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「はーい、痛かったら、左手を上げてくださいねー! 」
若い男性アバターで擬態した『ドリルクスシー』が、けんくんの目の前にその歯医者で使うドリルを掲げて見せる。
一般的な歯医者で使うにはあまりに凶悪でぶっといソレは、誰の目から見ても「ドリルです! 」と主張している、ちょっと玩具的なドリルだ。
しかし、けんくんはソレを見て、一瞬、ヒッ……と息を呑む。
キュイィィーッ、と回り出すドリル。
けんくんの顔面は蒼白だ。
「た、たすけて、まぎみすりる…… 」
「はーい、あーんしてー…… 」
この光景を画面で眺める俺としては、ざまぁ半分、頑張れ半分という複雑な心境だ。
キュイィィーッ……ギィィィィッ!
「あが……う゛あ゛あ゛…… 」
けんくんが右手を挙げる。
俺の周りの戦闘員たちが見ていられなくなったのか、目線を背ける。
「ああ、痛いのねぇ。うんうん、もうちょっとだからねぇ…… 」
『ドリルクスシー』は容赦なく責めたてる。
けんくんは声にならない声を上げ、涙をポロポロと零す。
しかし、どれだけけんくんが右手を挙げようと、涙を零そうと、『ドリルクスシー』はにこやかに治療を進める。
「はーい、もう少し、もう少し…… 」
キュイィィーッ!
いや、実際に治療行為だし、本当に治療しているから、ある意味問題ないんだが……歯医者とドリルの掛け合わせは、恐怖度が高い。
「おかしぃねぇ? そんなに痛いはずないんだけどねぇ? 」
こやつ、煽りよる。
俺でも泣く自信がある。
この歯医者はダメだ。まともなことしてても、信頼できん。
そんな感想を『ドリルクスシー』に抱いていた時。
「そこまれら! 」
言いながら治療室へと割り込んで来るのは濃いめの顔の青年だ。
「こらこら、治療中だよ。待合室で待ちなさい」
結構冷静に『ドリルクスシー』が返す。
「うるひゃい、怪りんめ! しょーらいをふぁらふぁせ! 」
「なんて? 」
「しょ・う・た・ひ……しょーらいをふぁらふぁせ! 」
青年は頑張ってちゃんと発音しようとしたが、無理を悟って諦めた。
いや、頑張れよ……。
「くほぅ! ひれれ…… 」
青年が頬を擦る。
「あっ! 」
レオナが声を上げる。
りばりばの『大部屋』で全員の視線が集まる。
「私、アイツに飴玉、配った! 」
なるほど、『擬似歯劇薬』の効果か。
皆が納得する。同時に「よくやった! 」「すごい! 」「MVPだな!」などと歓声が上がる。
「困りましたねぇ、順番でお呼びしますから、お待ちください」
『ドリルクスシー』が待合室をドリルで指し示す。
その腕を青年は握って、ドリルに指を突き付ける。
「ほんなドリル使う歯医ひゃが、ひるかー! 」
なんかツッコミしつつ怒っているのは分かる。
「くっくっくっ……いい着眼点ドリ…… 」
『ドリルクスシー』の口調が変わる。
「はーい、皆さん、魔石の紐付け終わってますねー! 」
同時にレオナが大きな声を出す。
「「「イーッ! 」」」
あちこちから歓声が上がる。
全員が戦いの匂いを嗅ぎとっていた。
俺も渡された『ショックバトン』、前回も使った棍棒を握りしめる。
ボランティアに参加したから、良い武器の貸与に間に合わなかった。仕方ない。
画面では青年が短杖を取り出して構える。
「やふぁり……怪りんらったか……擬似アバラーれ、『歯痛』の状らい異常が出らから、おかしいと思っらんら……ひてて…… 」
なるほど、飴玉を配った段階でこの青年はそれに引っかかったってことか。間抜けだが、運が良いらしい。
「マギワンド・タクティカル・フラーッシュ! 」
あれ? 歯痛は? と言いたくなるほど、そこだけ流麗に喋って、青年は光に包まれる。
「お、やっぱりマギ系か…… 」
「どれだ? ミスリルはもうヤダぞ…… 」
「マギアイアンかマギブロンズくらいならワンチャンあるか? 」
変身シーンというんだろうか。
編集されて流される時にはここにバンクシーンが挟み込まれるらしい。
ちなみに顔面アバターが毎回違うのは、変身前を狙われないお約束だとか。
ライブカメラで見る限りはひたすら眩しい。
「あんまり眺めてると『目眩し』食らうぞ」
俺が画面に見入っていると、知らない戦闘員がそう教えてくれる。
───全状態異常耐性発動───
お、おう、既に食らってたわ。
「罪なき人々への悪業ざんまい。このマギミスリルが天より誅する! 」
マギミスリルだ。
画面にはマギミスリルが決めポーズをしていた。




