357〈一日三分〉
もう何日経っただろうか。
今、俺は意識の回復と同時に殺されるという意味の分からない状態に陥っている。
五杯博士の【叡智の槍】で腹に穴を空けられて死んだ俺は、二十四時間後に『金山羊』のスキルによって復活した。
真っ裸で、ドラマで見る解剖室のような場所で目覚めた俺だったが、その時、果敢にもう一度、脱出を試みて、もう一度死んだ。
それからは、実験的に殺される日々だった。
目が覚めると、重りをつけられたままプールに沈められて溺死したり、ガス室で毒が充満した部屋で身体が爛れたまま息を吹き返して死んだり、ありとあらゆる死に方を経験したと言ってもいい気がする。
一日平均、三分くらい生きている時間があって、すぐに死ぬ。
苦しい、辛い、痛い、気持ち悪い、辺りの感覚を覚えて、死ぬ。
死んでいる間は無だ。
意識が戻り、肉体的苦痛が脳に届くまでの三十秒程度が、夢のように時間を引き伸ばして、肉体が苦痛の信号を脳に届けると、ぐちゃぐちゃに心がかき乱されて死ぬ。
死んでいる間は無なのに、考えることは無数にある。
結果的に記憶は蓄積されていて、俺が三十秒程度と感じている、一瞬か永遠の時間がそれを脳内で整理する時間に当て、肉体的苦痛の時間が外部の情報を取り込む唯一の機会だ。
何度も繰り返していると、次第に慣れてくる。
これは、『痛い』だっただろうか。
それとも、『苦しい』だっただろうか。
まさか、『楽しい』ではなかったはずだと記憶しているが、俺の蓄積された記憶が圧倒的に増えていく外部刺激の記憶に埋め尽くされて、良く分からなくなっていた時期もある。
最近では、自分でも笑ってしまうが、ちゃんと感覚が戻ってきた。
どれくらいの期間、こうしているのか分からないが、意識が返ってくる途中の時間に過去を追体験することで、正常な感覚を思い出している。
人体の神秘なのか、ちゃんと人間としての感覚は忘れていない。
まあ、その分、死ぬまで意識が明確になった時間はそれなりに痛くて、苦しくて、辛くて、気持ち悪い。
ただ、その時期を過ぎると、苦痛を切り離して考えられるようになってきた。
もちろん、苦痛は感じるが、そのことはそのことと、別枠で考えられるようになってきた。
自分の中で冷たさと熱さが同居している。
五杯博士は飽きることなく俺を様々な状況で殺す。
無駄なんだよな。
『金山羊』の『理』は食材として身体を提供することだ。
身体を切り刻まれて、焼かれ、食され、誰かの血肉になる。
そういう魂なのだ。
心残りなのは食われないことくらいだ。
妙な病原菌や毒を身体に入れられても、死んで無になれば、それらは消失してしまう。
『全状態異常耐性』が発動すれば、そもそも状態異常として弾く可能性もあるしな。
そうなれば翌日、息を吹き返す時には新鮮な食材として復活している。
なんとなくだが、俺はガチャ魂のあるべき姿というか、『理』が少しずつ見えるようになってきていた。
俺の持つ全てのガチャ魂が固有で持つ記憶とでも言うのだろうか。
もしかすると『痛み』と『死の瞬間』が見せる脳の誤作動の可能性もあるが、サードアイの夢の如く、その誤作動が真理を射抜いている可能性を感じている。
ある時からソレは見え出した。
脚は速くとも力が弱かった孤狼は、狩りでは余り役に立たなかった。
だが、ある時、他の狼の群れと対立した際に囮役を任命された。
孤狼は、張り切った。捨て駒にされたと気付いたのは滝まで追い立てられ、落ちて大怪我を負った時だ。
誰も助けに来ることはなく、川辺に打ち捨てられたかのように、震えて回復を待っている時、対立した群れを吸収して大きくなった自分の群れが、自分を忘れて狩りに勤しむ姿を見て、自分が捨てられたことに気付く。
そして、孤狼は自身の孤独を知った。
それが後に、種族を超えた孤高の群れを築く礎となっていく。
『ロンリーウルフ』の『理』は、孤高。
群れの中に秩序はなく、ただ己がやれることを愚直にこなす自立心のみが群れを成立させる。
そんな風に、何かが垣間見えるのだ。
そして、俺とガチャ魂が共鳴し合い、溶け合うのが分かる。
細い糸のような繋がりが、海の波のように影響し合うようになっていくのが分かる。
『リアじゅー』に用意されたシステムの本質的作用、俺という魂を通して、ガチャ魂たちに与えられる生命力が、循環の中に少しずつ混じっていく。
ガチャ魂の再生であり、模索でもある。
ただ、それも一瞬の永遠の時だけだ。
泡沫の夢。
結果として俺は、時間の大半を『死』の過程として費やして終わる。
心臓だけ抜かれてみたり、肺を潰されてみたり、焼かれたり、瞬間冷凍されたりして、一日が終わる。
『金山羊』の『理』を破らない限り、俺は本当の意味での『死』を迎えることはない。
そして今日も、俺は死ぬのだ。
泡沫の夢から現実に戻った時、目を開けば、目の前に見知ったボディアーマー姿が見えた。
だが、それより近くに兵士が数名。
「グレちゃん!」
「近付くな! こいつには爆弾が仕掛けてある!
スイッチを押してもいいのか!」
「くっ……そんなことしたら、許さない!
私を怒らせないことね……素直に引きなさい!」
状況が良く呑み込めない。
だが、俺を人質として静乃を脅しているのは理解した。
「いいのか? コイツを殺すぞ!」
「くっ……」
ボーッと眺める。
今さら、殺すぞと脅されても……おや?
いつもの『痛い』も『苦しい』もまだないな。
意識がはっきりしてくる。
「お前ら……SIZUを困らせるなよ……」
俺は鎖で縛られ吊るされた状態で兵士に言う。
「……はっ。時間……」
「おう、普段なら実験の時間だろ。
ゐーんぐ!〈反撃の猶予を与えたら危ないって何度も経験してるだろ。【バニッシュ・サンダー】!〉」
俺はMP特盛の【バニッシュ・サンダー】を食らわせる。
『エレキトリック・ラビット』と魂が共鳴している俺は、すでにスキルの本質を掴んでいる。
範囲は狭く、威力は高く。
兵士を殺した。循環に戻しただけだ。停滞のまま崩れていくガチャ魂より万倍マシだろう。
「グレちゃんっ!」
「あ〜、結構、時間経ってるか?
とりあえず、何か着るものくれ……鎖は冷た過ぎる」
気付くと俺は三ヶ月経っていたらしい。
マジか……。
単純計算で三ヶ月九十日×三分=二百七十分に見せかけて、永遠。
体感時間のお話ですね。




