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すいません。遅れましたm(_ _)m


 はたと気付けば、俺は『ユミル』の中心部近くに一人で取り残されていた。

 玉井を救うこともできず、白せんべいを失って、後には壊れたゴキブリ男が未だにぶつぶつ言っている。


 白せんべいの脳内アナウンスによれば皆は無事に脱出したらしい。

 ならば、後は俺が帰るだけだ。

 そう、それだけ。それしかないとも言う。


 自問自答する。

 俺が見なくてはいけなかった。

 何故だ。

 百年後。そう、俺は何故かその言葉に納得してしまう。

 夢で会ったサードアイが語っていたからだ。

 『リアじゅー』は百年後の世界。

 だとしたら、俺たちの国は壊滅したのか?

 『ガレキ場』の惨状から考えると、国を捨て、浮遊都市に生きるしかなかったのかもしれない。

 他国との緊張状態から戦争でも起きたのだろうか?

 それすらも想像、いや、妄想の域を出ない。

 今の現実と『リアじゅー』が繋がっているのは、体感として分かる。

 『リアじゅー』が百年後の未来だとして、妄想だが、まあ、いいだろう。

 俺が、玉井と白せんべいを見ることによる意味だ。

 それが分からない。


 くそ……深く考えても仕方がない。

 分からないものは、分からないのだ。


 今はこの状況から逃げることを考えよう。


 俺は動き出した。

 内部の通路はだいたい覚えている。

 だが、外に向かえば向かうほど、警備の奴らが増えていく。

 最初の三人まではねじ伏せて進めたが、浮遊都市全体が警戒モードに入ってしまったのか、あちこちの通路に警備員、兵士、遺伝子組み換え人間デザイナーズチャイルドが溢れていて、力押しは不可能になった。


 今も侵入者を探し回る兵士から逃げて、既に俺の記憶にない区画に入って、適当な部屋に隠れた。記憶にないのは、新しく作られた区画だからだろう。


 ヤバい。追い込まれてるな。


「うおっ……なんだ君は……デザイナーズチャイルド? いや、装備が違うな……」


 部屋にはおっさんが一人、スーツ姿でコーヒーを飲みながら、安楽椅子に揺れていた。

 俺は慌てておっさんに近付くと口を抑えて脅す。


「静かに……協力するなら酷いことはしない……」


 おっさんは怯えたように、コクコクと頷いた。

 勢いで落ちたコーヒーが高級そうな絨毯を濡らした。

 おっさんもかなり高級そうなスーツを着ている。

 そして、浮遊都市の内部にそぐわない、どこかのロッジを思わせる部屋。

 暖炉があり、安楽椅子があり、横のテーブルにはフルーツが置かれている。

 しかも、この香りの鮮烈さは本物のフルーツだ。

 なんだこの金持ち部屋……。


 俺が抑えている手を軽く叩いて、おっさんが何か言いたげにしている。


「騒ぐなよ……」


 念押ししてから、ゆっくりと手を外した。

 おっさんはキラキラした瞳で俺を見て言う。


「君が侵入者ってやつかい?」


 おっさんには危機感というものがないようだ。

 俺は小さく嘆息してから答える。


「……そうだ」


「凄いね! 声帯とかどうなってるの?

 何か特殊な手術とか?」


「言うと思うか?」


「ああ、そうだよね。ごめん、ごめん……痛っ……痛た……ごめん……ちょっと目薬を……」


 右手で右眼を抑えて、おっさんは左手をテーブルの方に彷徨わせる。

 テーブルには目薬が置いてあるので、それを取って渡してやる。


「ありがとう……痛たたた……モニターの見詰め過ぎでさ……仕事のし過ぎは良くないよね……」


「それより、この近くで外に出られる場所を教えろ」


 俺は端的に伝える。


「外? ああ、それならそこに直通で外に出られるエレベーターがあるよ……」


 両開きの扉が確かにある。

 上も下もなく、ボタンひとつのエレベーターだ。


「あんた、偉いのか?」


「名目だけね……やってることは徹夜、徹夜の疲れ目に苦しむおじさんだよ……」


 こんな個人用の豪華な部屋を与えられているくらいだ、それなりの地位にいるのだろう。

 だが、目薬を使って、目をしばしばさせている姿は、おっさん的労働者の悲哀を感じさせる。

 少しだけ共感してしまう。


 俺はボタンを押す。

 すぐに扉が開く。

 中に入るとボタンはない。直通だから、必要ないのか。


「悪かったな。ありがとう!」


 扉が閉まっていく。


「やっぱり、その顔ってスキル?」


「は?」


 エレベーターが動き出す。

 スキル? 何故、おっさんがスキルだと知っているのか?

 そんなの、関係者だから以外にないだろう。

 くそ! ボタンがねえ!


 上に着く。扉が開くとそこは風情のある温泉旅館の一室だ。

 扉が開き、襖が開く。


「あら、またですか五杯先生……ひえっ! な、なに……?」


 仕事中の若女将らしき女性がこちらを見て、腰を抜かしていた。


 人? まさか、実験的に温泉旅館を動かしている?

 しかも、五杯……それは、おじいちゃん先生の後輩の名前だ。

 じゃあ、あのおっさんが……。


 カコーン! と庭の鹿おどしが鳴る。


 戻るか、逃げるか……一瞬、迷う。

 おそらくここは『観光区』だ。

 地の利はない。


「ひ、ひぇぇぇ……」


 若女将らしき女性が這いずるように逃げようとしていた。

 長居は無用だ。


 俺はガチャ魂を長距離飛行用のセットに切り替えると、庭から飛び出した。


 場所だけをなるべく記憶に留めるようにして、逃げることを選択する。


 くそ! 分からないことだらけじゃないか!


 地上では警備車両らしきものが旅館に集まっていく姿が見える。

 俺は命からがら逃げるのだった。



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