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361〈漁村の大盛況〉


 レギオンレベルが上がると、新しいコンテンツが解放される。

 今あるのは、『フィールド:城』『フィールド:貴族街』『フィールド:城下町』『フィールド:森林』『フィールド:鉱山』さらに新しく設置された『フィールド:海』だ。

 これらは『りばりば』専用のフィールドで、NPCドールやプレイヤーの生活空間でもある。


 『フィールド:森林』の奥地にはプレイヤーが作った『冒険者の村』があり、そこは昭和レトロなる昔の環境再現をされた商店街が設置されているし、『フィールド:海』には、やはりプレイヤー作の『漁村』が江戸レトロとして作られているらしい。


 木立の間の道を抜け、漁村に着くと木板を組んで作られた掘っ建て小屋が立ち並んでいて、奥には竹林がある。

 生臭い香りが風に乗って漂って来る方向へ顔を向けると、青い青い海が見えた。


 おお、映像で見た通りの汚染前の海だ。


 そう思うと、この生臭い香りが潮の香りなのかと理解できる。

 現代の汚染された海はすえたような刺激臭が強いが、それとは別の生命の匂いのようなものに胸がいっぱいになる……と、思ったがあまり俺の得意な匂いではなかった。


 風がしょっぺえ。


 青い海に導かれるようにそちらへと歩いて行くと、白い砂浜が見える。


「しじみっぽい……」「この真っ赤な貝も食えんのか?」「カニ! ちっちゃい黄色いカニ!」


 一部ではプレイヤーたちが砂浜を熊手のようなもので掬って、貝を探している。

 木造の桟橋が長く続いて、その先にはやはり木造のボートが繋がれている。


「潮干狩りどうかねー!」「獲れたて鮮魚の浜焼きはこちらー!」「釣り具ならここ! ハマハマ屋だよー! 美味い青魚から大型魚まで狙いに合わせて見繕うよー!」


 砂浜の端に小屋が並んでいて、お互いに声を張り上げている。

 さすが新フィールド、活気がある。


 人もNPCもここぞとばかりに集まっていて、一緒に楽しんでいる姿があちこちで見られる。

 話に聞く限りでは、他のレギオンだとあまり見られない光景なんじゃないだろうか。


 やはり、ラグナロクイベント時の糸の演説とNPCドールたちの行動が、プレイヤーとNPCドールたちの仲を深めるきっかけだったように思う。


 砂浜の貝をとって食べるというのが気になる。

 現実では、近海は汚染されているので、無理だからな……。


 それは『潮干狩り』というらしい。

 潮干狩り屋なるものがあって、熊手とザルを借りる。

 さらに貝の探し方もレクチャーしてもらった。


「潮干狩りエリアは黄色のラインの内側だから、その外ではやらないようにね。それから、これが専用の定規。

 この枠にすっぽり収まる貝はまだ育ってないやつだからとらないでやって」


 基本的に『潮干狩り』はこの『潮干狩り屋』を通してやって欲しいという説明もされた。

 環境保護のためだそうだ。

 熊手とザルは自分でも用意できるが、ここで借りることで、その金を環境保護に使うようにしているらしい。

 公共事業化されている。


 熊手とザルを手に砂浜の濡れている部分を歩く。

 なんとなく、ココと決めて、そこを熊手でひっかく。

 砂だ。

 ちょっと砂が盛り上がってるところが狙い目とか言ってたな。

 呼吸のために管を伸ばした跡だとか。


 辺りを確認する。

 なるほど、所々に、ぽつぽつと砂の盛り上がりが見える。

 そこを熊手でひっかくと、小さな赤い二枚貝が熊手に引っかかった。

 ここの貝は全部食えるとか言ってたな。

 定規で確認。OKだ。ザルに置く。


 じーっ……あ、盛り上がった。

 熊手でひっかく。緑色の貝だ。


 なんだか楽しくなってくる。

 無心でとりまくって色とりどりの貝が一キロくらいだろうか。

 浜焼き屋で休憩がてらに色々と魚を食べる。

 獲れたての魚は身が締まっていて、ブリンブリンという感じだ。

 美味いというより、新鮮なのだろう。

 いや、美味いは美味いが、食べたことのない面白い食感という感想が勝ってしまう。

 たしか街に魚屋があったはず。帰りにそこで魚を買おうと心に決めて、帰った。

 釣りはまた次回の楽しみだな。




 そうして帰った俺は、ウチの専属料理人、食道楽のイタマーナと主婦歴三十年のレモマーナにとってきた貝と買ってきた魚の料理を頼むのだった。


 レモマーナは安定の美味さを引き出してくれる。貝の酒蒸し、煮魚、パイ包み……どれもどこか懐かしく、安心する味だ。

 それらをプライベート空間外縁部で、他の客たちを捌きながら、設置されている青空台所で、ササッと作ってくれた。


「ゐーんぐ!〈うんまーい!〉」


「うまそう……」「ああ、煮魚のふっくら具合……」「酒と醤油の香りが出汁と合わさって……ああ……」「パリサクッの中からあの湯気と共に出てくる脂の乗った白身……」


 売ってくれ! と言われても、売るほどの量は用意してないからな。

 少々奇抜な色使いの貝の中に残った汁を、ちゅっちゅと吸って、俺は頬を緩める。


「く、くぅーっ!」「せめて、ひと口……」「くそ、どう美味いのかだけでも教えてくれ!」


 仕方がない。


「ゐーんぐ!」


「分かるかあっ!」「誰だよ説明求めたやつ!」「ぬああ……そんなにか? そんなに美味いのか!?」


 一人、俺の説明が分かるやつがいた。


 あまりにもしつこく客たちが交渉してくるので、レモマーナとも相談して、魚介は自分たちで用意することと、ウチの直売所で三百マジカ以上買い物をした人限定で、料理を請け負うことにした。


