362〈酔っ払い〉
まずはプライベート空間を拡げるかと思い、どーんと空間を拡げて、そこに立体的な生け簀を置く。かなり大きな流れるプール状の生け簀だ。それから塩分濃度を海に合わせる。
底面には岩場や海藻を設置して、アクアリウムとしても楽しめる感じにする。
これはもういっそ、水族館にしてしまうか。
生け簀兼、水族館ということで、全体の半面をガラス張りにして、デカい建物で覆う。
ぐびぐび、ぱくっ……ぷるコリ! ぐびぐび……。
わはは、何やら楽しくなって来たので、照明に凝ってみたり、外部サイトと繋げて、生け簀内の生活環境を整えたりしていく。
もう、いっそ実在の水族館のいいとこどりをしてしまうか。
巨大水槽、水の中のトンネル、イルカショープール……。
───あの、ご主人様……金倉がひとつ空になったのですが……───
メイドのモマーナが報告に来る。
え?
───いえ、問題はないのですが、いきなりだったもので、いちおう、ご主人様にご報告をと思いまして……───
三十億五千万マジカ。
あれ? いつのまに?
土地代、生け簀、建物、照明、ポンプに水流発生器……。
───『全状態異常耐性』成功───
文字通り、スッと酔いが醒めた。
あわわわわ……NPCドールたちが必死に貯めてくれた金が、指先ひとつで半分消えた。
「ゐーんぐ……〈す、すまん……〉」
───いえ、ご主人様のなさることに間違いはないと心得ておりますので……───
お、おう……水族館に入れる魚はないんだけどな……。
俺は逃げるようにその場を後にして、『海』へと向かった。
魚だ。俺には魚が必要だ。
釣具屋で道具を調達、岬の岩場で糸を垂らす。
ここなら、ある程度の大物も狙えるらしい。
また、小物か。
三匹目のアジに似た魚だ。妙なヒゲがある。
俺の陣取る岩場の隣りにプレイヤーが来て、釣り糸を垂らし始めた。
やれやれ、どうやら今日はあまり釣れない日のようだが、それでも釣りに来るプレイヤーというのはいるようだ。
隣のプレイヤーが垂らして間もなく、竿を上げる。
おいおい、釣りは我慢だぞ。
「よし!」
上がった竿には丸々とした大物の鯛に似た魚がついていた。
なっ……。俺は思わずそのプレイヤーを見る。
「ゐーんぐ!〈シシャモ!〉」
「え?」
シシャモと目が合う。
「その声……その言葉遣い……まさか……」
そうか、レオナには挨拶したが、他のやつらはまだだったな。
「ゐーんぐ!〈えーと、覚えてるか、グレンだ〉」
「わ、忘れる訳ないですよ。アバター少し変えたんですね」
「ゐーんぐ!〈ああ、まあな〉」
「しばらくインしてなかったんで、みんな、心配してたんですよ」
「ゐーんぐ!〈悪い、ちょっと仕事が立て込んでな、余裕がなかったんだ〉」
そういうことにしておいた。
「ああ、そうだったんですね。病気とか事故じゃなくて、良かったです」
シシャモは話しながら、釣り糸を垂らす。
「ゐーんぐ……〈まあ、ちょいブラックだからな、ウチの会社……〉」
実際はクビだ。
「じゃあ、少しは余裕できたってことですか?」
ひょい、とシシャモが竿を上げるとヒラメの色違いみたいなのが釣れる。
俺の竿を見るが、反応はない。
そこから、最近の『リアじゅー』事情などを聞きながら、釣りを続けるが、シシャモは爆釣状態で、俺の竿は死んだように動かない。
「ゐーんぐ……〈お前、凄い釣果だな……〉」
「えへへ。実は僕、海の王蛇ですからね。
魚たちが寄ってくるんです」
なん……だと……。
「ゐーんぐ!〈シシャモ、実はちょっと相談があるんだ!〉」
「え、なんですか急に?
僕でお役に立てることなら、なんでも言ってください」
俺は、酔った勢いでプライベート空間を拡張して水族館を建てたことを説明する。
「ええっ、面白そうですね!
水族館ですか!」
「ゐーんぐ……〈ただ、魚はいないんだ……。
その、シシャモの力でなんとかならないか?〉」
「いいですよ。じゃあ、ちょっと待ってて下さいね!」
言うが早いか、シシャモは海に飛び込んだ。
「ゐーんぐ……〈あ、おい……〉」
一時間後。
シシャモが海面から顔を出して、岩場を登ってくる。
その片腕が大蛇の首になっている。
シシャモのスキル【神呑み】だ。
シシャモに急き立てられて、俺はシシャモとプライベート空間に戻る。
「うわあ、凄い建物ですね」
外側の見た目は石造りの要塞だ。だが、中に入れば最新式の水族館になっている。
その水槽にシシャモが大蛇の首を向ける。
大蛇の口が大きく開いて、魚という魚が際限なく出てくる。
「あんまりグレンさんをお待たせするのも悪いかと思ったんで、とりあえずは基本的なやつだけですけど……。
それに、長く入れておくと消化しちゃいますからね」
デカいのと小さいのと、ファンタジーならではの不思議なやつなど種々さまざまな海の生き物が出てくる。
大水槽はクラーケン一匹で埋まった。
あっという間に水族館は完成した。
「いいか、お前たち。食い合ったりするなよ。餌は用意してくれる。それから変なことしたら、そいつの種族、丸々、根絶やしだからな」
シシャモが当たり前のように水槽の魚たちに話しかけていた。
「言い聞かせておきました。何か問題あったら僕に言ってくださいね!」
た、たくましくなったな、シシャモ……。
ちょっと『ヨルムンガンド』のガチャ魂酔いしてないか?
シシャモの腕に巻き付いている俺のテイムモンスター、蛇神・ククルカンのクルトンが鎌首を持ち上げて、舌を覗かせ、俺に挨拶していた。
大丈夫、ということだろうか。
よく分からんから、いちおう、ガチャ魂酔いの度合いは確かめておくべきだろう。
それから、シシャモに協力してもらって、魚たちを各水槽に分けながら、俺たちは話をするのだった。




