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俺が助かるまでの話を聞いた。
軍演習場近くでの謎の失踪。
最初に騒いだのは、『グレイキャンパス』内だと、案の定、静乃だった。
毎日のレポートが常だったし、送れない時はその旨を必ず伝えていたから、不審に思うのも早かったはずだ。
にこぱんち、こと尾上さんは独自に俺を探してくれていたらしい。
俺と連絡が取れなくなって、近親者の中に静乃の家が浮かんで、尾上さんから静乃の家に連絡が行ったらしい。
俺がどこに消えたか、心当たりはないかと。
俺が失踪したのは、尾上さんと別れて、会社に戻る前のどこかだったので、そこで静乃はBグループの仕業ではないかと疑った。
白せんべいが『ユミル』に吸収されてから、情報収集力は落ちたとはいえ、元は『静乃』も『会長』も『どぶマウス』もひと廉の人物だ。
彼女たちは随分と頑張って探してくれたらしい。
だが、Bグループの潜伏方法も巧妙になっていて、やはり時間は掛かってしまった。
しかし、『グレイキャンパス』の面々は、特定して三日で強襲の準備を整えて、全員で乗り込んで来てくれたらしい。
何人かは俺への説明の時に口を濁したので、その手を汚してしまったらしい。
ここで俺が「循環するから大丈夫だ」と口にするのは憚られたので、俺は素直に感謝だけを述べ、それ以上は口を噤んだ。
お前のために人を殺したとは、皆も言いたくないだろうし、俺のために人を殺させた、すまんとも言われたくないだろう。
それは、各人しか背負えないもので、他人が肩代わりできるものではないのだから。
本来なら、おじいちゃん先生、俺の順番で背負おうと決めていたことだが、もうそれが運命だと思うしかない。
結果として、俺も手を汚しているしな。
ただ、ガチャ魂の有り様を理解した今となっては、罪悪感はあまりなかった。
俺の社会的な死による喪失感と似たようなものだ。
辛いが、もっと酷い目に合っている人や魂がある。
何万倍もマシな状況で、ヒロイックな気分に浸るくらいなら、今を生きなければならない。
まあ、やれることと言ったら、五杯博士の動向を探ることか、『リアじゅー』をやることと、サードアイのサイトチェックくらいしかない。
俺は三ヶ月ぶりに『リアじゅー』へとログインするのだった。
いつもの大部屋。
なんだか懐かしい感じがする。
少し広くなったか?
「きうー! きうー!」
───あーあ、はしゃいじゃって……───
俺の右肩からテイムモンスターである霧胡瓜の『フジン』が飛び降りて、街へと走っていった。
それを見送る左肩の闇妖精からランクアップして【闇精霊】のスキル効果で顕現している、じぇと子が呆れたようにそれを見送る。
「ゐーんぐ!〈久しぶりの『リアじゅー』だしな。皆に会いたいんだろ〉」
───は? みんな一緒にいたじゃない。何言ってんの?───
「ゐーんぐ?〈ん? どういう意味だ?〉」
───細かいことは分からないけど、あんたはふたつの世界で生きてるでしょ。
こっちの世界にいる時はフジンとかみんな、ある程度の自由を与えられて、私たちの世界の断片の中で暮らすでしょ。
でも、もうひとつの方に行ってる時は、私たちみんな、あんたの魂の中に居るのよ。
呼んだら出て来られるけど、あんたが呼ばないから、みんな結構、暇してるのよ。
分かる?───
「ゐーんぐ?〈それはもしかして、『リアじゅー』と現実って意味か?〉」
───写し身と肉体って、分け方するなら、写し身がこっちで、あっちは肉体がある方よ───
VRは写し身か……確かにそんな気もするな。
なるほど、呼び出せるのか……呼び出せる!?
テイムモンスターを、現実に!?
お、おお……マジか……。
呼び出せるという事実と、呼び出した後の影響などを考えて、驚愕していると、俺を呼ぶ声がした。
「グ、グレンさん……?」
その声に振り返ると、レオナだ。
驚きに目を丸くしたかと思うと、その瞳に涙が溢れる。
かと思えば、目を三角にして怒ったような顔になり、遠く憧憬を眺めるような顔になるなど、なんとも複雑な百面相を披露してくれた。
俺は少々、どもりがちになりながら「ゐーんぐ……〈お、おう、久しぶりだよな……〉」と答えた。
「もう、なんで? ……辞めちゃうんですか?
辞めないですよね?」
力弱く、ぺしぺしと胸を叩かれる。
なんだろう、この別れ話を拒まれているかのような甘酸っぱい雰囲気は……。
先日、静乃にギャン泣きされた時とはまた別の、抱き締めたい感覚に苛まされる。
鋼の胆力を発揮して、どうにか動きたくなる腕を封印しながら、俺は答える。
「ゐーんぐ……〈連絡できなくて悪かったな。今日から復帰だ。また、よろしく頼む……〉」
レオナに、うるうるとした瞳で見つめられる。
ここで抱きしめられる甲斐性があれば、今頃、結婚でもして独り身からおさらばしているんだろうが、生憎とそんな甲斐性がないから、俺は独り身なのだった。
どうにも女性に泣かれると、オロオロしてしまう。
「今日、夜はログインしますか?」
「ゐーんぐ!〈あ、ああ、そうだな。しばらく暇になりそうなんでな〉」
「そうですか! じゃあ、また夜に会えますね!」
レオナはここで一度、ログアウトなんだそうだ。
もしかして、昼休憩の間だけログインとかしているのか?
時刻はどうも、そういう時間だった。
いつでも『リアじゅー』にいる印象のレオナは、こうしてちょこちょこ出入りを繰り返すから、そういう印象になるのだろう。
まずは人間アバターを新調しよう。
そう考えて、俺はアバター屋に向かうのだった。




