34〈恐怖!痛み止めのない歯医者作戦〉
朝早くに携帯用リンクボードの着信音に起こされる。
俺はあくびを噛み殺しながら、携帯用リンクボードをチェックする。
そこにあったのは、着信ではなく返信の通知だ。
横着して、着信も返信通知も目覚まし音も全て似たような音にしてあるから、勘違いして「ふぁい、もひもひ…… 」とリンクボードに話しかけたのは俺だけの秘密だ。
朝早くかと思ったら、もう昼近いな。
───そろそろグレちゃん、起きた頃だと思うので、レイド戦の情報まとめ送るね───
そうして、送られてきたファイルには従妹なりにまとめた『レイド戦での活躍の仕方』なるものがあった。
色々と書かれているが、俺が頭に入れたのは次の幾つかだけだ。
何しろ、従妹考案の活躍の仕方を実行するにはレギオン全体の了承が必要だったり、簡単には実現しないものが多かったからだ。
復活石の設置場所を役割ごとに分けるとか、『作戦行動』に有利な場所の選定とかは、それこそ『参謀部』で考えるべきことで、いち戦闘員が口を出せることじゃないしな。
だから、俺が覚えておくのは次のようなことだ。
ひとつ、ヒーローレギオンの戦闘員は基本的に高所に配置されるので、屋根のある場所を活用、もしくはヒーローを誘導すべし。
ひとつ、『りばりば』の場合、戦闘員に渡される『レイド戦用武器』は早い者勝ちなので、早めに大部屋に行っておくべし。
ひとつ、復活位置はすぐばれるので、復活石の位置をこまめに変える、それができない場合は復活と同時にヒーローに向かうのは愚行と心得るべし。
この三つくらいだな。
ヒーローの誘導……もちろん、ヒーローだって戦闘員の援護の重要性は分かっているだろうから簡単ではない。
だが、戦闘において高所を陣取るのは確かにヒーローレギオンの特徴かもしれない。
あと長距離武器の使用というのもそうかもな。
距離があって、怪人レギオンからすれば倒す旨味がないヒーロー側戦闘員は狙いにくい。
邪魔者だと分かっていても、『参謀部』も『幹部』も同じプレイヤーに、経験値は諦めてヒーロー側戦闘員を倒しに行けとは言えないだろう。
それから、『レイド戦用武器』は早い者勝ちか。
ああ、前に大部屋のモニターを見た時に『装備部』で新しい武器ができたとかお知らせがあったりしたな。
少し早めに『大部屋』で待つというのは、時間にゆとりがある時なら有効かもな。
最後のいきなりヒーローに向かわないというのも納得ではある。
一番、最初の『作戦行動』では、そのせいで殺されてるしな。
ヒーロー側戦闘員にルーチンワークで殺されるのは、なんとも理不尽だからな。
従妹には、参考にしつつ頑張ってくる、と伝えて、俺はログインするのだった。
ログインすれば、そこは『大部屋』だ。
軽く昼飯を食ってからのログインなので、時刻はすでに午後一時くらい。
大部屋の大画面モニターは四分割されて、二つの画面は『繁華街』と『住宅街』、ひとつには今週のお知らせ、最後のひとつは今回の『作戦行動概要』が書かれている。
・『作戦行動概要』
・作戦名『恐怖! 痛み止めのない歯医者作戦! 』
装備部考案の『疑似歯劇薬』を『繁華街』と『住宅街』にてバラ撒きます。
『疑似歯劇薬』は虫歯じゃないのに強烈な歯痛を生み出す恐ろしい薬です。
これを飴玉に混ぜて、シティエリアで配布〈ボランティア受付中です〉。
怪人『ドリルクスシー』が営業開始した歯科医院へとシティエリアの人々を誘導します。
この歯科医院は開業祝いとして、本日無料治療という情報を数日前から仕込んであります。
しかし、その歯医者は痛み止めを使わず、散々に脅しながら治療をする歯医者だったのです。
✱NPCを傷つけるのはペナルティが発生するので通常治療はします。痛み止め無しで。
子供などが恐怖に泣きじゃくれば、相当量の感情エネルギーが見込めると参謀部の試算が出ています。
なるほど、こういう作戦なのか。
こちら側の怪人は『ドリルクスシー』。
ドリルを変身アイテムに使う【薬師】スキル持ちらしい。
にしても、ちゃんと治療はするのか。
痛みを与えるのはオーケーだが、NPCを傷つけるのは無しらしい。
ボランティア受付中というのは、他の二画面、『繁華街』と『住宅街』で飴玉を配るキャンペーンをやっているプレイヤーたちらしい。
風船に飴玉付きの物を新規物件キャンペーンとして配っていたり、新作菓子の無料配布という形で飴玉を配ったり、アンケートの報酬として、何かのお店の客引きとして、様々な方法で飴玉を配っている。
お、いかにもなボディコン衣装で飴玉を配るレオナが映った。
レオナ……だよな。ウィッグなんかで髪色変えたりしてるから、一瞬、誰かと思ったが、あれはやっぱりレオナだな。
このボランティアは、参加すると個人の貢献度にプラスがあるらしい。
