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352〈side:???〉


「俺の前でその名前を出すんじゃねえ!」


「おや、知っているのかな?」


「知っているかだと?

 やつは俺の敵だ……」


「敵? なるほど、そういうことなら協力できるかもしれないな……」


 アマカスと名乗った男は『マンジ・クロイツェル』の赤い軍服の上に羽織ったマントで身体を隠すようにして、一歩、そいつに近づいた。


「なんでもいい。彼のことを教えてくれないか?

 有益な情報なら、君の望むままのものをあげよう……」


「うさんくせえ奴だな……だが、いいぜ。

 アイツが苦しむ姿を見せてくれるんなら、なんでも話してやる!」


 牙のように尖った歯列をギラつかせて、そいつは笑った。


「アイツのことは隅々まで知ってる……まるで、兄弟のようにな……」


 野良フィールドの片隅で、アマカスに連れられてそいつはどこかへ消えた。




「ふむ……まさか開発者コードが使えなくなるとはね……さて、困ったな……」


 そこは『マギクラウン』の『シティエリア』基地内で、『ファイブハート』と士官らしき人物が話していた。

 『ファイブハート』は事務机に並べられたモニターを観察しながら、キーボードを叩く手を動かしていた手を止める。

 しかし、視線はあくまでもモニターから外さない。

 モニターには、一般的にあまり直視したくない映像が流れている。

 簡単に言えば、隊員の中でスキルに目覚めそうな者を拷問している映像だ。


「情報技士は精神疾患で入院しました」


「その彼は別にスキルの発現はしていないのだろう?

 それなら、どうでもいいかな」


「我が隊でも数人、ガチャ魂酔いと思われる精神変調を見せる者が数名出ております」


「ガチャ魂酔いか……まさかこんなゲームが超能力の大元だとは、盲点だったね。

 ちゃんと○一(マルヒト)の話を聞いておくべきだったよ」


「大量の実験体が奪われましたが……」


「まあ、基礎実験は充分な成果が出たし、応用実験に耐えられそうな個体群じゃなかったからね。処分のことはそっちに任せるよ。それに新しい実験体の目処は立ってる。

 君たちがちゃんと仕事してくれれば、すぐにも応用実験に入れるよ」


「分かりました」


「こっちの実験を進めていた研究員はBANされちゃったんでしょ。補充は早めにね」


「はい、ですが開発者コードなしでは、現地人による実験はもう不可能です」


「殺さなきゃいいんだよ。手順通りにやってくれれば問題なかったはずなのに、無茶して殺すから、こういう問題が起きる。

 こっちで移籍させたプレイヤーは、もっとちゃんとした情報を持ってたよ。

 早く集めて欲しいね」


「はい、ですが、このゲーム自体の情報収集にかなり人手を取られ、現状ではこれ以上の移籍は関係各所から恨みを買いますので……」


「ふーん……愛国心が足りないなぁ。

 国を守るために必要なのは、何よりこの研究の成果じゃないの?

 君たちの上司に、君たちが怠慢だなんて、報告させないでよ……」


「は、はい。今、手を張り巡らせているところなので、もう少しお待ちいただければ……」


「なるべく急いでね……」


 そこまで言うと、『ファイブハート』はキーボードを叩き始める。

 話はここまでという合図だった。

 士官は挨拶もそこそこに、去っていく。


「うう……目が痛いなぁ……いっそ潰しちゃおうか……ああ、死ねばリセットだっけ……」


 『ファイブハート』はしきりに右目を擦る。

 いつしかそれは眼球を直接、掻き毟るような行為へと発展していく。


「ああ、くそ……インスピレーションが欲しい……こんなダラダラやってたら、あの人を超えるなんて到底無理だ……スキル……このゲーム特有のガチャ魂が元になって生まれる超能力……ああ、くそ、目が痛い……考えろ……もう、邪魔だなぁ……」


 『ファイブハート』はぴたりと動きを止めたかと思うと、机の引き出しから鉛筆を取り出した。

 それを無造作に右目に突っ込む。


「あ……ああ……インスピレーションが湧きそうだ……もうちょっと……魂……追い込めば発現するんだ……くそ、もう少し……」


 『ファイブハート』は頭の中に浮かぶワードを組み合わせて、もう少しで掴めそうな真実に迫る。


「足りない……まだ、ピースが足りない……考えなきゃ……グレンがあれだけの力を発現してるんだ、何かある……ああ、早く実験させてくれないかな……知りたいことがたくさんあるのに……」


 途端、『ファイブハート』が右目から血を流しながら立ち上がる。

 ウロウロと幽鬼のように部屋の中を歩き回る。

 ふと、事務机の引き出しから、何故か縄を取り出したかと思うと、それを残った瞳で、ジッと見つめる。


「……魂。答えはそこにある」


 『ファイブハート』は事務机の脚と自分の首を縄で繋ぐと、窓を開けた。

 眼下では虚構の世界の人々の生活が広がっている。

 良くできた嘘の世界。だが、真実はこの中にある。


 『ファイブハート』は自身の感覚設定を、そっとリアルに上げた。


「死ねば魂……もう少しで見えるんだ……」


 『マギクラウン』の『シティエリア』での基地になっているビル。

 功績が足りないから、ほんの六階建てのこじんまりとしたビルだ。

 この世界への貢献度はレギオンレベルなるもので表されるのだったか。

 どうも、高さが足りないような気もする。

 それでも、今はインスピレーションが欲しい。

 彼は窓から外に降りた。

 事務机と首を縄で繋いだまま。

 ガタン、と体重が事務机を揺らす。


「あ、ああ……み、見える……この世の真理が……」


 次第に混濁していく意識の中で、彼は一抹の光を掴みかける。

 だが、それは指の間を、するりと抜けて落ちていく。


 そのまま彼は粒子化して消えた。



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