349
すいません。遅れましたm(_ _)m
はたと気付けば、俺は『ユミル』の中心部近くに一人で取り残されていた。
玉井を救うこともできず、白せんべいを失って、後には壊れたゴキブリ男が未だにぶつぶつ言っている。
白せんべいの脳内アナウンスによれば皆は無事に脱出したらしい。
ならば、後は俺が帰るだけだ。
そう、それだけ。それしかないとも言う。
自問自答する。
俺が見なくてはいけなかった。
何故だ。
百年後。そう、俺は何故かその言葉に納得してしまう。
夢で会ったサードアイが語っていたからだ。
『リアじゅー』は百年後の世界。
だとしたら、俺たちの国は壊滅したのか?
『ガレキ場』の惨状から考えると、国を捨て、浮遊都市に生きるしかなかったのかもしれない。
他国との緊張状態から戦争でも起きたのだろうか?
それすらも想像、いや、妄想の域を出ない。
今の現実と『リアじゅー』が繋がっているのは、体感として分かる。
『リアじゅー』が百年後の未来だとして、妄想だが、まあ、いいだろう。
俺が、玉井と白せんべいを見ることによる意味だ。
それが分からない。
くそ……深く考えても仕方がない。
分からないものは、分からないのだ。
今はこの状況から逃げることを考えよう。
俺は動き出した。
内部の通路はだいたい覚えている。
だが、外に向かえば向かうほど、警備の奴らが増えていく。
最初の三人まではねじ伏せて進めたが、浮遊都市全体が警戒モードに入ってしまったのか、あちこちの通路に警備員、兵士、遺伝子組み換え人間が溢れていて、力押しは不可能になった。
今も侵入者を探し回る兵士から逃げて、既に俺の記憶にない区画に入って、適当な部屋に隠れた。記憶にないのは、新しく作られた区画だからだろう。
ヤバい。追い込まれてるな。
「うおっ……なんだ君は……デザイナーズチャイルド? いや、装備が違うな……」
部屋にはおっさんが一人、スーツ姿でコーヒーを飲みながら、安楽椅子に揺れていた。
俺は慌てておっさんに近付くと口を抑えて脅す。
「静かに……協力するなら酷いことはしない……」
おっさんは怯えたように、コクコクと頷いた。
勢いで落ちたコーヒーが高級そうな絨毯を濡らした。
おっさんもかなり高級そうなスーツを着ている。
そして、浮遊都市の内部にそぐわない、どこかのロッジを思わせる部屋。
暖炉があり、安楽椅子があり、横のテーブルにはフルーツが置かれている。
しかも、この香りの鮮烈さは本物のフルーツだ。
なんだこの金持ち部屋……。
俺が抑えている手を軽く叩いて、おっさんが何か言いたげにしている。
「騒ぐなよ……」
念押ししてから、ゆっくりと手を外した。
おっさんはキラキラした瞳で俺を見て言う。
「君が侵入者ってやつかい?」
おっさんには危機感というものがないようだ。
俺は小さく嘆息してから答える。
「……そうだ」
「凄いね! 声帯とかどうなってるの?
何か特殊な手術とか?」
「言うと思うか?」
「ああ、そうだよね。ごめん、ごめん……痛っ……痛た……ごめん……ちょっと目薬を……」
右手で右眼を抑えて、おっさんは左手をテーブルの方に彷徨わせる。
テーブルには目薬が置いてあるので、それを取って渡してやる。
「ありがとう……痛たたた……モニターの見詰め過ぎでさ……仕事のし過ぎは良くないよね……」
「それより、この近くで外に出られる場所を教えろ」
俺は端的に伝える。
「外? ああ、それならそこに直通で外に出られるエレベーターがあるよ……」
両開きの扉が確かにある。
上も下もなく、ボタンひとつのエレベーターだ。
「あんた、偉いのか?」
「名目だけね……やってることは徹夜、徹夜の疲れ目に苦しむおじさんだよ……」
こんな個人用の豪華な部屋を与えられているくらいだ、それなりの地位にいるのだろう。
だが、目薬を使って、目をしばしばさせている姿は、おっさん的労働者の悲哀を感じさせる。
少しだけ共感してしまう。
俺はボタンを押す。
すぐに扉が開く。
中に入るとボタンはない。直通だから、必要ないのか。
「悪かったな。ありがとう!」
扉が閉まっていく。
「やっぱり、その顔ってスキル?」
「は?」
エレベーターが動き出す。
スキル? 何故、おっさんがスキルだと知っているのか?
そんなの、関係者だから以外にないだろう。
くそ! ボタンがねえ!
上に着く。扉が開くとそこは風情のある温泉旅館の一室だ。
扉が開き、襖が開く。
「あら、またですか五杯先生……ひえっ! な、なに……?」
仕事中の若女将らしき女性がこちらを見て、腰を抜かしていた。
人? まさか、実験的に温泉旅館を動かしている?
しかも、五杯……それは、おじいちゃん先生の後輩の名前だ。
じゃあ、あのおっさんが……。
カコーン! と庭の鹿おどしが鳴る。
戻るか、逃げるか……一瞬、迷う。
おそらくここは『観光区』だ。
地の利はない。
「ひ、ひぇぇぇ……」
若女将らしき女性が這いずるように逃げようとしていた。
長居は無用だ。
俺はガチャ魂を長距離飛行用のセットに切り替えると、庭から飛び出した。
場所だけをなるべく記憶に留めるようにして、逃げることを選択する。
くそ! 分からないことだらけじゃないか!
地上では警備車両らしきものが旅館に集まっていく姿が見える。
俺は命からがら逃げるのだった。