腕に『人事部』と腕章を付けた戦闘員が「ボランティアお願いしまーす! 」と声を挙げている。
紅茶のためだ。やっておくか……それに、画面を見る限りではお祭りっぽくて楽しそうに見える。
「ゐーっ! 〈すまん、ボランティアやりたいんだが! 〉」
人事部腕章に声を掛ける。
「ああ、助かります! 人間アバター持ってますか? それと、【言語】スキルは……なさそうですね…… 」
「ゐーっ! 〈ああ、人間アバターはある。もしかして、【言語】スキルないとダメか? 〉」
「あ、いえいえ。大丈夫です! 誰でもできる簡単なのもありますから」
そうして俺は人間アバターでシティエリア『住宅街』へと降り立った。
『住宅街』での俺たちのアジトは建設工事現場のプレハブだ。
このプレハブは隣にある公園のトイレまで直通の通路が設置してある。
その通路を使って、公園のトイレから何食わぬ顔で出ていく。
教えられた場所に行くと、新築マンションの入居者募集キャンペーン現場だ。
そこの教えられた腕章を身に付けた人物に声を掛ける。
「ゐーっ…… 〈ボランティアだ…… 〉」
こくりと頷いて、案内されたのは仮設事務所。
俺は昼状況の暑い陽射しの中、うさぎくんキグルミで風船を配るのだった。
「………… 」
無言で近づく女の子に飴玉付き風船を渡す。
「うさタン、ありがとー! 」
おっと、礼を言われるようなことじゃない。
すまないな、お嬢ちゃん。
歯痛に悩まされるだろうが、ちゃんと治療はしてもらえるらしいからな。
これ、ちょっと心に来るな。
いたいけな子供に『疑似歯劇薬』入り飴玉を配るのは、ゲームだが、申し訳ない気持ちになる……。
「おらーっ! うさぎ怪人めっ! みすりるきっく! みすりるきっく! 」
「ちょっ……こら、けんくん! ダメでしょ! うさぎさん、いたい、いたいってなるよ…… 」
母親に連れられた男の子が、本気で俺のケツを蹴ってくる。
手に持っているのはヒーロー『マギミスリル』人形か。
ちなみに母親はダメと言いながらも、けんくんの凶行を止める気配はない。
ちょっと俺に向けて苦笑うだけだ。
いや、止めろよ……。
「みすりるきっく! みすりるきっく! 」
おうっ……ケツの割れ目にクリーンヒット。
ちょっと本気で飛び上がるくらい痛い。
おま……こちとら感覚設定『リアル』だぞ!
尻、割れたらどーすんだ!
「いまだ、みすりるしょるだー! 」
ぐふっ……ケツを蹴りまくって上体を起こしてからの、腹へのショルダータックル。
危ねぇ……もう少しけんくんの体勢が低かったら致命打になるところだった……。
いや、うずくまるけどな。
キグルミは暑いし、ケツは割れそうだし、腹ショルダーはなんか出そうになる。
うごごごご……気合いで風船を手放さなかった自分を褒めてやりたい。
「ほら、うさぎ怪人、ふうせん、よこせよー! 」
これだけやっといて、風船を要求するとか……どういう躾を……。
いや、待てよ……こういうおガキ様こそ、この飴玉を食わせるに値する。
脂汗を流しながら、俺はひとつ多く風船を渡すのだった。
それから、俺は時に心を痛めつつ、時に身体を傷めつつ、風船を小一時間ほど配った。
くそー、マギミスリルめ、人気ありやがるな……。
仮設事務所の休憩室で、全身から蒸気と怨念を立ち昇らせつつ悪態をつく。
なんだ、ここに来るおガキ様はやべーのしかいないのかよ……。
「あはは……随分とやられちゃいましたね、うさぎくん」
その声にそちらを見ると、熊のキグルミを脱皮しかかっているムックだった。
「ゐーっ! 〈ムックじゃねーか! 〉」
「ああ、グレンさんでしたか。大変でしたね…… 」
ムックもそこはかとなく全身に怨念が昇ってるような?
「ゐーっ! 〈お前もやられたか? 〉」
「ええ、普通にHP削られました。五人掛りとか、どこの戦隊だよ! って思いました。
最近のおもちゃはギミックが色々あるんで、かなり頑丈な作りなんですね……ハハハ…… 」
お、おう……ムックは本気でHP削られるくらいか……そりゃ暗い笑顔にもなるわな。
「痛みがないと、リアクションが遅れるんですよね……おかげで子供たちの攻撃の本気度が違うんですよ…… 」
なるほど、痛みがないからついそのままにしておいたりすると、子供はリアクションを引き出そうとムキになる。
やべーなおガキ様……。
俺は普通に痛いから、リアクションを取るまでもない。
HPが削られることはなかったが、体力はかなり消耗したな。
サンドウィッチを食べながら、ムックにはHPポーションを奢っておこう。
どうせNPCショップ製の安いポーションだしな。
俺が投げ渡したポーションを頭から被るムックは、水も滴るいい男って感じだ。
俺たちはお互いを労いながら、その後も風船を配り、本部からの通達をもらって撤退するのだった。




