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353〈強襲〉


 二度目の『ユミル』潜入作戦から数日後。

 他企業との合同コンペが三日後に迫っている。

 俺は軍の情報士官、尾上さんと最後の打ち合わせをして、握手をする。


「これで九分九厘は決まると思います」


「ありがとうございます」


「いや、繊細さと剛性を見事に両立された御社の技術力があればこそです。

 我々はどうしてもその任務上、わがままにならざるを得ないのですが、それをこの短期間で実現して下さった。

 頭が下がるばかりです」


「それもこれも、尾上さんが率直な意見をくれたからです。

 後は合同コンペでしっかりとPRして、末長く仕事できるように頑張ります!」


 奇妙な縁で結ばれたこの仕事だったが、ようやく俺の仕事も終わりを迎える。

 そう思うと感慨深いものがある。


 俺は尾上さんに見送られる形で、軍の演習場を後にした。

 社用車に「会社まで」と告げて、座席に深く腰をかける。

 ネクタイを弛めて、カバンに入れてあるドリンクを出して、ひと口。

 充足感から「ふぅ……」と息を吐く。


───前方、車両検問中です。一時停止します───


 自動運転車のナビがそんなことを告げる。

 何かあったのか?

 パッと思いつくのは実験体として攫われた人たちが逃げ出した事件だが、ほぼ全員を救出した今、懸念されるのは『マギシルバー』くらいのものだ。

 アイツは情動操作という、より深い洗脳の完成形で今の俺たちには救えない。

 そういう類いの問題で、まさか、いきなり正気を取り戻して逃げ出したなんてことがあるとも思えない。


 それに新しい実験体をBグループが集めるにしても、白せんべいが『グレイキャンパス』の基地に残した、行方不明・死者自動検索プログラムに不審な人物が浮かび上がっていない以上、実質、今のBグループは新しい実験体を手に入れられていないとも言えるはず。

 新しい実験体が逃げ出したという線も薄そうだ。


 そう思いながら、弛めたネクタイを少し直す。


 軍演習場からの一本道、横に道はなく、俺は社用車が止まるに任せて、窓を開けさせる。


「何かあったんですか?」


 近寄って来た兵士に聞きながら、運転免許証を用意する。

 近づいた兵士は厳しい顔つきで、俺に銃を向けた。


「神馬 灰斗だな。ゆっくりと車を降りろ!」


 いきなりだった。

 わざわざ名指しで俺を……?

 一瞬、身体が硬直する。

 考えてみれば、俺は甘かったのかもしれない。


 Bグループが『マギクラウン』として『リアじゅー』に乗り込んで来た以上、狼系の顔に肉体変異するスキルを持ったプレイヤーで絞れば、程なく見つかるのは時間の問題だ。

 それも、俺は奇しくも五杯博士と直接の面識を持ってしまった。

 『リアじゅー』で俺のリアルを知っているやつとなると、少数ながらいるのだ。

 友人が俺を売ったとは思いたくないが、どこからか漏れてしまった可能性は否定できない。


 何しろ、人間アバターは100%、そのままだ。

 調べれば、いつかは分かってしまうものだ。

 これは、完全に自業自得というものだろう。


 どうする?


 と、瞬間的に考える。

 どうするも何も、逃げるしかない。

 まずはゆっくりと動いて、車の外に出る。

 その間に思念でガチャ魂を入れ替える。


「後ろを向いて、車に手をつけ!」


 銃を向けられたまま、命令される。

 これって、どう考えても非合法だよな。

 そう思うと、命令される理不尽さにムカムカしてくる。

 合法ならさっきまで軍の演習場という逃げられない場所にいたんだ、そこで捕まえに来ていたはず。


「ゐーん……」


 パンッ!


 俺の足をライフル弾が貫通した。

 思わず、意識が弾けそうになる。

 撃たれた。

 足に力が入らなくなって、転んだ。

 数人の兵士が近付いてくる。


 負けてたまるか!


「ゐーんぐっ!〈【緊急回避(ウルフステップ)】【雷瞬(ラビリニア)】!〉」


 パンッ! パンッ!


 2mの瞬間移動、10mの瞬間移動と繋げるが、跳んだ先で撃たれた。

 ビームライフルなどと違う、実体弾が身体を貫く痛みが襲う。

 訓練された兵士が、俺の動きに併せて、冷静に引金を引く。

 一発は背中から腹へと抜ける危険な攻撃だ。


「動くな!」


 俺は地面に落ちて、悶えながら本能のままにスキルを使おうと……。


 パンッ! パンッ! パンッ!


 四肢に間髪入れず、銃弾が浴びせられる。

 踏みつけられ、何かの注射を撃たれた。

 意識が微睡む。


「油断するな!」


 猿轡のようなものを噛まされ、手足を縛られ、さらに頭に袋のようなものを被らされる。

 硬い鉄板のようなものの上に投げられて、意識が途切れる。


───『全状態異常耐性(フェンリル)』成功───


 揺れる、恐らくは車の中で意識が戻る。

 物理的に視覚は閉ざされ、口には猿轡、手足は縛られている。

 スキルのウェイトタイムが空けている。

 感覚的にそれは分かる。


「こちら捕獲輸送班。狼は眠らせた。

 現在、ポイントに向けて移動中……」


 やはり、明確に俺を狙っての犯行のようだ。

 『狼人間(ワーウルフ)』の『自動回復』は働いている。

 兵士はすぐ傍にいる。


 問題は視覚を塞がれたことか……。

 俺のスキルは、距離が視界に設定されているものが多い。

 普段なら、ほとんど距離を無視して使えるので便利だが、逆に言えば視覚を塞がれた状態では、使えないスキルと化してしまう。

 攻撃系のスキルはほとんどがそうだと言える。

 それに『野生の勘(ウルフセンス)』もか。


 『自動回復』でどれくらいMPを持っていかれたか分からない。感覚的には五割くらいか。

 背中から腹の致命傷が結構、ヤバかった。


 くそ! しばらくは大人しくしているしかなさそうだ。


 やはり、俺のスキル軌道に素早く対応する辺りはプロなのだろう。

 これは逃げ出すまで、少し掛かりそうだ。






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