたいですね」
お、おう……あくまでも対人間を想定した狩猟本能とやらに、戦慄を禁じ得ないが、なるほどな。
「ゐーんぐ?〈それにしても、それもスキル効果なのか?〉」
それというのは、水生生物との会話なのか、水生生物の知識なのか微妙なところだが、とにかく何故、分かるのかという意味だ。
「あ、いえ、スキルがある訳じゃないんですけど……なんというか、なんとなく分かるんです。
こういうこと言うと、変かもしれないですけど、『ヨルムンガンド』のガチャ魂が見せる夢というか、たぶん、ガチャ魂酔いってやつなのかもしれないです」
「ゐーんぐ?〈ガチャ魂酔いか、前にSIZUと一緒に会った時みたいな感じのやつか?〉」
「ああ、そういえばありましたね、そんなこと。
いえ、アレみたいに頭が痛くなるとかじゃないんですけど、ログアウト直前に頭に刷り込まれるというか……『ヨルムンガンド』の中の物語が流れてくるんです……自分のこととして……」
「ゐーんぐ?〈良ければ教えてくれないか?〉」
「いいですけど、あまり楽しい話じゃないですよ」
「ゐーんぐ!〈こう言ったらなんだが、俺もガチャ魂酔いはある。しかも、育てたガチャ魂のほとんどから影響を受けている自覚もある。
どれもこれも、楽しい物語はないな〉」
俺が正直なところを吐露すると、シシャモは驚いたように俺を見つめる。
「あ……グレンさんは一本筋が通ってて……だから、ガチャ魂酔いはしても、そこから影響されることなんて、ほとんどないかと思ってました……」
「ゐーんぐ……〈昔は、食事なんて腹が膨れりゃいいと思ってた……ごくたまに上司のおごりで天然物を食ったりもしてたが、その時は感動もクソもなかったよ。
俺みたいなのに高い金払ったところで、別に靡きゃしないのに、無駄なことするな……とかな。
食い物の美味さを知って、こだわるようになったのは、リアじゅー始めてからだし、生きる実感みたいなものを感じたのも、このゲームで死を味わったからだ。
よくよく思い返してみれば、全てはガチャ魂に繋がっていて、ガチャ魂に教えてもらったんだと思う……〉」
そう、ガチャ魂には元になった魂の生まれてから死ぬまでの記憶が入っている。
それらは、いわゆる輪廻の輪から外れて、浄化もされず、新しい生命になることもない停滞した魂なのだ。
プレイヤーがガチャ魂を手に入れるということは、停滞した魂にもう一度、その先を見せるといった意味合いがある。
生きてはいなくとも、止まっていない。
それだけで、ガチャ魂たちにとっては救いなのだ。
生きている。
それがどれだけ貴重で、尊いことなのかは、止まって、先がないガチャ魂たちの、プレイヤーを得た時の歓喜の声から分かる。
その魂に刻まれた力や技を受け渡してでも、誰かのガチャ魂として、一歩でも動いていることこそが重要なのだ。
深く俺と繋がったガチャ魂から、それが分かる。
停滞は怖い。怖いと感じることすらないのだから。
「わかります。僕は家族が嫌いでした。
でも、『ヨルムンガンド』にガチャ魂酔いしてから、家族に興味を持てるようになったんです。
『ヨルムンガンド』は家族が恋しくて仕方がなかったから……でも、家族と会えなくて、海の底では友達もできなくて、それから、やさぐれて、海の生き物たちを従わせるようになったんです。
たぶん、その時に海の生き物たちを観察して分かったことが、今、僕の知識の源になっているんだと思うんです」
そうか、まさか『ヨルムンガンド』にやさぐれ期があったとは……。
だが、家族か。
「ゐーんぐ?〈立ち入ったことを聞くが、今は上手くいってるのか? その、家族とは?〉」
「ええ、たぶん……上手くいってると思います。
昔は面倒だと思ってたんですけど、何気ない会話なんかに、いいな、と思ったり……」
「ゐーんぐ……〈そうか。それはいいよな……本当にくだらないことが、小さな幸せを味あわせてくれたりな……〉」
「ええ。だから、ガチャ魂酔いして良かったなって」
うん。俺もガチャ魂酔い自体に悪感情を抱くことはない。
「ゐーんぐ?〈ああ、そういえば、現実でスキルが使えるとか思ったことはないか?〉」
「現実で? いえ、そういうのはないと思います。さすがにそういうのは、ちょっとイタいですね」
「ゐーんぐ?〈ん、そ、そうか?〉」
「ええ、さすがにイタくないですか?
ガチャ魂酔いで、趣味、嗜好に影響が出るのは分かりますけど、さすがに、現実でスキルが使えるとか言い出しちゃったら、ちょっと……」
ああ、たしかにそれはダメかもな、となんとなく誤魔化して、俺とシシャモは作業に戻った。
「あ、何かすごいことになってるミザ!」「グレン様がお戻りになったとか……」「グレンさーん、いるピロ〜!」
そろそろゴールデンタイムのようだ。
久しぶりの仲間たちに挨拶するため、俺は水族館から顔を出すのだった。




