356〈腹を括る〉
遅くなりましたm(_ _)m
窓がねえ。
地下だろうか?
複雑な通路を走るが、窓ひとつ見当たらない。
ここはどこだ?
ヒントもなく、俺は走り回る。
「ゐーんぐ!〈【角待ち】!〉」
そんな危険な気配をぷんぷんさせて、歩いて来たら、バレバレだ。
いち早く気付いた俺は、曲がり角に身を隠す。
会敵と同時に下から上へ、相手のライフルをかち上げ、弾き飛ばす。
それから顔面を蠍尻尾で思いっきりひっぱたくと、脳を揺らされた相手が、ガクリと倒れる。
館内放送で、実験体が逃げ出したとか、十八ブロックから二十九ブロック方面に逃走とか、色々と情報を垂れ流している。
見つけたカメラは潰しているが、これは逆に居場所をバラしているような気もしてくる。
ただ潰さなければ、より細かい館内放送が流れそうなので、見つけたカメラは潰しておく。
ブロックは整然と並べられている訳ではないようだ。
俺が聞いてもさっぱり繋がりが分からない。
そもそも、どこに向けて逃げているのか、自分が理解できていないからな。
「スキル内容の説明はしたよね?
全てのスキルが防げる訳じゃないことも説明したよね?
それで逃げられるのは、怠慢だろうに……」
「はっ! 申し訳ありません。今、全力で追っていますので、捕らえるのは時間の問題かと……」
俺のウサギ耳が音を拾う。
おいおい、この声は……。
俺は音を頼りに、そちらに向かう。
居た!
距離にして10mもない。
「彼は現在、○一号と同等か、それ以上のスキルを発現している貴重な実験体です。このまま逃げられてしまうことがあれば、かなり困ったことになりますね……」
五杯博士だ。
物陰に隠れて、俺は考える。
彼こそが今の状況を作り出した元凶であり、諸悪の根源だという気になってくる。
拷問したら能力が伸びるのだとして、普通はそんな非人道的な道を進めようとは、まともな科学者なら思わない。
やるか?
それは改めて自分に問いかけることになった。
やるなら、やはり自分の意志でやるべきだ。
彼が消えれば、少なくとも大元の研究は潰れる。
ぐっ、と丹田の辺りに力を入れる。
俺は物陰から飛び出した。
一緒に歩く兵士が、俺に気付いて五杯博士を守るように前に出る。
兵士の咄嗟のパンチを屈み込むように避けると同時に、足元を刈り取るように蹴りを放つ。
爪を生やした俺の蹴りは、威力が上がっている。
一撃で兵士は天地が逆転する。
そこから、伸び上がるように【飛行】する。
「もらった!」
俺の手の爪が五杯博士の心臓を狙う。
ここで負の連鎖を断ち切る。
「【叡智の槍】!」
目の前に現れたスキル武器で俺の爪が砕けた。
「ははっ! やはり理論は間違いじゃなかった! はははっ!」
五杯博士の手にあるスキル武器が振り払うように振るわれる。
俺は咄嗟に後ろに飛ぶ。
「フェンリル、忘れてないかね?
コイツこそがお前の命を奪うモノだろう」
五杯博士の手からソレが放たれる。
だが、一撃なら『サーベルバンパー』が防いでくれる。
槍は紫電を纏って、俺の『サーベルバンパー』を粉砕した。
そして、その切先が俺の腹をぶち抜く。
「本来なら、相討ちなど有り得ないのだよ。
それは魂が教えてくれる。
分かるかね? いや、分からないだろうね。
叡智を得るのは、並大抵のことではないんだよ」
俺は大量の血を吐いて、地面を見つめた。
真っ赤な地面。それしかもう見えなかった。