───おい、ご主人様、俺のも出来上がったぞ───


 イタマーナが俺の所に料理を持ってきた。


 銀色の皿に銀色の蓋。他のプレイヤーが教えてくれたところによると、これはクローシュとかクロッシュとか言うらしいが、それが俺の前に置かれる。


 ぱかっ。

 湯気と共に現れたのは、それはパスタだ。

 それも、そうめんの色付き麺のようなパスタ。

 具はない。色付きパスタのみ。香草が、パラパラとふりかけられただけの素パスタ。


───名付けて、貝殻麺。

 貝殻を砕いて小麦と混ぜ、貝と野菜のスープで練り上げた麺だ───


 実はこっちの世界で一番か二番目くらいに濃い旨味を持っているのが、貝殻なのだそうだ。

 イタマーナはそう力説する。


 さすが食道楽。

 なんとも不思議な部分を食材として運用するとは……。


 見た目は確かに、七色で食欲をそそるかは別にして、美しい。


 ええい、ままよ!


 俺はその具なしの七色麺を口にする。

 口の中に虹がかかるような気持ちだ。

 決して、濃い味付けではない。優しくも複雑な、美味いラーメン屋の後味のようなものが口中に溢れる。


「ゐーんぐ!〈食っても食っても、涎がとまらねえ!〉」


 ヤバい、ヤバい、ヤバい……。

 はた、と気付くと麺はなくなっていた。


「すげー勢いで食ったな……」「なんだ、あの、いつまでも反芻してますみたいな表情……」「見た目のインパクトがすげぇな……」


 いや、見た目より味のインパクトなんだよ、と説明してやりたいが、口を開いたらこの複雑な旨味が逃げてしまいそうで、俺は口を閉ざして、目を閉じて、耳を塞いだ。

 鼻を抜ける息がうまい!

 だが、呼吸をしない訳にはいかない。

 次第に旨味は、呼吸に溶けてなくなってしまうのだった。


 食道楽、恐るべし!


 思わずイタマーナを眺めると、ニヤリと笑ったかのように肩を竦めて、次の料理を出してきた。


 また銀の蓋付きだ。

 俺は、躊躇なくそれを開けた。


 グロテスク。


 目玉の塊。


 それが皿いっぱいに溢れている。


「うわっ!」「グロっ!」「さっきの虹色との格差、激しすぎ……」


 ギャラリーがざわつく。


───さっきのが素材の追求とすれば、こっちは味付けの妙とでも言おうか……魚の目玉周りの肉ってのは、プルップルで最高に旨味が凝縮されてるんだ。それに足していった結果がコレなのさ。魚のヤミツキグロ目玉焼き、なーに、怖いのは一瞬だ。まずはひと口!───


 くっ……貝殻麺の味を知ってしまった以上、この無数の目玉たちも絶対に美味いだろうことは、分かる。

 だが、グロい……。

 めちゃくちゃ目が合ってる。


 先程の貝殻麺を脳裏に思い描く。

 アレが素材の追求で、コレは味付けの妙。

 気になる。

 俺はおもいきって、目玉をひとつ、口の中に放り込む。


 ぷるコリ……。最初に香草だろうか、グロさに似つかわしくない爽やかさが鼻を抜ける。

 それから、あまじょっぱい濃いめの味付けにピリリとした山椒のような刺激、目玉の周りはたしかに、ぷるぷるで、奥の目玉は、コリコリしている。

 ぐううっ! 旨味の爆発!

 爽やかあまじょっぱ辛、ぷるコリ爆発!


 俺は目を閉じて、俯く。


「やべぇ、震えてんじゃん……」「さすがにアレはなぁ……」「ゲテモノというかバケモノ料理だろ」


 カッ! と俺は目を開いた。

 素早くインベントリから、俺専用の酒、状態異常『魔力酔い』をもたらすレモンサワー系の飲み物を取り出す。


 ぐびり!


 ……合う!

 これは、酒のアテだ!


「ゐーんぐっ!〈お前、これは反則だろ! 美味すぎる!〉」


───気に入ってもらえたようで、何より……───


 イタマーナは優雅に片手を上げて、お辞儀をした。

 俺は、ひと口グロ目玉を口に入れるたびに、ぐびぐびと酒が進む。

 くっ……まだ、酔うには早い時間だぞ……だが、とまらねえ!


 ぷるコリ食感もヤミツキの素だ。

 くそ、たまんねえな、おい!

 しかも、色んな魚の目玉を使っているからか、ずっと食ってても飽きが来ない。


「くっ……なんか美味そうに見えて来た……」「どんな味なんだよ……」「グロいのに……グロいから、うまいとでも言うのか……」「やめろ、理性が保たん!」「美味そうに飲み食いしやがって〜!」


 イタマーナがすかさず、試食を配った。

 あ、バカ、あるなら俺が……と思ったが、レモマーナばかりがもてはやされるのが、気に入らなかったのだろう。

 イタマーナの意地を見たので、許しておく。


「これはっ……」「あ、口から消える……消える前に酒を……」「グロ美味い! やべぇ、めちゃくちゃ好きな味だ!」


 俺はレモマーナの時と同じ条件で、料理の請け負いを許した。

 途端、ウチの農場、牧場の人出が半分ほどになったが、これは嵐の前の静けさだ。

 それが分かる。


 俺は貯まる一方の金の使い道を考え始めるのだった。



貝殻の旨味とかフィクションでファンタジーですので、お許しをm(_ _)m

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