355
「どうした? もう来ないのか?」
俺の『自分諸共、範囲攻撃作戦』は功を奏した。
一般人に比べれば、相手も痛み慣れしているだろうが、俺は多種多様な死ぬ程の痛みを何度も食らっているからな。
なんとなくだが死線が分かる。
さらにいえば、俺は『自動回復』する。
もちろん、MPを使うが、MPは時間回復する。
『自分諸共、範囲攻撃作戦』の後は挑発して時間を稼ぐ。
「ぐっ……き、き、貴様……」
俺は気配を探る。声は遠い。
がちゃがちゃと拘束具が外れないか試すが、簡単ではなさそうだ。
俺は思念でガチャ魂を入れ替える。
なるほど、こうして視覚を封じられると、よりイメージを固めやすいというか、まるで目の前に自分用のスクリーンがあるように感じる。
今、必要なのは翼ではなく、こちらだろう。
体内のMPに意識を向ける。まだ八割方残っている。
「どうせ、近付けないから銃でも、使うんだろ?
それで情動操作の注射はどうする?
痛みで追い込むと超能力が強くなるんだったか?
でも、それは情動操作とセットにしておかないと、俺が強くなるばかりだよなあ!
近付けなけりゃ、意味ないだろ。
ほら、近付いてみろよ!」
例えは違うかもしれないが、虐める側というのは、虐められることに敏感だ。
優位性を保つこと。
これができないと、途端に自制がきかなくなる。
つまり、立場が逆転した時、簡単に心が折れる。
または逆上して、優位性を保とうと必死になる。
ある種、心が弱い人間の常套手段だ。
俺は銃を使うのは弱い証だと、言葉で『縛り』を入れる。
銃を使ったら、優位性は保てなくなる、この拷問官は必死に考えるだろう。
自身の立場と俺への優位性、どちらを重視するべきなのかということだ。
その考える隙を使って、俺は冷静にMPを循環させる。
腰を少し浮かす。
『自在尻尾』。蠍の尻尾を生やす。長く、長く。
尻尾の毒針に引っ掛けて、覆面を外す。
ようやく、視界が手に入った。
周囲を確認する。
白いタイル張りの部屋だ。カメラが何台か仕掛けられている。
俺が座らされているのは、手術台に変形しそうな椅子で、特別誂えという感じだ。
部屋はそれなりに広いが、端には棚があって、拷問具が並べられている。
出入口はひとつ。そこには火傷を負った拷問官が、悔しそうから反転、焦ったような顔をして、俺を見ている。
部屋の隅には、おそらく外と繋がる受話器が置かれている。
まあ、拷問官からしたら、逃げた方が早い位置だ、問題はないはず。
ここまでやって、すぐに応援が来ないのなら、今はこちらをチェックしている奴はいないのだろう。
腕の拘束具は留め金で留めてある。
簡易な作りだ。
Bグループは今や、俺たち含め、様々な奴らに狙われている。
いざと言う時に、捕えた超能力者を移送しやすくしてあるのだろう。
見えていれば簡単だ。
俺はまたもや毒針を留め金に引っ掛けて、引き抜く。
自由になった手と毒針で、他の拘束具を外していく。
「くっ……」
拷問官は結果として、逆上する道を選んだようだ。
腰にある銃を抜いた。
見えているなら問題ない。
「ゐーんぐ!〈【地獄の河】!〉」
『自在尻尾』の毒針から貫通する毒熱線を放つ。
狙いは拳銃そのものだ。
「なっ!?」
両断された拳銃が転がる。
「次は当てるぞ!」
俺は油断なく蠍尻尾を拷問官に向けて、足の拘束具を外す。
その一瞬の隙をついて、拷問官は逃げ出した。
一瞬の迷いが生じる。
いざとなれば、手を汚す覚悟はしているが、変身時の核:ウイングと結びついた【地獄の河】は、人に当たれば、確実に命を奪う毒がある。
ん?
ここで気付いてしまった。
変身時でないと出ないはずの、核と結びついた、いわばスペシャルスキルが出ている。
現実では、変身できないはず……。
もしかして、変身しているのか?
能力値的な変異の実感はないが、スキルは確実に変異している。
何かの箍が外れた、いや、緩んだような気がする。
もしかして、俺が『見た』からか。
『リアじゅー』が百年後のこの世界だと気付いた。
要するに『リアじゅー』世界と現実が地続きだと理解したから、変身できなかったはずの核効果が漏れだしているのではないか、そんなような気がする。
俺が自身の変化に戸惑っていると、兵士たちが入り口に並んだ。
「ゐーんぐ!〈【サーベルバンパー】!〉」
今、俺の顔は狼なのか熊なのか分からないが、獣顔から牙が伸びる。
兵士たちがアサルトライフルの銃火を浴びせてくる。
正面からの攻撃は【サーベルバンパー】が肩代わりしてくれる。
俺は手足に爪を伸ばして、【熊突進】で兵士たちを吹き飛ばした。
気付けば、俺は水色の手術着のようなものを着せられていた。
くそ! 人の一張羅を!
しかも、携帯デバイスも取り上げられているので、連絡もできない。
とりあえず、俺はこの建物から出るべく、走り出したのだった。




